第1話 〝カマキリ女〟の話(その②)

 その名のとおり人間大のカマキリで、逆三角形のかおにギョロリとした黄色い眼球、緑色の節くれだった細身の身体に小ぶりな乳房、両手はギザギザなやいばも鋭い巨大な鎌――それは赤黒い血にまみれていた――になっていた。そいつが、小学校の通学路にある一戸建ての玄関前に佇んでは、道行く人々をギョロギョロと睨みつけているのだった。


 あとでわかったのは、その一軒家には若い夫婦と赤ん坊が住んでおり、父親は仕事一辺倒で家庭を顧みず、母親は慣れない育児でノイローゼ気味だったという。近場に相談できる身内もない母親は育児に次第に追いつめられ、やがて精神を病んで赤ん坊と父親を惨殺。殺害現場となった寝室は凄惨を極め、おそらくは断末魔だったのだろう、父親の悲鳴を聞いた近隣住民の通報を受け踏みこんだ警察が見たものは、血まみれの草刈り鎌を両手に持って佇む、野獣じみた敵意をむきだしにした母親の姿だったそうだ。


 母親の鬱屈した心の象徴か、はたまた未来の犯行の予兆だったのか、僕にはそれが〝カマキリ女〟の姿で見えたのだった。


 他にも〝ナメクジ・オヤジ〟や〝カメラ人間〟などがいたが、それも今は昔の話だ。


 高学年になるにつれ見える頻度は減っていき、中学に入る頃には完全に見えなくなっていた。


 高校、専門学校と進学、卒業して就職し社会人になった頃は、もうすっかり普通になっていた。


 そう思って安心していた。


 安心していたのだが。



 

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