第2話 改めてご挨拶
「ドラン!」
ターニャに呼ばれたと思われる男性が勢いよく扉を開け入ってくるなり、ドランを抱きしめる。
「お、お父様……苦しい……」
「あ、すまん」
タツだった頃は使ったこともない言葉だが、記憶の中では目の前の偉丈夫な男性をお父様と呼んでいたのだから、しょうがないとゾワゾワする気持ちを抑えながらなんとか口に出す。
「だから、慌てなくても大丈夫だと言ったじゃないですか。ターニャからもそう聞いていたでしょ。ねえ、ドランだって迷惑よね」
「あ、いえ……」
父である『ヒューイ・フォン・ディストニア』三十八歳をそう言って窘めるのはドランの母である『オリヴィア・フォン・ディストニア』三十四歳がドランに同意を求める。
「あら、気が付いたのね。それで体は大丈夫なの?」
「はい、ありがとうございます」
母の次にドランに話しかけて来たのは父の第二夫人である『セリーヌ・フォン・ディストニア』三十二歳だ。少しぶっきら棒な話し方ではあるが、ドランに対しては特に何かあるわけではない。
「ほら、あなたもお見舞いに来たんでしょ」
「あ、ああ……」
「お兄様……」
「よう、元気そうだな」
「ええ、おかげさまで」
ドランに話しかけてきた男はセリーヌの息子で『ビリー・フォン・ディストニア』十二歳だ。
そして、ドランが頭に傷を負うことになった原因を作った男でもある。
「ほら、あなた。ドランも気付いたばかりだし今日はこの辺りでいいでしょ」
「いや、しかし……」
「あなたがいてもドランの気が休まらないでしょ。ターニャ、あとはお願いね」
「はい! お任せ下さい」
皆がぞろぞろと、部屋を出て行こうとするのをドランはビリーを呼び止める。
「お兄様、ちょっとだけいいですか」
「な、なんだ……」
「いいですから、ちょっとこちらへ」
「……」
訝しげにベッドの上のドランに近付くと、ドランはビリーの腕を取ると、首に手を回しビリーにだけ聞こえるように囁く。
「しっかり仕留めとくんだったな。二回目はないぞ。いいな?」
「……」
「返事は?」
「……」
「返事はって聞いている」
「は、はい。二度としません」
「ふん!」
ドランは少し乱暴にビリーを解放すると、自分達の様子を見ていたヒューイと目が合う。
しかし、ヒューイは何を言うでもなく、そのまま部屋を後にする。
「では、軽く食べられる物を持って来ますね」
ターニャがそう言って、最後に部屋を出る。
ドランはそのまま、ベッドに仰向けになるとなんでこうなったかということと、今後のことを考える。
「少なくとも俺が狙われたってことだよな。それで、親父は俺に跡を継がせようとしているのか。まあ、正妻の子が跡をとるのが普通の世界なんだろうな。それで俺が邪魔になったか。でもなぁ~どう見ても貴族だよな。確か男爵だったか。でも、男爵って下の方じゃなかったか? ヤスの奴も伯爵以上じゃないとダメだとか言ってたし……」
そんなこんなを考えているとノックと共に扉が開かれ、ターニャがワゴンを押しながら入ってくる。
「坊ちゃん、お待たせしました」
「ありがとう。ターニャ」
ターニャがテキパキと食事の準備を終えるが、部屋から出て行かない。
ドランは聞こえなかったなと思い、もう一度お礼を言う。
「ありがとう。ターニャ」
「では、失礼します。はい、ア~ン」
どうやらドランの言うことが聞こえなかった訳ではなく、食事の介助のために残っていたようだ。でも、ドランではなくタツであった前世でも経験がない『ア~ン』である。
「え?」
「坊ちゃん、ほら! お口を開けて下さい」
「え? いや、いいよ。自分で食べるから」
「いいえ。これは私の役目です。いいから、はい。ア~ン」
「わ、分かったよ。ア~ン」
「はい!」
ドランが諦めて口を開けるとスープを掬ったターニャのスプーンが口の中に放り込まれる。
そして、それはスープを飲み干すまで続くのだった。
「ふ~やっと終わったか……」
「はい、ア~ン」
「ん? いやパンくらい自分で食べるから」
「ダメです! はい、ア~ン」
「……ア~ン」
早く快復しないと恥ずか死してしまうと思うドランだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます