第3話 ドンドコ(その①)

 眼前で起こった出来事を知らせようと、慌てて座敷へ駆け戻った。


「あ、あの⁉」


 そう言った途端、座していた面々が一斉に僕の方を見た。


 冷たく光る白い眼で、何も言わず、ただ、じっと、見つめてきていた。


 無言の凝視だった。


 圧し潰してくるような視線に、あとの言葉が口から出なくなってしまった。


「何をやっていたんですか」


 僕が注いであげようとしたビールを無視した、眼鏡の三十過ぎの男が咎めるように言った。


「何を」


「何を」


「何を」


 その場にいる者全員が、非難の口調で次々に言いだした。


「〝儀式〟が」


「〝儀式〟が」


「始まる」


「始まるのに」


「え……」


 僕は戸惑った。ぎ、儀式?



 ドンドコドンドコ、ドンドコ……。



 そうだ。


 さっきから微かにずっと聞こえていた、このドンドコという〝音〟は何なのだ……未開の地から響くような、闇の世界にいざなうような、土俗的で催眠的な、この〝音〟は何なのだ……。


 いつからか――。


 心理的な視野狭窄が起きはじめていた。眼の前の世界がすうっと暗い闇に覆われていき、遠くが全く見通せなくなっていた。近くも見えなくなって、全ての輪郭がぼやけて、あやふやで、よくわからなくなって、現実なのか、夢なのか、はっきりしない、曖昧模糊な……。


 気づくと、室内の様子が一変していた。


 座敷ではなく、何か捧げものをするような、〝神殿〟めいたものへと変わっていた。卓は腰ぐらいの高さの〝祭壇〟となり、その上にあった鍋やビールも無くなっていた。


 代わりに、大皿がひとつ乗っていた。


 大皿に乗っていたのは――。


 人間だった。


 両腿のつけねから半分ほどのところで切断された若い女性の肉体、トルソーだった。





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