第一章 湖に落ちかける①
フェニシアは十六歳にして、サザナ
しかも前世がある、という点でも、
前世では生まれつき心臓が悪かったフェニシアは、病室に無人島サバイバル本を積み上げては
どこまでも
生まれ変わった第二の人生は、地球ではない世界が
「……聖女様? なにをぼんやりなさっているんです」
コツン、と
「
顔が
……が、実際は誰も
たった一ヶ月前、先王を殺した
後ろ
(……王様って
聖女とは国宝である。フェニシアは
──なので、本来この簒奪王からいびられたり、城から追い出されそうになったりするはずはないのだが……実際のところ、フェニシアは彼に圧力をかけられている。
ただの嫌がらせなら構わないが、彼が何らかの目的を持ってそのような態度を取っているのは明白だ。聖女としてこの国を守るためには、早いところ彼の『
(むしろ私が追い出されそうなんだよね……!)
日々嫌がらせに来る彼から情報を
盤上を
「こういった遊びには先を読む力が必要ですからね。何手も何十手も先回りして準備しておくようなやり方、
さりげなく
「……ねぇ、陛下。聖女に駒遊びの技術って必要?」
「いいえ全く。けれど貴女には後先考えてから行動するようになっていただきたいので。頭だって手足と同じで、
現在の頭を使えないもの呼ばわりしているように聞こえるのはフェニシアの思い過ごしではないだろう。ちらりと置時計を見る。あと数分でこのお茶会は終わるはずだ。
「まだ来ませんね、貴女の婚約者」と心を
「元、ですけどねー」
フェニシアに婚約者がいたのは、この国の六代目聖女に選ばれる五歳の春までだ。聖女は純潔を守らなければいけないので、婚約は白紙になり、
駒をひとつ動かしてから王は書類を
(私の侍女なのに……また勝手に命令して……)
しかも『二人の
「さて聖女様、いいお天気ですね。引退するにはふさわしい日です。もう十一年も城に住んでいらっしゃるのでしょう?
「またそれですか! 何度言われても
目に見えて
「本当にご立派な心がけですね、聖女様?」
そして甘ったるく
(このパワハラ陛下め!)
彼は明らかにフェニシアを城から追い出したがっている。なにせ彼は正当な即位ではない。この国では王と聖女は対等である。だからこそ、自分の言うことに食ってかからない子どもを聖女の座に
「国の命運を託されて、塔に厳重に
「旅行は、まあ、したいですけど。……ちなみに陛下のおすすめ観光地は?」
「そうですね。聞いた話では、天国というところは痛みも空腹もなくて、すべて善人で、お花も
「ひぇ……」
遠回しに「天国
「何を言われたって絶対やめませんから!」
「僕としては、そうですね……『女神以外に身を
「話を聞いちゃいない!」
「……」
彼の動きが止まり、黒い
(あ、悪いことしちゃったかな……)
ふいに訪れる、気まずさ。
──侍女アメリアが退出した程度では、王と二人きりにはならない。国の生きた至宝・聖女の命と純潔を守るため、聖兵と呼ばれる衛士が二人、フェニシアの背後に立っている。
別にやましい気持ちも悪意もないのに、
こほん、と
「今回行っていただくのはキュライ地方の湖です。二日前から
もともと彼が今日ここへ来たのはその話をするためだった。金色の
「そこの水をまるごと
「湖まるごとって……そこの生態系はどうなってるの?」
思わず敬語を忘れたフェニシアに、彼はさらりと告げる。
「水中の生き物ですか? すでに
「……そう」
瘴気は、世界のあらゆる場所に突然現れる。特にこの国は、そういう土地だ。
「ちなみに推定
「え、なにか計算
「
「……
「今は五月ですよ。
「はい……」
かつてない難題の予感にフェニシアは遠い目をした。
詠唱自体は囁き程度でかまわないから、
「まぁいいや。そろそろ出発ですか? 陛下も行くんですよね。大事な
「ええ、ですがもう少々お待ちください。貴女の元
「いや
「──ああ、来ましたね」
彼が顔をあげた直後、開かれたままだった部屋の
フェニシアの元婚約者、アルベルト・ランバート。近衛騎士の規定である
「
「声がうるさい」
──耳隠し。それは、耳を隠すためだけの装身具。
彼の場合は、白銀の髪に
(でもそこまで厳重に隠されると、逆に見たくなるような……?)
布製にせよ金属製にせよ《耳隠し》自体は
一方の騎士アルベルトは人間的な丸みのある耳を隠していない。この五階まで休まず駆け上がってきたのだろう、息を切らす彼に、侍女のアメリアがお茶を差し出した。
「ああ、かたじけない」
彼が喉を鳴らしてぐびぐびと飲み干したのを見届けたところで、「さあ行きましょうか」と表情の見えない顔で、
● ● ●
この世界に
世界各地で太古の昔から現れては、作物を
だが
しかし三百年前、この国に初代聖女が誕生してから情勢は大きく変わる。
本来時間をかけてようやく
現在、それは六代目聖女フェニシアの役目であり、この国の大きな収入源となっている。
● ● ●
五月の日差しが
フェニシアたちは当初の予定通り、浄化および王の挨拶回りのために城を
少し歩いてみれば谷底から川の音がする。年季の入った橋が
「おや聖女様、なにかお気に
「なるほど、
またしても遠回しに聖女たるフェニシアを
(この……デスハラ陛下め……! そんなに聖女が
目の前にはおんぼろの、今にも落ちそうな
フェニシアとて言われっぱなしで
「あれは足を掛けるものでしたの? わたくしてっきり祭儀用の
「おや、
「うふふ、ご
にこやかに「お前が行け」「いやお前が」を
「お、おそれながら! 対岸に
冗談ですよ、と二人して微笑んで、周囲を安心させる。
王に平然と口が
(この旅で、どうにか陛下の
フェニシアは国を背負う聖女として決意していた。
旅の日程は三日間。おそらく二人で旅する最初で最後の機会になるだろう。
この旅の一番の目的は変異した湖の
この一ヶ月、彼は
目的の湖に着いた。本来なら美しい湖が光を浴びてキラキラと
「……陛下、ひとつよろしい?」
にっこりと上品な笑みで圧力をかけてみると、王もまた
「推定
「はい」
「どう見ても、五分で済みます」
「そうですか」
よかったですね、と悪びれもせず、のたまった。
「てっきり対岸が見えないくらい
実際は民家十軒分ほどの湖が、黒に近い深緑色になって、おどろおどろしい黒や白の
「意味もなく人をおちょくるの、
「僕が
(これだ、言いたいことは結局これ!)
フェニシアに聖女をやめさせること。それが彼の目的なのだ。
「……前から気になってるんですけど、陛下ってどうして王様になったんですか?」
そう問えば、金色の
「
「だって陛下が何をしたいのか知らないと、止めたり助けたりできないじゃないですか」
「……助ける?」
もし決定的に「この人は敵だ」と確証を得たら、聖女の職権を乱用してでも彼を退位に追い込まねばならない。勝てる気はしないし、罪もない先王を殺した時点で一発退場にしたかったところだが。その一方で、たとえ善良な王のふりだとしても良い政策なら
彼は、フェニシアの返答が意外だったのか、瞳を
「死んでも、命を
「え、意外と野心家……」
「『貴女に聖女をやめさせること』は、おまけで二つ目に数えられなくもないです」
「私への嫌がらせにまで命
彼はなぜか、
「湖に近い方の警備には僕の私兵を使います。
近衛騎士と聖兵は非亜人なので
フェニシアは天幕の
旅についてきたのは聖兵、騎士団、そして王の私兵。聖女を守る役目の聖兵は六名ばかりで、あとは騎士団が主な聖女の護衛となっている。なにせ簒奪王のグラシカは私兵ばかりをそばに置くので、本来王を守るべき近衛騎士団は手持ち
とはいえ、今のところ亜人私兵と近衛騎士たちの仲はそう悪くはない。国民の一割にあたる人狼族は、規則や自分より弱い者に従うのが
先王のために編成されていた騎士団にとっては、簒奪王が連れ
グラシカは、冷たい視線をそちらに向ける。
「……彼、どこまでお人よしなんですかね。せっかく人望と
「陛下って……」
私が邪魔なのはわかりますけど、と前置きして、
「アルベルトにも
彼は「おや」と麗しい
「僕が、彼の、何を
「だってアルベルトって騎士団で
「あはは、聖女様の
「ぐっ……冗談ですよぉ」
なぜこの人に食事の
本来この国では王と聖女は対等で、よき相談相手になるはずで、王に「食事抜きにします」と脅される今の
「あれが理想ならさっさと
「え? アルベルトと?
「ふうん」
あまり信じていないのかどうでもいいのか、しらけた顔をしている。
「フェニシア様、お
二人の会話を楽しげに聞いていた
彼女は
(さてそろそろ、お仕事だ)
天幕の外へ
今の
民衆の前に進み出て、
「──それでは、皆様の
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