第10話 殺害訓練。

パテラとナハトは夕飯まで時間があるかとロリーに聞く。

本来剣術大会は明日なので早くに食事を終えて武器の手入れやコンディション調整をするべきなのだがアプラクサスからも頼まれたロリーは「何時でも構いません」と言う。


「スティエット!頼む!」

「はぁ?何をですか?夕飯にしましょうよ」


「ダメだ!俺はイイヒートを鍛える!お前はナハトを頼む!」

ミチトはこの言葉にナハトを見て「お前、またワガママを…」と言ったが途中で言葉を止めてナハトを見た。

ナハトの顔つきが昨日までとは全く違っていた。



「お願いします!力を貸してください!」


ここにシーシーとシヤが来て「マスター、私たちからもお願い」と言う。


「シーシー?」

「ナハト君はシヤに頼んで一日中術使い…術人間と訓練をしたんだよ」


「マスター、ナノカは俺に頼む代わりに、ヨンゴとシーナの相手をしてくれた。サンフラワー達も明日の用意をガットゥーの人達に任せてナハトとイイヒートの治療をした。イイヒートはパテラさんとサンクタさん。ノルアさんはイシホ達の手伝いをしてた」


皆がナハトとイイヒートの為に力を合わせていたことに驚き、「なんで?ナハトもイイヒートさんも明日の大会に達人が出て来なければ勝てるよ?」と言うと、シヤは「マスターを見たからだ。マスターの力の根幹を見た。多分俺も見ていたら今日は居ても立っても居られなかった。イイヒート達が羨ましい」と言った。



ミチトは「マジか」と言うとナハトの前に出て「幻滅したろ?」と自嘲気味に聞く。

どうしても身内相手ではそうなってしまう。


「いえ、お兄さんの言葉の重み、行動の凄さを見ました。僕は19だけどお兄さんが19の時の強さに追いつけていない。生きる意志も覚悟も敵わない。だけど恥ずかしくないように生きたい!王都で認められて嬉しくて勘違いした!のぼせ上がった!お兄さんの「もっと強くなれ」って言葉の意味をようやく理解しました!だからお願いします!」



真剣なナハトの声と表情、そして気迫。

ミチトはこの真剣さをぞんざいに扱うことは出来ず「ナハト……お前…」と言うとナハトは「僕が憎らしい弟でも構いません!でも僕はお兄さんの弟として頑張ります!だからお願いします!」と言って頭を下げた。


ミチトは困った顔をした後で天を仰いで一瞬の間の後でため息をつく。


「アクィ、イブ、ライブ、メロ…足りないな、ラミィ、トゥモ、ロゼ…頼めるかい?」

この呼びかけに妻も子供達も「なんでも言って」と言う。



「俺はナハトを殺す」


この言葉に一瞬で空気が変わる。


「でも皆は常にナハトにヒールを送って…俺にナハトを殺させないで」

「任せなさい!私はミチトが生み出した究極の術人間よ!」

「イブだって完璧な術人間!やらせませんよ!」


この言葉にライブ達もやると言う。


ミチトは「ありがとう」と言ってからロリーを見て「暴れられる場所を」と言うとロリーは会場から少し離れた場所を指定した。


「ナハト、向かってくるだけ殺してやる。かかってこい。俺が生きたのは気を抜いたら死ぬ地獄。お前は耐えられるか?甘いお前に耐えられるか?」

「耐えます!」


「へぇ、面白いや…お前の剣を量産してやる。それが全部折れて拳も振れなくなるか、俺の攻撃がアクィ達を上回って殺したらおしまいだ」


ミチトはロリーにメチャクチャにしていいと言われた場所につくと周囲から数段下げてコロシアム風にしてしまう。


「これで周りへの流れ弾はなし、ナハトも逃げられない。予備の剣は作ってやったから壁に立てかけるといい」


ミチトはナハトが剣を立てかけている間にリナを見て「…リナさん、初めの合図…くれないかな?」と話しかける。


「ミチト…うん。格好いいの期待してるからね」

「リナ…ありがとう。愛してます」


ナハトがミチトの前に立つと空気がひりつき、言葉を発するのがむずかしく感じる中、リナは「はじめ!」と言った。


その次の瞬間、ナハトは1度目の死を迎える。

ミチトの拳で振り抜かれたナハトは即座に絶命して即座にアクィ達のヒールで蘇生する。


「がぁっ!?が!?何!?」と言って状況を理解しようとするナハトに「ひとつ…、もう死んだ、次だ」とミチトが言い放った瞬間、ナハトにサンダーフォールが直撃し2度目の死を迎える。


ようやく剣が持てたのは6回死んだ後、剣を振るえたのは13回目の死を超えた時だった。



あまりの凄惨さに娘のベルリは泣いていてソリードが抱きかかえてあやしていた。


「ミチト君…、あれが本気のミチト君…」

「あのナハト君をモノともしない…」

「それでいて辛そうな顔してやがる」

「彼は戦いが嫌いなのは本当だね」


ここにリナが来て「ナハト君です。彼の言葉がミチトを鬼にしてるんです」と言う。


「リナさん?」

「鬼…かい?」


「ええ、彼は普通に訓練を頼めばよかったのに「お兄さんが19の時の強さに追いつけていない。生きる意志も覚悟も敵わない」…言わば殺されかけた日々に追いつきたいと言ったからミチトは殺そうとしてる。だからアクィ達も余裕がない。あのロゼまで本気になってます」

アクィ達は誰一人気を抜くことなく本気で真剣にヒールを送り続けている。


「リナさんはわかっていたのかい?」

「ええ、私が1番の理解者です」


「だから格好いい姿を期待すると言ったんだね」

「はい。せめて明るく見送ってあげたかったんです」


この後もミチトはナハトを殺す。

ナハトは死線を潜り続ける中でミチトの攻撃を数百回に一回は防げるようになる。


だがタイミングが悪い。

ナハトがミチトに作って貰った剣、リトルチャイルドでミチトの拳を防ぐが剣は粉々に砕け、ミチトはそのままナハトを殴り殺す。


「惜しかったな。だが悪い癖だ。剣の同じところで防ぎすぎだ」

「があっ!?ぐぅ…あぁあっ!?」


「どうだ?もう懲りたろ?やめるか?」

「…ぃぃ…やめ……」


ミチトは構えを解くがナハトは這いずりながら次のリトルチャイルドの元に行く。

その姿に「ナハト…」と言って驚くミチトの耳に聞こえてきたのは「や…やめ……ない……、ぼ…く……は…闘神……の…弟だ」と言ったナハトの言葉。


ミチトは「そうか」と言うと容赦なく雷を落としてナハトを焼き殺す。


だがすぐに傷が治ると剣を手に取る。

そして息を整えると斬りかかる。

ナハトの目は血走っていて必死に剣を振るう。


ミチトは持ち手を蹴り抜いて生まれた隙に拳を打ち込んでサンダーインパクトを重ねた時、ナハトは死なずに耐えてミチトに蹴りを放った。


「へぇ…よくやる。蹴りか…ソリードさんに教わったんだろ?やってみろよ。俺の師匠の唯一の技を喰らわせてやる」

そう言ったミチトはナハトの足を凍らせると無限機関を放って吹き飛ばす。


評価できたのは初手の正拳突きをなんとか防いだ事だった。


凍らせた足を自由にしてナハトを解放するとナハトは再び剣を持つ。

正直ナハトの気迫は凄かった。


リナの見ている景色にはエスカの横で必死にナハトを見守るナノカが見える。その横のエスカは涙を流していたが目を背けなかった。

そしてロゼはまだしもメロとライブとラミィとトゥモは限界が近かった。



リナは前に出て「ミチト、もう皆疲れたから終わらせて。最後にもっと格好いいやつ、ちょっとでいいからミチトの本気が見たいよ!」と言う。


モバテ達から起きるドヨメキの声。

リナは笑顔で振り返って「私のミチトは一度も本気になっていませんよ」と言ってミチトにもう一度、「私、本気の無限斬が見たいよ」と声をかける。


本気になっていない事を理解してもらえていたミチトは嬉しそうに「リナ、見てくれる?」と聞くと、リナは「見るよ。見逃したくない。格好いい姿も悲しい姿も優しい姿も全部見逃せない。術人間が羨ましいよ。術を使って一日中ミチトを見ていたいよ」と言った。


「わかった。ナハト、これで終わりにしてやる。できるモノならアクィ達に頭を下げてまた挑んで来い。俺に本気を出させられるといいな」

「…ありがとう…お兄さん。よろしくお願いします」


ナハトは防御に逃げずにリトルチャイルドを振り回してミチトに斬りかかる。


アクィから見ても悪くない剣撃。

だがミチトには届かない。


「俺の本気の無限斬を喰らえ!二刀剣術!無限斬!」


ミチトは前に出ると一瞬でリトルチャイルドを粉々にする。そしてそのままナハトの全身をコレでもかと叩き折る。


一瞬。

本当に一瞬だった。


剣をしまったミチトはアクィを見て「見れた?」といつもの顔で聞く。


「…無理よ、130までは見たけどもっとあったわよね?」

「イブは?」


「私でも140が限界。あんな隠し球があったの?」

「まあね。だって奥さん達と子供達が放ってきたら少なく見積もっても200を超えてくるから打ち返せないとさ」


「まあ参ったわよ、階段は?ミチトが作る?」

「んー、アクィやって」


アクィが了解と言うとアクィ達のいる方とナハト達のいる方に立派な階段ができる。


「リナさん、見てくれた?」

「うん。格好良かったよ。今日がイブの日なのが悔しい」


階段を上がるミチトに「ミチトさん、ダメだよ。ナハトくんに言葉をかけて起こしてあげて?」とイブが言う。


ミチトは「えぇ?メロやラミィ達に術送ってあげないと可哀想…」といったがラミィから「貴い者として耐えられますから先にナハトおじさんですわ」と言われてやれやれとコロシアムの真ん中で倒れているナハトの所に言って「懲りた?」と声をかける。


「やっぱり僕のお兄さんは凄い。これからも強くなります」

「お前、懲りないのな。立てよ。それじゃあアクィ達が手抜きしたみたいだ」


ミチトがナハトの手を持って起こした時、エスカが駆け寄ってきた。


ミチトはエスカがナハトに駆け寄ってきたと思ってナハトの手を放して一歩下がる。


そして冷えた心でナハトとエスカを見て自分の家族のところに戻ろうとした時、エスカは1番に自分に抱きついてきた。


「え?」

「ミチト!お疲れ様!凄かったわよ!」


「え?俺?ナハト…」

「ナハトも頑張った。でも1番はミチトにお疲れ様を言いたかったのよ!言わせて?」


「なんで?俺の…ナハトが…」

「ナハトは弟でしょ?お兄さんなんだから順番よ!」


「そんな…、俺は何もしてませんよ?」

「してくれたわよ。ナハト、ミチトにお礼を言いなさい」

「お兄さん、ありがとうございました」


「え?いや…いいよ。もう一度剣を作るから待ってて………はい」

ミチトは言うだけいうと困惑の顔でリナ達の元に戻る。

その顔は困り顔だが初めての事に照れていて真っ赤になっていた。


「お疲れ様。あれで本気の何割?」

「3割ですね。ナハトは弱すぎます」


このやり取りにモバテ達からは「違えって、強すぎんだって」「いやぁ…凄いものが見れちゃったね」「…あのミチト君を殴って止められたソリードさんにも驚きです」「まったくだね。ソリード氏にも何か贈り物をしなければならないねアプラクサス」と聞こえてくる。


「少しすっきりした?」

「なんか変な感じで落ち着きません」


ミチトはそう言いながら子供達やイブ達に術補充をする。トゥモはヘトヘト顔で「パパ、大変だったからね」と言った後で「でも本気になれる訓練だったからまたやろうね」と言う。



「あはは、凄いなトゥモは。ナハトがまたやったらだけど当分ないんじゃない?」

ミチトの視線の先ではナノカが本気で泣いていてミトレがナハトに無理をするなと叱っていた。


「ほら、あれじゃあ申し込まれないよ」と言ったのだが甘かった。

イイヒートと訓練をするなんて言いながら観客をしていたパテラが「スティエット!5分でいい!頼む!」と言ってくる。


「マジかよ…、アレ見て俺と戦いたいって言うのはパテラさんくらいですよ?」

「頼む!」


「あー…アクィ?イブ?ライブ?ラミィ達は?」

妻達は3分ならと言ったのでミチトはやれやれとコロシアムに降りて行く。


「スティエット!感謝する!」

「んー…パテラさんだからノルアさんに開始の合図をあげますよ」


感謝をしたノルアがはじめの合図を出した瞬間、パテラは盛大に殴り飛ばされたがすぐに「おおう!死んだ!」と言って体制を整える。しかしすでにそこには砲弾のようなアースボールがこれでもかと飛んできてパテラを襲う。


ナハトなら死ぬ状況でもパテラは必死に前に出てミチトに殴りかかる。

ミチトもパテラの拳に拳を当てて肘と肩を壊さないようにしながら再び殴り飛ばし、その最中にも全方位からアースボールがパテラを襲う。


豪速球にも関わらずアースボールを掴んだパテラはそれをミチトに投げ返す。

常人の発想ではない行為に「やっぱり怖いや、とりあえず術はやめてあげるかな」という言葉で始まる乱打戦。


ミチトはあえて「ムシャクシャしてるから防御しないであげますよ。乱打戦です」と言ってから時間一杯までパテラを殴り続け、逆に殴られ続けた。


終わった後でパテラはミチトを抱きしめて「感謝する!お前は俺の弟だ!アクィの夫だからではない!俺の弟だ!胸を張って生きろ!」と言った。


「照れますけどありがとうございます。ムシャクシャしてたんで助かりました」


ミチトは感謝を伝えてコロシアムを後にして平地に戻そうとしたところでロリーから「スティエットさん!これください!明後日の闘神に訓練を付けてもらえる会で使います!ここなら多少の事は問題になりません!」と言われて「えぇ?雨の日とか溜池になりますよ?」と返すが構わないの一点張りでプレゼントする事になった。


前乗りの剣士達が遠目に見ていた事で後日闘神の恐ろしさを見たと喧伝され、ミチトはトウテに引きこもってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る