一章 運命の日③
〝ウルズガンド〟。
古い言葉で、〝狼の
人間の姿に似ながらも、獣の耳と
数多くの種族が存在する獣人種の中でも、
日暮れ前。大勢の臣下達を率い、贄姫を
「降ってきたな……」
「陛下、ここは冷えます。どうか、宮中でお待ちください」
背後からの声に、白銀の髪の間に生えた
「構うな、ファルーシ。俺は外で待つと言ったはずだ。あと、口調を直せ。お前のその
「──はいはい。わかったから、
ファルーシと呼ばれた獣人の青年は、人当たりの良い
ファルーシはヴォルガの側近であり、幼少の頃から
「アルカンディアの王から譲渡の申し出を受けて以来、長年待ち望んできた
「ああ、わかっているよ。じゃあ、せめてこれを羽織ってくれ」
差し出されたのは、雪原を思わせる白銀の毛皮をあしらった
「気が
「お気持ちだけで結構だよ。──さて、どうやら獣車が到着したみたいだね。ヴォルガ、わかっていると思うけど」
近づいてくる獣車の足音に獣耳を向けながら、ファルーシが
言わんとすることを
「贄姫は、
「そう。贄姫は、その命をもって白狼王に力を与える神聖な存在だ。これは、彼女が最期を
「余計なお世話だ。……わかっている。条約で取り決めた通り、
〝氷晶の牙〟──
残照の一筋に照らされて、舞い散る雪華が真紅に染まった。
ヴォルガが差しのべた手のひらの上で、形を覚える間もなく
「
迎えにやらせた他の従者達はどこへ行ったのか。異変を察したヴォルガは、
どういうわけか、
「一体何があった……!? まさか、贄姫を奪われたのではないだろうな!? 護衛は
「いいえ、陛下! 贄姫様が自ら
暴れるヌークを必死でなだめながら、御者が
「アルカンディアとの国境
「なにっ!?」
耳を疑うとはこのことだ。他の従者達は、逃亡した贄姫の
十五年前、血色の
ヴォルガは暴れ続けるヌークの背に飛び乗って、輿の中を
「扉の金具が外されているだと……? 贄姫がやったのか」
ふと、頭に
「──っ、まさか!」
深く考える前に、答えを確信した。
──知っているのだ。
贄姫は、己の運命を知っているに
ヴォルガは
「ファルーシッ!! 贄姫を追う! 総員を率いて俺に続け!」
「ええっ!? それってどういう──ま、待ってくれ、ヴォルガッ!」
ファルーシの目の前で、ヴォルガの
見る間に巨大な
獣人は本来、人間に似た姿に獣の耳と尾が生えた獣人の形態と、獣の姿の両方に身体の形を変えることができる。獣の姿になる場合、獣人だけが持つ〝
だが、
『よりにもよって針葉の森とは、
ヴォルガは
針葉の森は、
しかし、同時に、多くの
一刻も早く
そこに、馬に乗ったファルーシが駆けつける。
「ヴォルガ! 夜間のこの森は危険だ。じきに
『無理な相談だな、ファルーシ。三賢狼などあてにできるものか!
「充分に、わかっているつもりだよ……! でも、君はウルズガンドの王だ。王は群を率いるものだ。こんな風に、単独で
『単独で動いたつもりは──』
ない、と後方を
「あのねぇ。わかっていないようだから言わせてもらうけど、獣化した君に兵達が追いつけるわけがないだろう?」
『ぐ……っ!』
『ついて来られない者を待っている時間はない……まだわからないのか、ファルーシ。
「な……っ!? まさか、そんなこと──」
ありえない、と
五感がさらに
同時に、
『ありえない話ではない。
鼻を高く上げ、空中に線を
にわかには信じ
『なるほど、確かにリスだな……! いつから人間は、こんなに身軽になったんだ』
枝から枝へ飛び渡ったという御者の報告通り、遺臭はかなり高い位置の枝先へと続いている。ヴォルガの
ならば、と今度は雪に覆われた地面に
『……見つけたぞ』
点々と落ちた
『
「ああもう! 相変わらず
ヴォルガは白狼の姿で森を
落雪の
『まさか、この谷に落ちたのか……!?』
〝
底が深すぎて、獣気で視力を高めても闇しか見えない。足を
崖の縁には確かに
「おしまいだ……! 断罪の渓谷に落ちたら、獣人だって助からない。ましてや、人間の女の子なんてひとたまりもないよ!」
『……は、……ははっ!』
「ヴォルガ?」
『まったく、なんて
あれを見ろ、とヴォルガは鼻先で
『崖から突き出たあの岩場の位置で、
「なんだって!?」
ヴォルガ自身も信じ難いが、推測通り、谷沿いに進んだ
逃げ去った方向は、真北だ。
「すごい……!」
『それに、さっきは気がつかなかったが、贄姫のこの遺臭……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます