第25話 資質を問う


 「よし、着いたぞ」


 到着の合図に、香織は視線を窓へ向ける。

 窓の外は、高く積み上げられた石壁が続いていた。街中の様子は分からないが、人の営みがあることは間違いない。

 移動中は見渡す限りの雪原が続いていたが、やっと人の手が加わったものを見ることができた。それに香織は安堵の息を吐く。


 どれほど美しい風景でも、自然ばかりでは落ち着かない。まるで世界中の人間が消えたかのような、そんな錯覚に陥ることがあった。

 人の営みが見える場所は、それだけで一人ではないと安心させてくれるらしい。


 本居の指示を受け、佐伯が一足先に車を降りる。門番に話をつけるようだ。街へ入るのみでなく、どこかに車を置く必要があるためだろう。


 数分ほどの間が空いて、佐伯は明るい笑みを浮かべながら戻って来た。上手く話がついたのか、その足取りは軽い。


 「師団長。無事、駐車場所が決まりました。出入口付近の方が楽だろうと、場所を空けてくれたようです」

 「そうか。街中で車を走らせずに済むのはありがたいな」


 どうやら、この街に駐車場のような場所はないのだとか。物置として使っている場所を貸してくれることになった。

 既に物は移動済みらしく、いつでも駐車できる状態。それを聞くと、本居はゆっくりと車を発進させた。


 「もう少し進んでくださーい!」


 佐伯の指示に従い、石壁の裏側にあるスペースへ駐車する。エンジンが切られると、皆明るい表情を浮かべた。


 当初は徒歩での移動になるかと心配したが、自動車移動の末、無事に到着できた。それを改めて実感し、嬉しさが込み上げたのだ。


 到着を喜びながら、全員で車を降りる。

 足を踏み入れたこの街は、息をのむほど美しい場所だった。


 「これは凄いな……!」


 本居が感嘆の声を上げる。それに内心で同意して、香織は視線を走らせた。


 昔ながらの和風建築で統一された街並みは、古き良き時代を彷彿とさせる。帝都は大正ロマン溢れる街並みだったが、ここは古都のような佇まいだ。香織にとっても、風情あるこの街は、実に好ましい場所だ。


 雪の舞い散る中、建物の灯りが街を橙色に染め上げる。温泉街を思い起こさせる風景に、どこか胸が高鳴った。今が旅行中でないのが悔やまれる。


 「では、これからどうしましょうか」


 白銀が本居に尋ねる。本居はそれに一つ頷くと、白銀へ指示を出した。


 「お前は宿の手配をしてくれ。神子様もお疲れだろう。宿確保の上、休息をとれるよう計らってくれ。護衛も忘れずにな」

 「かしこまりました」


 どうやら白銀と紬は別行動らしい。紬が口を開くより早く、白銀が彼女を促した。

 通りへと消えていく背中を眺めて、本居が再び口を開く。


 「我々は領主のもとへ向かおう。本来ならば神子様も同席いただきたいが、難しそうだからな」


 苦く笑う彼に、否定の声は上がらない。


 彼女はまだ若い。それゆえに、直情的な言葉を口にしてしまう。この先でどんな話になるか分からない以上、その危険は避けるべきだ。それがこの場にいる者の総意だった。


 「ま、それが妥当でしょうね。あのお子様じゃ大人の話し合いは無理でしょ」

 「隊長、言い過ぎですよ」


 ダメです。たしなめる佐伯の姿は実に自然だ。普段は斗真に振り回される彼も、こういうところはしっかりしているらしい。


 佐伯が斗真の補佐を担当しているのは、これが理由なのか。


 香織が本居へ視線を向けると、彼は満足げな笑みを浮かべている。なるほど、やはりそういう理由らしい。

 なんだかんだ良いコンビなのだな、と香織は笑みをこぼした。







 「では、こちらでしばしお待ちください」

 「ご案内いただき、ありがとうございます」


 通されたのは美しい応接間だ。畳の上に腰を下ろし、周囲を見回す。

 華美な飾りはないが、掃除が行き届いているのが分かる。床の間には掛け軸が飾られており、美しい花の絵が描かれていた。


 「失礼する」


 10分程度待っただろうか。

 低い声と共に、襖が静かに開かれた。視線の先には、60代くらいの男性と、10代半ばの少女が立っている。


 男性は白髪交じりの髪を後ろに撫でつけ、灰色の着物を纏っていた。

 少女の髪は短く、ショートボブくらいの長さで揃えられている。着物は淡い水色で、若い彼女によく似合う愛らしい色合いだ。


 少女は当主の孫だろうか。香織がそう思ったのも束の間、彼らは室内へ入ると驚きの行動に出る。

 上座に少女が座り、その斜め後ろに男が控えたのだ。

 どうやら、まだ年端も行かぬ少女が寒暁の領主らしい。


 「ようこそ、寒暁へ。六辺香までの道のりは、帝都の方には辛かったことでしょう」

 「お気遣い痛み入ります。幸運に恵まれ、何とか辿り着くことができました」


 少女の言葉に、本居が礼を言う。

 実に落ち着いたやり取りだ。領主としての振る舞いは、既に身についているらしい。


 「本題に入りましょうか。帝都から遥々お越しになったご用件について。

 まあ、おおよそ予想はついておりますが」


 そう言うと、少女は香織へ視線を向ける。彼女の美しい青の瞳が香織を射抜いた。

 この中で、異分子は香織一人だ。それを彼女は察しているのか。


 「彼女が、此度召喚された方ですか。神子様なのか、勇士様なのかは分かりませんが」

 「……一目でお分かりになるのですか?」

 「当然です。私は柊家の人間ですから」


 香織の問いに、少女が即答する。

 そして、香織の方へ身体ごと向けると、丁寧に挨拶の言葉を口にした。


 「お初にお目にかかります。寒暁を治めるひいらぎ家が当主、ひいらぎ輪鋒りんほうと申します。

 以後お見知りおきを」


 真っ直ぐに相手へ向けられた視線は、凛とした強さを持っている。

 幼い頃から、振る舞いを叩き込まれていたのだろう。香織は、自身が彼女と同じ年齢だった頃を思い出し、感嘆の息を漏らした。


 「ご丁寧にありがとうございます。

 私は櫻井香織と申します。この度、勇士として召喚されました。

 以後、よしなに」

 「こちらこそ。あなた様がお越しくださった幸運に、感謝致しましょう」


 これでやっと、冬が明ける。そう語る彼女に、香織は目を細める。

 勇士や神子が来ることで解決する、彼女はそれを知っていたのか。


 「柊殿。一つお聞かせ願いたい」

 「はい、何でしょうか?」


 本居の言葉に、彼女は首を傾げる。ぱちり、と目を瞬く姿はとても可憐なのに。どこか大人びてみえるのは、彼女の佇まいのせいだろうか。


 「勇士である櫻井君が来たことで、冬が明けるとおっしゃいましたね?

 あなたは、この異常気象の原因をご存知なのですか?」

 「もちろんです。そして、その解決法も知っています」


 その言葉に、本居は目を見開く。香織たちも同様だ。

 原因だけでなく、解決法まで知っているとは。こちらとしては、喉から手が出るほど欲しい情報だ。


 「では……!」

 「ですが、今全てをお話することはできません」


 浮足立つ本居を制するかのように、彼女がぴしゃりと言い放つ。

 その表情に先ほどまでの可憐さはない。澄んだ氷のような、冷たい表情をしている。


 本居は息をのみ、上げかけた腰を下ろす。それを横目で見ながら、香織は口を開いた。


 「今すぐは、とおっしゃいましたね。

 どのような条件を満たせば、お聞かせいただけるのでしょうか」

 「さすが勇士様。理解が早くていらっしゃる」


 そう言うと、彼女は控えている男に声をかける。

 男はそれに頷くと、胸元から一冊の本を取り出した。

 紐で閉じられた古い本だ。何度も繰り返し読まれたのか、どこか草臥れているように見える。


 「この本に寒暁が……いいえ、巡国が苦しめられてきたモノについて記されております」


 彼女の言葉に、全員の視線が男の持つ本へと向かう。

 まさかそんなものがあるとは思わなかった。原因から探る必要があると思っていたからだ。


 「これをあなた方に託したいという思いはあります。

 けれど、私には、あなた方が託すに値する人間なのか判断できません」


 私はあなた方のことを何も知りませんから。そう告げる彼女は、冷ややかな視線でこちらを見やる。


 彼女の言い分はもっともだろう。あの本が柊家にとって重要なものならば、そう簡単に渡せるはずもない。渡すべき相手を見定めたいと思うのは当然だ。


 「ですので、どうか証明していただきたい」

 「証明、ですか?」


 香織がそうこぼすと、彼女は静かに頷く。

 そして、凛とした声でこう告げた。


 「雪花山せっかざんに行き、この地の瘴気を解決してください。

 あなた方がそれを成し遂げたのなら、柊家の持つ全てで、皆様を支援しましょう」


 

 

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