夫の場合

 妻の様子がおかしい。


 真っ暗な部屋で何もしていなかったのもあるが、警察が来てからは特に。


 ひとまず、息子の怪我を確認するため病院に向かうことになった。


 妻を伴って駐車場に向かう。

 辺りは暗いが、車のフロント部分に傷を見つけた。


「おい」

 聞こうとするが、妻はすぐに助手席に座った。




 息子の怪我は擦り傷と打撲のみで、大したことはなかった。


 しかし、崖下に落ちた車の方はひどかった。

 二組の老夫婦が乗っていたそうだが四人とも死亡したということだ。


 ひどい事故だ。


 息子は意識があるため警察から事情を聞かれている。

 妻は息子の病室にとどまった。




 息子はしばらく入院するらしい。


 着替えやら用意があるため、一人で家に戻る。


 駐車場に車を停めて、ふと気づく。

 こんなときにと思うが、ドライブレコーダーのSDカードを抜いた。




 部屋に戻って一応ドライブレコーダーの内容を確認する。


 あの車で彼女を迎えに行ったことがある。

 その場面が映っていたら、浮気がバレてしまう。


 映し出された映像に釘付けになる。


 車は前を行く自転車に追突し、それを避けようとした対向車がガードレールにぶつかる。


 警察から聞いた事故の現場を映し出したものだった。


 携帯を取る。


「すいません。事故のことでお話が」




 妻は逮捕された。


 通報したことを妻に話すと喚き散らし、最後にお前も殺してやると言われた。


 死者は四人だ。

 刑務所から出られたとしても、随分後のことだろう。


 殺されずに済みそうだ。


 当初は、自分の幸せのために妻を密告したようで気が引けた。

 しかし、妻の言いようを聞いた後ではそれも消えた。


 これで安心して彼女と一緒になれる。


 できることなら妻とは早めに離婚しておきたい。

 報道された時、自分と同じ苗字だと色々面倒だ。




 息子は退院して部屋にいる。


 俗に言う引きこもりだが、いい大人だ。

 勝手に生きて行くだろう。


 妻の血を引く息子とこれ以上、一緒に暮らすつもりはない。


 この家も、近いうちに手放す予定だ。


 彼女との新生活に不要なものは消しておきたい。




 携帯がメッセージの着信を告げる。


「今から、会えませんか?」

 彼女からのメッセージだった。


「もちろん、いいよ」とメッセージを送り返す。


 浮かれる気持ちを抑えられない。




 座布団に座る。


「いってきます」

 仏壇に手を合わせた。




 指定された場所はなぜか河川敷だった。


 夜の下、川は怪しい雰囲気で流れていた。


 橋のたもとにいると追加でメッセージが来る。

 川下に橋がかかっているのが見えた。

 急いで走る。


 橋脚のそばまで来て、一息つく。

 ここにいるはずだ。


 気配を感じて、後ろを振り向こうとする。


 ガツンと音がした。


 頭に激痛が走った。

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