第27話 思いがけぬ出会い


 「香織ちゃん、おまたせ! 次のお店行こうか!」


 会計が終わり、斗真が促してくる。香織は斗真に礼を言うと、お爺さんへ声をかけた。


 「それでは、お邪魔しました」

 「ああ。せっかくの贈り物だ。大事にしてやんな」


 ひらひらと手を振るお爺さんに、香織は首肯する。再度礼を言って、斗真と二人店を出た。


 「斗真、本当にありがとう。大切にするね」

 「いいって! まあ、お守り代わりと思って使ってよ」


 ちゃんと香織ちゃんを守れよー! 斗真は短刀にちょん、と触れる。その様を見ながら、香織は柔らかく微笑んだ。

 彼の思いに応え、無事に旅を終わらせなければ。改めて気を引き締める。


 「うわあ!」


 その直後のことだ。

 突然、身体に衝撃を受けた。予想だにしない衝撃に、たたらを踏む。気を引き締めたばかりだというのに、なんとも締まりの悪いことだ。香織は不甲斐なさに息を吐いた。


 一体何が起きたのかと振り返ると、一人の少年が尻もちをついていた。どうやら、この子が自分にぶつかったらしい。事態を把握し、香織は上体を屈めて声をかけた。


 「大丈夫? 怪我はないかな?」


 ごめんね、周りを見ていなくて。そう告げる香織に、少年は慌てたように首を振る。その勢いのまま口を開いた。


 「いいえ、僕が悪かったのです。すみませんお姉さん。雪道に、足が取られてしまいました」


 お姉さんこそお怪我はありませんか? 問い返す少年に、香織は目を丸める。


 随分と大人びた少年だ。見たところ、年齢は10歳前後。

 この歳でこれほどの対応ができるとは。自分が同じ歳の頃を思い出しつつ、香織は微笑んだ。


 「私は大丈夫。心配してくれてありがとう」


 立てるかな? 香織が手を差し出すと、少年は笑みを浮かべて手を伸ばす。はにかんだ表情は、年相応の愛らしさがあった。


 「あ、お団子……」


 立ち上がった少年は、不意に声を漏らす。それにつられ、香織は視線を落とした。地面に茶色い紙袋が落ちている。


 どうやら、少年の持ち物らしい。雪の積もる地面に落ちたからか、紙袋はじんわりと濡れている。

 その上、倒れたときの衝撃で潰れてしまったようだ。ぐしゃりと皺が寄っていた。


 「これ、君のかな?」


 香織が問いかけると、少年は力なく頷いた。泣き出さないあたり、本当にしっかりした子どもだ。


 「はい、そうです。お団子を買いに来たのですが……さすがに、これでは渡せませんね」

 「誰かへのお土産だったのかな?」


 香織がそう声をかけると、少年は「姉に渡そうと思っていました」と語った。しょんぼりと肩を落とし、残念そうに見つめている。


 「でも、仕方ありません。元はと言えば、僕が転んだのがいけないのですし。お姉さんにお怪我がなくて良かったです」


 手まで貸していただき、ありがとうございました。そう告げる少年に、香織は慌てて首を横へ振る。


 何というか、物わかりが良すぎる子どもだ。もう少し感情的になってもいいだろうに。

 さすがにこのまま帰すのは忍びないと、少年にある提案を持ちかけた。


 「君、お団子を買った店は近いのかな?」

 「え? はい。このまま道を進んだ先にあります」


 小首を傾げながら答える少年に、香織は微笑む。

 近いなら好都合だ。自分たちとしても、いい休憩になるかもしれない。そんな気持ちで斗真に声をかけた。


 「斗真。そろそろ休憩とかどうかな?」

 「いいね! 坊主、その店のおすすめ、教えてくれない?」


 駄賃はお土産の団子でどうだ? そう語る斗真に、少年は目を見開く。そしてあわあわと口を開いた。


 「い、いえ! 僕がご迷惑をおかけしたのに、そこまでしていただくわけには……!」

 「何言っているの。余所見をしていたのは、私も同じよ」


 気にしないで。そう告げる香織に、少年は困ったように眉を下げる。

 どうやら、未だにぶつかったことを気にしているらしい。謝ったのだから切り替えていいのに、真面目過ぎるのか。


 そんな彼へ、斗真がおもむろに手を伸ばした。ぽんぽん、と優しく頭を撫でると、太陽のように明るい笑顔を浮かべる。


 「そんな気にする必要ないって! 坊主はちゃんと謝っただろ? 本当は自分も痛かっただろうに、泣くのも我慢してる。偉かったな」


 そんないい子には、ご褒美が必要ってね! そう言って斗真は少年の頭を撫でまわす。

 慌てていた少年も、ようやく話が飲み込めたらしい。青の瞳をきらきらと輝かせ、期待に満ちた表情を浮かべた。


 「ほ、本当にいいのですか?」

 「もちろん! 俺は嘘つかないからね!」

 「そうそう。それに、君がおすすめを教えてくれると、私たちも助かるな」


 実は、この街に来たばかりなの。香織がそう言うと、少年は晴れやかな笑みを浮かべる。


 「そうだったんですか! なら、是非案内をさせてください! その店の団子は、この街で一等美味しいですから!」

 「それは楽しみだなあ! ね、斗真?」

 「うん。せっかく来たんだし、街一番の団子を楽しみますか!」


 行こう。そう言って斗真が手を差し出すと、少年は頬を紅潮させて頷いた。手を繋ぐ二人の姿は、まるで年の離れた兄弟のようだった。






 「ここです! 味は保証しますよ!」


 そう言って紹介されたのは、趣のある茶屋だった。古くから続く老舗だろうか。随分と年季の入った建物だ。


 すみませーん、少年が明るく声をかける。それに続き、香織たちも店内へと足を進めた。


 中には縁台が三つ並べられており、緋毛氈が掛けられている。時代劇などで見る、赤い布が掛けられた長椅子だ。どうやら、店内で食べていくこともできるらしい。


 せっかくだし、ここで温かいお茶でも飲んでいこうか。香織がそう考えていると、奥から一人の女性が顔を覗かせた。


 「おや、若様。さっき帰ったばかりじゃなかったかい?」

 「ふふ、色々ありまして。でも、お客様をお連れしましたよ!」


 少年の言葉に、女性は香織たちの方へ視線を向ける。50代くらいだろうか。優しげな女性は、目尻の皺を深めて朗らかに笑った。


 「いらっしゃい、お客さん方。良ければ、注文を伺いますよ」


 女性はそう言って、香織たちの側に近寄ってくる。斗真は微笑みながら口を開いた。


 「んじゃ、おすすめを教えてくれる?」


 そう言って、斗真は少年へ目配せをする。彼は明るい笑顔で頷き、注文を口にした。


 「みたらし団子をお願いします!」

 「それと、温かいお茶を3人分! あとは、二人分の土産も包んでくれ」


 少年の後を引き継ぎ、斗真が注文を続ける。女性はそれに頷くと、ちょいと待っておくれと言い、裏へ戻っていった。


 「お二人とも、本当にありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げる少年に、斗真はからりと笑った。香織も笑みを浮かべ、首を横に振る。

 どちらにせよ、街を見て回るつもりだったのだ。行先を決めるきっかけにもなり、助かった。


 そのまま和やかに話をしていると、次第に店の外が騒がしくなってきた。何かあったのだろうか。


 確認するかと香織は腰を浮かせたが、すぐに腰を下ろした。思いがけぬ来客が訪れたからだ。


 「桔梗ききょう!」


 勢いよく開かれた扉から、見覚えのある姿が見えた。つい先ほど面会したばかりの少女。寒暁を治める柊家の当主、輪鋒りんほうである。

 相当急いでいたのか、その息は荒い。彼女の瞳は、真っ直ぐに少年へ注がれていた。


 「姉上!」

 「……なるほど」


 少年の言葉に、香織は一人納得の声を上げる。

 この店の女性は、少年を若様と呼んでいた。それは、柊家の子どもゆえらしい。

 当主である輪鋒も、まだ子どもと呼べる年齢。子を成しているわけでもないのだ。少年への若様呼びも納得がいく。


 また、外が騒がしい理由も理解ができた。輪鋒が弟を探し、駆けずり回っていたからだろう。


 「桔梗、なぜ勝手に屋敷を抜け出したの!」


 怒りを露わにしながら、少女は店内へと足を踏み入れる。香織たちの存在に気づいているようだが、特段触れることはない。彼女の意識は、弟へ集中している。


 それも無理はない。弟が護衛もつけず屋敷を抜け出したのだ。彼女は相当心配したことだろう。


 「姉上……ごめんなさい」

 「謝罪ではなく、なぜと聞いているのです!」


 少年の謝罪を、輪鋒がぴしゃりと撥ねつける。心配の裏返しだろうが、これでは少年も口を開けそうにない。理由を知りたいのなら、まずは落ち着いて話をすべきだ。


 「輪鋒様、一度おかけになられてはいかがでしょう」


 立ったままでは、お店にも迷惑がかかってしまいます。そう告げる香織に、輪鋒は目を見開いた。

 感情的になっていたのを自覚したようだ。彼女はバツが悪そうに顔を伏せる。


 「申し訳ございません」

 「いえ、弟君を心配なさってのことでしょう。そのお気持ちは理解できますから。席もございますし、腰を据えて話すといたしましょう」


 香織は自身の隣を勧める。斗真たちには少し横へズレてもらった。香織と斗真で姉弟を挟むように座り直す。

 輪鋒が席につくと、丁度お茶と団子が届いた。もう一名分追加をお願いし、軽く息を吐く。


 少年は、縮こまったまま下を向いていた。どうやら、相当萎縮しているようだ。怒られたショックというには、可笑しなほど青褪めた顔をしている。


 香織はその姿を見つめながら、思考を巡らせる。

 少年の礼儀正しさは、生まれゆえのことだったようだ。寒暁を治める家に相応しく、礼儀礼節は叩き込まれたのだろう。


 しかし、ここまで姉に萎縮しているのはなぜか。仲が悪いわけでもないだろうに。

 姉へお土産を用意していたことも、輪鋒が焦りながら迎えに来たことも。互いを大切に思えばこそだ。


 にもかかわらず、場の空気は恐ろしく悪い。吹雪の中かと疑うほどに冷え切っている。

 一体、この姉弟に何があるのか。


 どうやら、息抜きは諦めるしかなさそうだ。思いがけぬ展開に、香織は心の内でため息を吐いた。

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