一章 運命の日②
北からの寒風に
その日の昼過ぎ、畑仕事に精を出していたニーナは、
「誕生日プレゼントのつもりだったのかしら。そんなの、これまで一度もくれなかったくせに。さっきの態度といい、どうしちゃったのよ、師匠……」
いつでも
いつか、この森を旅立ち、自分が生きる場所を探すことを夢見てきた。
ご
(いつか、別れるときが来るから。だから、師匠は一度も〝お父さん〟と呼ばせてくれなかったの……?)
定まりかけた考えが、ふわり、と空から降り落ちてきた白いものに
──雪だ。
「初雪だ! 十五歳の誕生日、おめでとう。ニーナ……!」
ニーナは自分の誕生日を知らない。代わりに初雪が降った日を祝うことにしているのは、師匠がニーナと出会った日に、その年初めての雪が降ったからだ。差しのべた手のひらに雪華のひとひらが舞い降りたとき。森の奥から、
「なに……?」
足元の小石が
「そんな、まさか……!」
「ニーナ! 早く、小屋の中へ入れっ!!」
だが、言葉に従うよりも先に、丸太小屋の周りの木々がメキメキと音を立てて
(
首が痛くなるほど見上げた目線の先から、黒い
フードの男達は素早く隊列を整えると、なにを思ったか、ニーナに向かって
「
「は……?」
(ひ、ひめさま……?)
理解のできる言葉──しかし、あまりにも
こちらの反応に構わず、フードの男は
「我等はウルズガンドの国王陛下の
「お、お乗りくださいって……あの、私がお姫様だなんて、なにかの
「
男はニーナに近づき、問答無用の
待ってくれ、と師匠が
「
「許可は得ている。今年は冬の
「……っ! そんな横暴を許してたまるかっ!!」
にわかに殺気立った師匠から
「ちょ、ちょっと待ってよ! これは一体どういうことなの、師匠──っ!!」
慌てて外に飛び出そうとするが、目と鼻の先で
「師匠っ!! ──もうっ!
叫んでも答えはない。
輿の中にはニーナの
「これ、もしかして
本の知識はあっても、実際に目にするのは初めてだ。氷のように
森暮らしのニーナにとっては空想の世界のものでしかなかったそれが、雪華を刻んだ無数の細工窓となって、
「
「そ、そうだわ。硝子に興奮している場合じゃなかった。私がお姫様だなんて、わけがわからないわよ……確か、ウルズガンドという国の王様の命令で、王宮に連れて行くのだと言ってたっけ」
親に捨てられた少女が、王子様と出会い
「いやいや、無理無理! 冷静に考えたら色々と無理よ!? 生まれてこのかた森から出たこともないのに、いきなり王宮に連れていかれて王様に会うなんてどうしたら──っていうか、そんなロマンティックな
──そうだ、
助けが必要になったときに中身を見ろと、師匠が言っていたではないか。きっと、今がそのときに違いない。
ニーナは懐に
中身は、
高鳴る
〝愛するニーナへ。
この手紙を読んでいる
突然のことに
単刀直入に状況を伝えると、お前は捨て子ではない。
この王国、アルカンディア神聖王国の
しかし、この国では、王家に生まれる血色の
そのため、お前は王家の姫君として名づけられることなく、
贄姫の血肉は、
日に日に
ニーナのことを、本当の
だからこそ、出生の秘密を守るためと
「…………なに、これ」
手紙を読み進めるうちに、全身から血の気が引いた。
悪い
だが、師匠は冗談や悪ふざけでこんな
贄姫、白狼王、獣人、
「……っ、とにかく、続きを──」
手紙の一枚目を読み終え、あまりのショックに放心していたニーナだが、意を決して手紙をめくり、二枚目の内容に目を落とした。
〝人間の王国アルカンディアと獣人の王国ウルズガンドは、種族間のいがみ合いが絶えず、数百年にもわたる
しかし、
ニーナは本当に強くなった。
今のお前になら、
ウルズガンドの北方に位置する大
だから、けっして
ウルズガンドの国境壁を越えさえすれば、譲渡は成立し、国同士の約束は果たされる。その後に贄姫がどうなろうと──たとえ、ウルズガンドの追手を
お前が自由を手にするためには、きっとこれを好機とするしかない。
ニーナ、これが最後の試練だ。
お前は自由になれる。
逃げて、生き延びて、幸せになりなさい。
ニーナが持つしなやかな強さが、
──お前を愛する父より〟
手紙を読み終えたニーナは、
(師匠の様子がおかしかったのはこのせいだったのね。白狼王……獣人の国の王なんて、物語の中にしか存在しないと思ってたのに。それに、私が生贄だなんて……!)
手紙の内容が真実なら、師匠とはあの瞬間を最後に、二度と会うことができなくなったということだ。それまでの暮らしを捨て、十五年間もの歳月を、ニーナを育てるためだけに費やしてくれた父に、さよならも、ありがとうも、言えなかった。
「師匠の
彼は目に
きつく閉じた
獣人の国、ウルズガンドの白狼王の生贄にならずに生き延びること。
それが、これまで自分を育ててくれた〝父〟の願いなら。
これまで与えてくれた知識と技術は、すべてこのときのためのものなら。
──やるべきことは一つしかない。
「逃げて、生き延びて、幸せになればいいのね。上等じゃない。相手が白狼王だろうが、なにがなんでも逃げ切って、生き延びてやるわ……!」
決意に燃える
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