第3話 町に出たい!

 ベッドに縛り付けられること一週間、毎度毎度の恥ずかしい食事もこれで終わりかと思うと少し惜しい気もするが、するよりはマシかとベッドから起き上がれば、ターニャは少し不満そうだ。


「本当にもういいんですか?」

「ああ、大丈夫だ。世話になったな」

「もう少し静養なさってもいいんですよ」

「そう……いや、止めとく」


 ターニャの提案にもう少しだけでもと一瞬、頭を過るがこれ以上はダメになるとドランは自分に言い聞かせベッドから下りる。


「あ! もう、残念……」

「ターニャ、俺が元気になるのにはないだろ」

「だって……」

「別に俺がどこか行ってしまう訳でもないだろ」

「そう言われましてもですね、あれだけ一日中お世話していたのは、そうありませんからね。しかも下の「ちょっと、待て!」……なんですか?」

「それはしてもらってはいないハズだ。……だよな?」

「しましたよ。お忘れですか?」

「いやいやいや、俺はちゃんと自分で立って行ったぞ?」

「あ~だって、それは坊ちゃんが小さい頃のお話ですから。ふふふ、とても可愛かったですよ。上も下も全部が可愛かったんですから!」

「……忘れろ」

「イヤです! ゼッタイに忘れませんから!」

「……」


 ドランがベッドから下りれば、今度は着替えを用意したターニャが目の前に立っている。


「着替えくらいは「いいえ、私の仕事ですから。さあ」……でもな」

「私の仕事を奪いになるつもりですか? それとも私はもうご不要ですか?」

「あ、いや、そんなつもりじゃ……」

「ふふふ、いいですよ。坊ちゃんがそんなこと言わないことは知っています。それよりもさあ!」

「分かったよ……」


 ドランは結局、ターニャに押し負ける形で着替えさせられることになったのだが、これも貴族としての務めなのかと辟易とする。


 ターニャに着替えを手伝ってもらった後は、食堂にて朝食を済ませると外に出たいとドランが伝えれば、少々お待ち下さいとターニャがどこかへ向かう。


 暫くした後、ターニャは父であるヒューイを連れて来た。


「え? どうされましたかお父様」

「いやな、ターニャにお前が町に出たいと許可を求めて来たのでな」

「許可ですか?」

「そうだ。お前はまだ十歳だ。一人で町に出るには多少危険だ」

「はい?」

「どうした? もしかして忘れたのか?」

「え? あ!」


 父であるヒューイにそう言われたドランが思い出したのは、前世での記憶を取り戻す前に教えられたことだった。


 ヒューイが納める町とは言え、治安はそれほどいいものではないから、町に出る時には護衛を連れて出るようにと言われていた。


「まあ、それはいいとしてだ。どうして町に出たいんだ? 何か欲しい物でもあるのか?」

「いえ、そんな訳ではありません。ただ、町の様子を見てみたいと思ったもので」

「ふむ、まあいい。市井の様子を気にするのもいいことだ。少し待て。護衛する者を呼んでこよう」

「はい。ありがとうございます」

「うむ」


 ヒューイはそういうと食堂から出て行った数分後に「お待たせしました」とドランの前に現れたのは、この家に務める衛士の一人であるバランだ。


 背は二メートル近くあり、髪は金色の短髪に翠色の目をした目鼻立ちのスッキリした顔をし体格は細マッチョだ。自分が女性だったら惚れていたかもなとドランは自分の目の前に立つバランを見上げていたが、そのバランはドランを通り越しターニャのことをジッと見ていた。


 ターニャはその視線に気付くと「よろしくお願いします」と軽くバランに会釈し、バランは「お任せ下さい。必ずターニャ様はお守りしますから!」と胸を叩く。


 そしてドランはその返事に「俺はどうでもいいのか」と思うが、ターニャはそれを軽く受け流すことはなく「守るのは私ではなく坊ちゃんです!」と強めに返す。


「あ、すみません。ドラン坊ちゃん」

「……」

「どうされましたか? このバランが気に入らないのですか?」

「ターニャさん、俺の何が悪いのでしょうか?」

「あ~そうじゃない」

「「では、何が?」」


 ターニャとバランが声を揃えてドランに問い掛ける。そしてドランは「その坊ちゃんってのはなんとかならないか?」と二人に聞いてみる。だが、二人は揃って首を横に振る。


「それはなりません」

「そうですよ。どうしたんですか、坊ちゃん」

「だから……なあ、俺が頼んでもダメなのか」

「ですが、なんとお呼びすればいいのですか?」

「そうですよ」

「だからさ、『ドラン』でいいんじゃないの?」

「「ダメです!」」

「えぇ~」


 ドランはどうにか二人からの呼びをどうにかして止めて欲しかったのだが、代案の『ドラン』と呼べと言えばソレはダメだと断られる。


「でもさ、町に出て俺のことを『坊ちゃん』と呼べば、それは貴族とかお金持ちと周りにバラすようなモノじゃないの? だからさ、町に出た時限定ってことでお願い出来ないかな」

「確かに坊ちゃんの言うように町に出れば『坊ちゃん』呼びは危険が増しますね。では、いっそのこと町に出るのは止めましょうか」

「それはイヤだよ」

「ですが……」

「でもいくら演技とは言え、坊ちゃんを呼び捨てにする訳にはまいりません」

「……それもそうか。あ!」

「何か名案でも?」

「あのさ……呼び捨てじゃなければいいんだよね」

「それはそうですが、お名前を呼ぶのもどうかと思いますが……」

「だからさ、俺のことは『タツ』って呼んでくれよ」

「「タツ?」」

「そう、タツだ!」

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