耳鳴り


 あぁ 空から落ちていく

 落ちていく

 朽ちていく

 私ごと どこまでもどこまでもと 何度叩き付けられても どこまでも落ちていく

 果てしがない

 そう思い込んでいるからか

 それともこれは 夢?


 考え過ぎ

 そうかもしれない 

 けれど 考え過ぎているのならば どうして真っ白になるのか

 どうして溢れ出る前に疲れてしまい 思考を 閉ざしてしまうのか 

 ただ毎日 身も心も肥え太っていっているのだけが わかる

 己の意識を肥え太らせて みっともない姿にさせようとしている


 嫌われる為に


 それとも今更 怠惰な心が 活発に働き始めたのか

 どちらにしても情けない

 意地汚い

 浅ましい

 己の存在意義など くだらない

 当たり前過ぎる歪んだ毎日が 思考を停止させるのか

 それでは私はやはりその程度の人間だったのだ

 さっきから前に出す足を早めようとしても ちっとも早く先に進みもしないのは 身体の力が抜けていくように感じるのは やる気がないからか

 それでも時間の速度は 緩まない

 加速を繰り返して減速を遠ざける


 風が吹いて 耳を鳴らす

 二酸化炭素をたっぷり含んだ重たい空気の粒子が 駆け抜けていく

 この煩わしい耳鳴りは いつかどこかで聞いた覚えがあるのに

 どこでだったかと巡らせて あの日に辿り着く

 彼に対しての退屈な好意の結末

 卑劣な香りを身に纏う腐り切った神経と体


 それに酔ったように今を紡いだ偽善者 私


 そうだ

 あの忌まわしい時に警告を鳴らすようにして鼓膜を震わせていた耳鳴りは 嵐が踊り狂う音にも似た 虚無

 アスファルトに転がり落ちてしまった 幾つかの美しい葡萄の実のように

 自己を主張し続ける私の 彼への愚かな愛情

 地表を舞う空気のように 熱気のように 埃のように ゴムタイヤにただ潰されてしまうだけなのに

 それでも 溢れた葡萄の実は その艶やかな紫色を輝かせて 誰へともなく 宛てもなく鉄板のように焼けた広大なアスファルトの上を 転がり続ける


 行く宛てもなく


 そうして 潰れると同時に 瑞々しい翡翠色の果肉を太陽の元に曝け出し 瞬かせる

 だけど そんなどうでもいいものに目を止める者は いない

 美し過ぎるだけの つまらない虚無だから

 いや それはもっとなにか違う形の 或いは 夢なのかもしれない

 例えば あれが自身の身体だったなら

 同じように臓物を飛び散らせて それでもそれが虚無だと呼ぶに相応しい代物に 成りうるのだろうか

 反吐が出る程にあまりに生々し過ぎて とてもそんな大層なものでは表現できないのではないのか


 形 色 艶 影


 全てがモノクロで見えたとしたのなら あの葡萄の果肉もまた 違った意味合いを持つのだろう

 もしかしたら そちらが真実かもしれない

 潰れても尚 意味を持たせてしまう色とは 形とは なんと罪深いものだろう

 葉に宿る雫のように 本質はもっと全く違うところにある

 散乱する美しい潰れた虚無の実に 己の思いを埋没させることができたなら

 きっと まだ生きていけるかもしれない

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