一 迷子と勅命②
采国の都、
中央を
大街を中心に縦横に伸びた
皇城に近い区には重臣や
下というと聞こえは悪いが、要は皇宮から
その一角に仕事場を構えた翠鈴は、本日最初の依頼人と向かい合っていた。
卓の周りには天幕を張って、ちょっとした小部屋のようなしつらえにしてある。手前に置いた小卓には『石占い』『
「あの……本当にこれで見つかるの? よく当たるって聞いてきたんだけど……」
依頼人である若い娘が半信半疑といった顔で小さな石を差し出す。
「はい、この
「ええ。ちゃんと持って出かけていったわ」
石を受け取った翠鈴は
「この玉は神通力を持っていて、
采国では、子どもが生まれると、親はその子に石を一粒
それはその子の守護石となり、以降、一年ごとに一つずつ石を増やしていく。そしてこの世を去る時に、
人々はそれを星石と呼んでいた。
翠鈴はそれを使い、人捜しをするのを仕事にしていた。
「ではお兄様の行方を占います。目を閉じてお待ちください」
娘が
「天の玉皇、地の
目を閉じて呪を唱えると、陣を
「この者の居場所は
清められた空気が光の
玉の放つ光が重なっていくと、やがていくつもの光景が
「──お待たせしました。お兄様はおそらくこのあたりにおられるみたいです」
見えた光景や目印になるものを
「
「医院ですね。ひょっとしたら
翠鈴の言葉に娘はますます目を見開いた。
「すごいのね……! 不思議な術が使えるなんて、まるで神様か
「へっ!? まさか、そんな、とんでもないっ。けっしてあやしい者ではございません!」
「やだ、
「ま、いっか。とりあえずここに向かってみるわ。はい、お代」
娘はすぐに話を引っ込め、代金を差し出したが、受け取った翠鈴は
「これじゃ多過ぎます! ここに書いてるように人捜しは一回五十文で……」
「多い分は感謝料よ。兄さんがいなくなって家族みんな本当に心配してたんだもの」
「いえいえ、わたしのはもう、仕事というか善行ですからお代なんて本当は」
「あたしたちだけじゃ捜しようもなかったんだから。ここに来てみてよかったわ」
娘は半ば無理矢理代金を置くと、「ありがとね、お姉さん」と
返し
(ああ……よかった。今日も一つ善行を積めたわ)
行方知れずの彼女の兄はきっと家族と再会できるだろう。その手伝いができたことにほっとしつつ、後片付けに取りかかった。
「この力でお金をいただくなんて、なんだか申し訳ない気もするんだけど……」
それだけ喜んでもらえたと思えばいい、と隼に言われてからはそう思うようにしている。それに実際、周家の中で自分だけ
(今のうちに……稼げるものは稼いで家を
父は商家を継いでほしいようだ。商人になるのが
(はあ……どこかにいないかしら。わたしの代わりに家を継いで親孝行してくれてずっと長生きして家を盛り立ててくれる健康な跡取りは)
「……って、都合のいい夢よね」
つまんだ玉を相手に、ぽつりとつぶやく。
ため息まじりにそのまま玉を磨いていた翠鈴だったが、ふと気になって目を留めた。
(あの人……また戻ってきたわ)
店を構えた通りは大通りから一つ入ったところにあるが、それなりに人が多い。
(覚えてるだけでも五、六回は見かけたけど……もしかして迷子かしら)
紙切れを手にしてきょろきょろしながら歩く彼を、まじまじと観察してみる。
銀の
気になったのは翠鈴だけではないようで、通りすぎざま人々が視線を投げている。ぼうっと見とれている若い奥方や、わざわざ振り向いてまで確認している女行商人、ひそひそ話しながら目を向けている
(確かに。このへんじゃ見かけないような立派な若様よねぇ。……んっ?)
注目を集めるのも
女性たちが向けるのとは違う意味での熱い視線、そして失礼ながらどう見ても
「あの──、そこのお兄さん!」
若様と呼びかけるべきか少し迷ってから、おずおずと
なんの
これは胡乱な人たちに
「お
青年は驚いた顔で翠鈴を見つめている。いきなりぐいぐい押されて
「そんなに立派な身なりでうろうろしてたら、悪い人に目をつけられるわ。何か用があって来たのなら早く立ち去ったほうがいいわよ。お供の人はいないの? お一人?」
早口でまくしたてられて
「……目立っていたのか。気づかなかった」
ぽつりとつぶやくのもいかにも
すらりと長身で、女子の目を集めるのも当然のごとき凜々しい顔立ちなのだが、なんだか弟のような気分になってくる。
「何度もこの道を行ったり来たりしてたでしょ。迷子なの? それは地図? 見せてみて」
いよいよ心配になり翠鈴が紙切れをのぞきこむと、彼は
「
それは周家が行きつけの店の名だった。甘味も出す小さな食事
「そのお店ならよく知ってるわ。でもこれ、地図が
「そうなのか? 道理で……」
彼は目を
「新しい道順を書き足してあげる。向こうに筆があるからそこで──」
仕事場である
依頼人の情報などを書き込むのに使うため、卓には筆と
その大事な大事な小箱に手を
「あーっ! 何するのーっっ!」
「待って! 待ちなさいよー! それは今日の全財産なのに……っ」
男の姿は早くも人波の向こうに見えなくなろうとしている。見失うまいと必死で目を
すぐ傍を
追い抜かれた翠鈴は、それが迷子の青年だと気づいて目を瞠った。先ほどまでのおっとりした様子とは別人のような
(でも、人が多すぎる。これじゃ追いつけない……!)
そう思った瞬間、青年がひらりと通りの
そのまま
やがて
彼の目の前でたたらを
まさに
(かっこいい……!)
あれほどのことをしておきながら青年は息一つ乱していなかったのだ。表情も冷静で、『仕事人』と呼びたくなるような
「
手慣れた様子で盗人を後ろ手に
「すごかったわ! 今まで見たどの
「それは初めて言われた。光栄だ」
「あっ、でも
「平気だよ。念のため中身の
「ありがとう……! 全部無事だわ」
「そうか。よかった」
青年が
あざやかな
翠鈴たちがそれを見送っていると、入れ違いのように中年の男が数人やってきた。
「もし、若君様。お手並みはお見事だったんですがね、うちの店がぺしゃんこで……」
「俺の荷車も粉々で……」
「俺んちの壁と門柱も……」
(
青年の
「あ……すまない。つい夢中で……。もちろん
「持ち合わせがこれしかないが、足りるかな」
と言って彼は、並んだ男たちの
翠鈴
「ちょっ、ここでそんなの出しちゃだめ────!」
慌てて飛びつき、手で
「だめなのか? やはり足りないか」
「じゃなくて、こんな大金見せたらまた目をつけられるでしょ! もらうほうだって対処に困るしっ」
金塊を持たされた店主たちは
青年は申し訳なさそうにまた懐を探り、今度は平たいものを取り出した。
「では後で
受け取った店主の一人は玉牌をしげしげと
「……えっ……、若君様──」
驚く店主たちに、青年は表情を変えぬまま口元に指を立ててみせる。
何も言わないでくれとの意を
(あれって、身分を表す玉牌よね? よっぽどすごいおうちの若君様なのかしら)
店主らの
「手……、やっぱり怪我してる! 血が出てるわ」
青年が初めて気づいたようにそれを見下ろす。
「いや、大したことはない」
「大したことありすぎよ! 早く手当てしましょう、こっちに来て!」
言うが早いか彼の手をつかみ、
「壁で
「これくらいの傷、手当てなど……」
「だめだめ!
翠鈴は真顔で言ったが、思わぬ
と、そこに横から笑い声が割り込んだ。
「いいから、気にせずやってもらいなって! この子、いつもこんなふうなのよ。怪我人を見かけた時のために手当て道具一式持ち歩いてるんだって。善行のためにってんだから、薬もあやしいのじゃなく一級品のやつだしね。薬種も
隣に店を構えていた食器売りの
「善行のため、というと?」
「なんか、徳を積むのが
「徳……。趣味……?」
浮かれた様子の宋おばさんの答えに、青年は
「でもこれは善行のうちに入らないわ。わたしのせいで怪我させてしまったんだし。ごめんなさい。お父さまとお母さまもご心配なさるわね」
「……、いや……」
傷口に包帯を巻き終え、翠鈴はいそいそと筆の用意に移る。
青年の地図に手早く筆を入れ、正しい道順を書き足してから、
「あなたもお急ぎだったでしょうに、助けてくれて本当にありがとう」
同じく丁寧な仕草で受け取った青年が、
「こちらこそ助かった。君がいなかったら永遠にたどり着けなかったかもしれない」
「そんな、大げさね。──あ、ちょっと待ってて」
はたと思いつき、翠鈴は急いで近くの露店へ向かった。店先に並ぶ品を一つ選んで
「これどうぞ。
飴の入った
「そこまでしてもらうほどのことじゃない。気にしないでくれ」
「あ、そうか。お口に合うかはわからないわね……。わたしは好きな味だったんだけど」
良家の若様が露店の飴などもらっても
「君が好きな味なら食べてみたい。ありがたくいただくよ」
翠鈴は瞬いて彼を見上げ、ほっと息を
「大変世話になった。いつかあらためてこの礼をしよう」
「そんな、お礼をしなくちゃいけないのはわたしなんだから」
「しかし、一級品の薬まで使って手当てしてくれたのだし」
「いやいやいや、こっちのせいで怪我させたんだから当然よ」
「だがこれで終わりにするわけにはいかない」
「いいのよいいのよ、気にしないで」
「そうだねぇ、次の約束でもしとくかい?」
宋おばさんがにやにやと口を
「さっきそこでひったくりがあったとか聞きましたけど、もしかして……」
言いかけた隼が、
青年のほうも隼を見やり、
「うちの用心棒なの。隼、この人がそのひったくりから助けてくれたのよ」
「えっまじで? いや、にこにこしてる場合じゃないっすよ。だから今日はやめたほうがいいって──」
隼が
「私はこれで。また会おう、お嬢さん」
「あ……」
急なことに驚き、翠鈴は歩いて行く青年を見つめた。
長いこと道に迷っていたようだし、一刻も早く目的地に行かねばならないのだろう。足取りが
引き留めてしまった責任を感じ、せめてものお
「拝美堂ってお
ややあって、青年が振り返る。
その口元が
見返りを求めたことは一度もないけれど、善行を返してもらったようで、胸が温かくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます