第20話 声の導く先へ


 「では、今後のことについて話をしよう」


 囲炉裏を囲むのは、帝都から来た香織たちのみ。お婆さんや桃花という少女は、食事の支度をすべく、厨にいる。

 お客様だから座って待っていてくれと言われ、香織たちはこの部屋に残っていた。

 幸い、話すべきことは多い。ありがたく二人の申出を受けたのだった。


 「本居さん、この気候についてご意見を伺いたいのですが」


 香織がそう切り出すと、本居は頷く。既に彼も考えていたのだろう。淀みなく話し出した。


 「まず間違いなく、瘴気が原因だろう。

 瘴気が気候を変化させるという調査結果はないが、人体や作物に影響を及ぼすのは確認されている。

 数十年も続く現象を異常気象と片付けるよりは、現実的な判断だろう」


 その言葉に香織は頷く。斗真達も異論はないようで、特に口を開くことはなかった。


 「次に、この先どうするかだが。

 まずは明日、伊良布村を立つ。その足で予定通り六辺香ろくへんこうへ向かう」

 「六辺香はたしか、寒暁の都市でしたか」


 香織は船内で見た地図を思い浮かべる。

 六辺香は日本でいう札幌辺りに存在する都市だ。この伊良布村からだと、車で4時間弱はかかるだろうか。徒歩であれば、50時間は優に超える距離。

 外は生憎の悪天候だ。想定より移動に時間がかかるはず。晴天ならば野宿も考えられるが、どうするつもりだろうか。


 「本居さん、ここから六辺香は相当な距離があります。移動手段はどうされる予定ですか?」


 そう尋ねる香織に、本居は困ったように息を吐く。彼にとってもこれが悩みの種だろう。


 「そこが一番の問題だ。ここまでの悪天候は想定していなかったからな。乗り物での移動は困難だろう」

 「は!? まさか徒歩とか言わないよね!?」


 紬が慌てたように声を上げる。船から伊良布村まで歩いてきたが、その大変さを思い出したのだろう。絶対にそれだけは嫌だと表情が物語っていた。


 「神子様のお気持ちは分かりますが、乗り物での移動は不可能でしょう」


 白銀が口を開くと、紬は彼へ視線を向ける。その瞳には苛立ちが浮かんでいた。


 「はぁ? なんでよ!」

 「積雪の多さが原因です」


 白銀はそう返すも、紬は今一理解できないようだ。「だから何で!」と声を荒げる彼女に、香織が優しく声をかける。


 「紬さん、日本を思い出してみませんか?」


 そう語りかけると、紬の声がぴたりと止まる。訝しげにこちらを見る彼女に、香織はゆっくりと口を開いた。


 「積雪が予想されるとき、車に何を施すかご存知でしょうか」

 「何って……チェーンとか? あとはタイヤを変えるんだっけ?」


 名前知らないけど。そう言う紬に、香織は微笑んで頷く。


 「その通りです。スタッドレスタイヤに変えるのが一般的でしょうか。

 けれど、それがこの世界にあると思いますか?」

 「……あ」

 「そして何より、積雪量の問題があります」


 先ほど歩いてきた限りでは、相当な積雪だ。大の大人が足を取られるほどに降り積もっている。この状況で車が走れるはずもない。


 「除雪車が常時稼働しているならばともかく、それは望めないでしょう。

 そんな中で車が走るのは困難です。立ち往生してしまえばかえって危険。雪に阻まれ、扉が開かなくなる可能性すらあります」

 

 香織の言葉に、紬は顔を青褪めさせた。車内に取り残される想像をしたのだろう。さすがに乗り物移動が困難だと理解したようだ。


 「それじゃあ……徒歩で移動ってこと……?」


 唖然とそうこぼす紬に、一同は視線を逸らす。誰しもそれが困難だと分かっているが、それしか手段がないのも事実だ。


 「無理でしょ!? この雪の中だよ!? 普通に風邪ひくし、っていうか凍死しそうじゃん!! どう考えても無理でしょ!?」


 勢いよく腰を上げる彼女。膝立ちになり、徒歩の困難さを熱弁している。紬の言うことにも一理ある。この悪天候では体調に異変をきたしかねない。

 ましてや、徒歩では50時間以上かかる距離だ。通常であれば野宿するのだろうが、この雪の中だと凍死しかねない。六辺香へ付く前に全滅だろう。


 「この雪の中徒歩なんて、死にに行くようなもんでしょ!」


 絶対無理! 大声でそう語る紬に、香織は内心同意する。

 

 「ですが神子様、ここを乗り越えねば寒暁の地は救えません」

 「だからってこの雪を歩くっていうの!? 移動どころか遭難しても可笑しくないじゃん!」


 馬鹿じゃないの!? 白銀の言葉に、紬がぴしゃりと言い返す。実際問題、寒暁の地を救う以前にこちらが死にかねない状態だ。紬の言い分は正しい。

 だが、白銀の言葉も無視はできない。彼の言うとおり、このままでは寒暁の地を救えない。私たちが死んでは元も子もないが、寒暁の民を見捨てることも避けたい。さて、どうしたものか。

 

 ――けて、


 香織の耳に小さな声が届く。何事かと周囲を見渡すも、可笑しな点は見られない。聞き間違えか? そう首を傾げていると、再び小さな声が耳を揺らした。


 ――す、て、


 気のせいじゃない。そう思った香織は腰を上げる。この音がどこから来るのかは分からないが、なぜだか放っておいてはいけない気がした。


 「……香織ちゃん?」


 どうかした? そう尋ねる斗真に、手で制止する。音を聞き取りたい今、声を出されるのは不都合だった。

 香織の姿から、斗真も何かしら感じるものがあったらしい。口を噤み、じっと香織を見据えている。


 ――たすけて


 ぞくりと背に悪寒が走る。たすけて、確かに聞こえたSOSに、香織は目を見開いた。

 慌てて立ち上がり、コートを掴み取る。声は外から聞こえているようだ。何が起こっているのかは分からないが、助けを求める声に無視はできない。


 「香織ちゃん!?」

 「誰かが、助けを求めてる!!」


 斗真へそう答えると、香織は室内を飛び出した。後ろからは何人かの足音が聞こえる。異変を察知し、追いかけてきたのだろう。


 扉の外は、一面の雪景色だ。先ほどより風も出てきたのか、雪が吹雪いている。

 けれど、立ち止まるわけにもいかない。とにかく声の主を探さねばと、必死に耳を澄ました。


 ――おねがい、たすけて


 「櫻井君! 声はどちらから聞こえている!?」

 「10時の方向です! 先導します!」


 吹雪の中だ。視界の悪さゆえ、目に頼って探すわけにもいかない。

 幸いなことに、吹雪く雪の中でも助けを求める声は聞こえている。この声を辿っていけば、何とかなるかもしれない。


 懸命に雪の中を進む。顔に当たる雪は冷たく、香織の熱を奪っていった。かじかむような寒さに加え、一面気が遠くなるような白。声のもとに進んでいるのは確かだけれど、どの程度進んだのか判然としない。


 数メートルだろうか。それとも数十メートルは進めたのか。それすらも分からなくなるほどに、ただ真っ白な空間が続いている。

 

 耳に届くのは、まだ幼げな子どもの声だ。こんな雪の中、一人でいるのだろうか。油断をすれば、声上げることすら困難になるかもしれない状況。一分一秒が命取りだった。

 

 香織は一人歯噛みする。先の見えない状況に、焦りが胸に押し寄せた。焦っても良いことがないのは分かっているが、どうにも気が急いてしまう。


 「香織ちゃん」


 そんな香織の耳に届いたのは、穏やかな声だった。その直後、隣から手を握られる。

 見上げた先にあるのは、こちらをじっと見つめる斗真の顔。声こそ穏やかなものの、その表情は真剣そのものだ。ただ真っ直ぐに、香織を見つめている。


 「落ち着いて。焦ったらダメだ。助けられるものも、取りこぼしてしまう」


 斗真の言葉が、香織の中にゆっくりと染み込んでいく。助けなければと、焦りばかりが浮かんでいた。見渡す限りの雪に、冷静さを欠いていたのだ。


 「大丈夫、俺たちもいるんだから。みんなで助けに行く、そうでしょう?」

 「斗真……」


 香織は一度瞼を閉じ、深く息を吐く。焦るな、冷静になれ。心の中でそう呟いた。

 隣には斗真が、後ろには本居たちがいる。一人で救出に向かうわけではない。きっと、助けられる。


 「ありがとう。もう大丈夫」


 瞼を押し上げて斗真を見る。香織の瞳に、もう焦りの色は無かった。

 それが伝わったのだろう。斗真も穏やかに微笑み、香織の手を強く握る。


 冷たい風が通り過ぎる。雪を伴う風に、香織の髪が舞った。真っ白な空間に舞う黒が、艶やかに存在を主張する。


 「行こう」


 向かうは声の先。取りこぼさぬよう、全員で手を伸ばすのだ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る