第5話 母と妻。
ミチトがガットゥーに戻ると地獄と化していた。
ロリーはアプラクサスから採算度外視を命じられていて子供達はヒノとシーシーとシヤを引率にした子供達だけで宿屋を貸し切って楽しいお泊まり会になっていて居なかったが代わりにローサとティナが来ていた。
「な…何これ?」と驚くミチトの前に出てきたスカロは涙目で「スティエット、お前の苦しみと怒りは見せてもらった。任せろ。お前の母とは俺たちが話す。ナハトも同席させる」と言ってミチトを抱き締めると「ガットゥー当主にはお前とライブの為に最高の部屋を用意してもらった。お前の事はライブに任せる。後は俺達に任せろ」と言った。
「え?あれを…見てた?俺、怒りに任せてたとはいえ遠視術もなにも使わせないように防壁を…」
そう困惑するミチトに聞こえてくるのは真式の「本当、ミチト君の防壁は芸が細かいから突破が大変だったよ。でも皆には私から見せておいたからね」という声。
「真式!?」
「種明かしをするとミチト君が防壁を張る前にあの村に既に先乗りして術を展開していたんだよね。言うなら早い者勝ちかな?久しぶりに天空島の強制転移なんてしたから疲れちゃったよ」
ミチトは真式の気遣いに感謝をして「間違いを犯さずに済んだよ。ありがとう。ムカつくけど礼を言う」と言うと真式は笑いながら「いや、良かったよ。そこは家族に任せて寝なよ」と言って声が消えた。
真式と話し終わるとメロが側に立っていて「パパ」と言っている。
「メロ…、ごめん」
「ごめんねパパ。パパに沢山意地悪をした人の子供なのにメロを助けてくれてごめんなさい」
メロはボロボロと泣いていて顔をくしゃくしゃにして謝る。
「メロ…俺こそごめん。怒りに任せてあんな女でもメロの母親なのに殺そうとしていたよ」
ミチトは前に出てメロを抱きしめて謝るとメロもミチトを抱きしめて謝る。
暫く謝りあった所で離れるとミチトはもう一度優しくミチトを見守るローサとティナを見て「なんで2人がいるの?」とメロに聞く。
「ママが責任を感じて呼んだの」
「アクィ?」
アクィは泣きながら前に出てきて「ミチト、また甘い事を考えてミチトを傷つけてごめんなさい。ローサ様達からはミチトとお義理母様との会話を見せて欲しいって言われていたのに見せなかったから悪化したって謝りに行ったら…」と言うと最後まで言う前に「一度キチンと母達で話すべきだから来ましたよ」「こう言うのは私たち向きだから任せてさっさとライブちゃんに優しくしてもらいなさい」とローサとティナが出てきて、ローサはミチトの頬を、ティナはミチトの頭を撫でた。
ここでミチトの想定外は今も泣いているエスカに「エスカさん、あなたはこうして泣いたミチトさんの頬に手を差し伸べた事はあって?そもそもミチトさんが泣ける環境作りはしたかしら?」「あんた泣いてる息子の頭ひとつ撫でた?息子ってのはそこのナハトじゃない。ナハトは顔を見たら愛された子供だってわかるわよ。なんでナハトは愛せてミチト君には頭の一つも撫でなかったのかって話よ。ウチのメロちゃんの生みの親が死にかけたのもアンタのせいよ」と言ってコレでもかと責め立てた事だった。
なんとなく普段と違う展開に「え…、あれ…ローサさん、ティナさん?」と困惑するミチトにローサは「うふふふ、そこは私たち向きだからミチトさんはさっさとおやすみなさい」と言い、ティナは「また甘い事考えてる!自分だけ嫌な思いして皆をそれとない所に着地させようなんて思わないの!ミチト君居ると助けちゃいそうだからさっさと消えなさい」と言った。
もうこの場を支配しているのは知力と怒涛の2母だった。
そこに暴力のソリードまで揃ってしまえば話にならない。
「そうね。ミチト君。寝なさい、後は私たちの出番よ」
ソリードはさっさとローサ達と前に出て行ってしまう。
ミチトはこの落とし所がどうなるのかわからない。
正直この面子にかつて殺したメリックというオオキーニの術人間がミチトに向かって言っていた「雑魚メンタル」という言葉がミチト以上に似合うエスカがどうなるかわからない。
つい心配していると周りの目を無視してイブがミチトにキスをすると「ミチトさん。お願いを聞いて。そして私を許して。私の考えを受け入れて」と言った。
「アイ……イブ?」
「ミチトさんの人生を頂戴。全部覚えている事を私に見せて」
「何を言って?」
「見たものをお義母様に見てもらう。ナハト君やお義父様にも見てもらうの。それで泣いたり謝ったりすることに意味がない事を知って貰いたいの。お願い」
この言葉にミチトがようやく言えたのは「俺の過去はとても人に見せられるものじゃないよ」という言葉だったがアイリスは首を横に振って「ミチトさん。私たちの愛で幸せになって?」と返した。
「私達が支えるよ。救うよ。これはミチトさんが生み出した究極のアクィさんには出来ない事。攫われて売られて蔑まれて殺されかけて術人間にされた私やライブじゃないとダメな事。私なら受け止められる。取捨選択出来る。かつてオウフで私を助けてくれた時のお返しをさせて」
「そんな…アイリス…ダメだよ」
困惑するミチトの前にリナが出てくると手を取って優しく微笑んで「ミチト」と呼びかける。
「リナさん?」
「私達、ミチトを救いたい、幸せにしたいよ」
「もう沢山して貰いましたよ?」
「ううん。してない。出来てないよ。私達…ミチトを救う、助けたい、幸せにしたいって思いながら何処かでミチトの辛い過去を受け止めるのを怖がっていたんだよ。ミチトに話してもらった日、とっても辛かった。苦しかったよ。でもミチトはその何倍も苦しかったよね?だから私達に受け止めさせてよ」
ミチトはもう恥も何もなく泣いていた。
泣いてリナを見て困った顔をした後で「その前に」と言ってエスカの前に出た。
「大丈夫ですか?」
「ミチト……ごめ…」
エスカが謝る前に制止したのはナハトで「お母さん、謝ってはダメだよ。今もディヴァント様やティナさんが止めてくれていたよね。多分イブさん達の言葉が正しいよ。お兄さんがどんな気持ちで居たのかを知るべきだよ」と言う。
「辛ければここまでの仲に出来ます。この剣術大会の後で送り届けて終わりにできます。ナハトの事はキチンと面倒を見ます。それで俺たちは交わらない道を選べます。構いません。無理をする必要はありません」
ミチトの顔と声は暗く恐ろしいものだった。
エスカは俯いて首を横に振って「受け止める。見る。知る。それをさせて」と言う。
ミチトは少し困った顔で横のミトレを見て「ミトレさん?」と聞くとミトレは「済まない。私は君の父というよりはやはりエスカの夫なんだ。君を受け止めるというより、エスカを支えさせてくれ」と言った。
ミチトは少し困った後でため息をつくとイブを呼んで「イブ?本当にいいの?」と聞く。
「うん。お願い」
ミチトはイブの顎を持ってキスをしてその瞬間にさっき廃屋を燃やす直前に思い出していたもの達を、散々マロ達から虐げられて村を逃げるように出て、フォル・マートと出会いソリードと過ごした一年からラージポットに行き着くまでに憶えているもの、見せられる全てを伝えていた。
唇が離れて「なんか…全部を見せてしまったから恥ずかしいよ。コレで俺を嫌になったよね。ごめんねイブ」と言ったミチトの言葉にイブはイブでいることも出来ずに声を上げて泣いて「ミチトさん、ひどいね。辛かったね。ごめんね。それなのに沢山優しくしてもらった。大事にしてもらったよ。どうしよう?何をお返ししたらいいのかわからないよ」と言ってミチトを抱きしめる。
「アイリス?」
「嫌になんてならないよ!ミチトさんが凄いって思えてもっと大好きになったよ」
この後も見た事の無い表情でワンワンと泣くイブに皆が困惑する中、落とし所としてローサが「はいはい。ライブさん、ミチトさんをお願いね。ライブさんはお部屋で見せてもらって全部受け止めてあげてね」と言う。
ライブはすぐに他所行きになると「お任せくださいお母様」と言って皆にここを任せるからミチトは任せてと言う。
ローサはそれを見た後でミチトに「過不足なしよミチトさん」と言う。
ミチトはそれの意味を理解して「嫌なんですけど?」と言ったが「イブさん1人に背負わせるなんて酷だわ」と言われてしまいどうすることもできずに最後には唸った後でリナの手を取り「リナさん…リナさんも?」と聞くとリナも頷いて「頂戴」と言う。
リナはキスと同時にアイリスに見せたものと同じものを受け取って泣き崩れる。
ティナとソリードがそれを支えてくれたのでアクィにも同じ事をした。
アクィは貴い者として歯を食いしばって耐えてミチトをライブに任せる。
ミチトはライブと宿屋に行く際、アプラクサスから「私がナハト君を起用しなければこんな事には…」と謝りに来たが「いえ、全部俺が悪いんです。アプラクサスさんは悪くありません。子供達の事とかすみません」とミチトは謝って部屋を後にした。
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