第2話 割れる天井(その③)
僕と同年代に見えたから、二十代半ばぐらいだろう。背は小柄で、綺麗に切りそろえられた前髪が、切れ長の眼にかかるかかからないかの長さでよく似合っていた。顔だちは細面で、すっと伸びた鼻筋に小さな紅い唇と整っている。美人といってもよかった。
座敷で、僕から見て対角線上の席にいた女性だった。参加者のひとりだった。
彼女は続けた。
「〝えら呼吸〟さんですよね? 呟きが面白くって、いつも見てます」
〝えら呼吸〟というのは、僕のSNS上でのアカウント名だった。もう少しマシな名前にするんだったと、内心、後悔した。
「あたし……〝供物〟なんです」
唐突に、彼女はいった。
「はい?」
思わず間の抜けた声をあげてしまった。く、供物って、何のことだ?
「……供物?」
「はい、〝供物〟です」
満ち足りた表情で、彼女はもう一度繰り返した。
その時だった!
突如、天井がバリバリと割れ砕けて破片が落ちてき、たちこめる埃や塵芥のなかから無数の触手が降りてきたのは⁉
「⁉」
頭足類の足のように太く長く、ぬめっとした蛞蝓の質感をもった触手が、うねうねと動きまわっていた。何かを探しているようだった。触手が彼女の肩に触れた。瞬間、いくつもの触手が彼女の腕や足に巻きつき、身体中を衣服の上からきつく締めあげた。荒縄のように食いこんでいく。その食いこみが、ふくよかな胸のまるみやなめらかな腰のラインを強調させた。触手は太いものもあれば細いものもあった。細い触手がブラウスのわずかに開いた首まわりやスカートの裾の下からなかへと潜りこんだ。潜りこんで蠢いて、なかで何やら
しかし、彼女の整った顔は静かだった。
いや、恍惚といったほうが正解かもしれない。
充足しきった表情に恐怖の色はなく、されるがままに、全てを受けいれていた。
そして触手は彼女の小柄な身体を宙に持ちあげると、そのまま割れ砕けた天井の暗闇のなかへ、運び去っていったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます