二 いざ、後宮生活①
皇城の中央を
赤い
その車内で一人
(地味な車を
事情が事情だけに、『初恋の君』の登城は
(いよいよだけど……本当にうまくいくのかな)
姉の代わりに皇宮へ行くと決めてから、一家はあらためて作戦を
まずは母の提案で、皇宮にいる間は
『太子様は
そう言って母は
『ここまでして求めた初恋相手に無体はなさらんだろう。ある程度はこちらの言い分も聞いていただけるはずじゃ。そこは口八丁で乗り切るのじゃ』
助言をくれた父があの手この手で登城を六日
『周家の命運はおまえにかかっておるのだ。
家を出る時の父の顔を思い出し、ぐっと
(わたしさえうまくやれば全部丸く収まるんだから。たぶん、だけど。
つんのめるような感覚があり、馬車が止まった。
「──
使者の声がして、がたがたと物音が続く。降りるための足場を用意しているようだ。
翠鈴は何度も深呼吸し、
車を降りるとすぐ門があり、宮殿に続いていた。
案内されて中へ入るまでの間、あちこちから
(とにかく宮殿に入ったんだから、あとは人目につかないように過ごせばいいんだわ。ええと、ここがわたしの
紗の布地で作られているので、面紗
ただし調度品は、
花の透かし
(はぁ……。すごい。目がちかちかしちゃうわ)
まるでお
「
完全にお上りさんと化して気を抜いていた翠鈴は、ぽかんと口を開けてしまった。
(──────は?)
どうぞと手で
金色の
あまりにも
姿を目にしたのはもちろん初めてだが、この
(こっ……皇帝陛下と皇后様──っ!?)
予想外にもほどがある登場である。ここは自分に
「……そなたが、萌春か」
皇帝のお声がけだ。
面紗で顔を隠しているのだから
(ひいぃ……、ど、どうしよう……っ)
やはりこのまま
『周家の命運はおまえにかかっておるのだぞ』
『案ずるな。おまえにはわしの血が流れておるのだからな』
誰が相手であろうと口先を
(……そうね。お父さまの
ここまで来たのだ。家族を守るために、もうやるしかない。
「──周萌春でございます。皇帝陛下と皇后様にご
顔を
ここにいるのは姉の萌春。太子のお召しに応じてやってきた初恋相手。とことん演じきるしか生き残る道はない。
「うむ。よく参った。しかし、その布はどうしたのか」
当然すぎる問いかけに、小さく深呼吸してから答える。
「ご無礼をお
「それは
(ひぇッ)
「あ……ありがたきお言葉。もったいのうございます。しかしながら、後はわずかな
「
ずいぶん熱心に食い下がってくる。
これ以上皇帝の申し出を
頭からかぶったものと、耳にかけて顔下半分を隠すもの、念を入れて二つの面紗をつけてきている。ここはかぶっているものだけでも取ってみせ、不審さを軽減しておくべきか。
だが翠鈴が言い訳を編み出すより早く、皇后がたしなめるように口をはさんだ。
「陛下。萌春も
「しかし、侍医だぞ? 医者が傷の
「陛下。わたくしどもが無理を通して萌春を召し出したのでございますよ。あまり
皇后の
「そうであったな。ごほん。──そなたを呼んだのは
皇帝があらたまった口調になったので、翠鈴は思わず居住まいを正した。
「遣わした使者にも聞いていよう。太子がそなたに会いたがっている。
ため息まじりの
(とにかく嫋やかな美少女……? ほんとに誰のことなのかしら……)
萌春の実像といえば、
(人界をさすらってる間に
賊から巻き上げた金銭や財宝は人々にばらまいているそうだから、そういう意味ではありがたがられているようだが、まさかそれが初恋の決め手とは考えがたい。
「太子は生まれつき身体が
急に声が
(な、泣くほど心配してらっしゃるのね……)
どう反応したらいいのか分からず固まる翠鈴の前で、皇帝と皇后は
「萌春よ。あの控えめな太子がここまで言い張るのだから、我らはもう
こちらを拝まんばかりに見つめる皇帝の隣で、目を
(めちゃくちゃ
これは思ったよりも責任重大なことを引き受けてしまったのかもしれない。周家の命運のため策をめぐらせている場合ではなかったようだ。
「ほ……褒美は望んでおりません。太子
「うむ……。
ため息まじりの声は
(奇行? って聞こえたような……。なんのことだろ?)
「おや。
驚いた声をあげた皇帝につられ、思わずそちらを振り返った。
戸口の帳に半ば
銀の布地に
そして──顔には黄金色に
「……っ!?」
翠鈴がぎょっと目をむいたと同時に、彼は身を
そのまま、まるで
「なんだ、挨拶もなしに。萌春に会いにきたのではないのか」
「陛下。太子も年頃ですもの。わたくしたちの前では
「照れているだと? まったく、純情なことよ」
(奇行って、もしかしなくてもこれのこと──!?)
面紗をかぶって登城した自分が言えた義理ではないが、仮面をつけて
病弱で穏やかで優しく、初恋を大事にする純情な太子。
一方では仮面で顔を隠し、
(ど……どう接するのが正解なの──!?)
いくら考えてもわからない。面紗の下でひきつるしかなかった。
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