冒険者



 ワイワイガヤガヤと、喧騒が響いている場は村の中だった。

 狩りの成功を祝して毎度ながら軽い宴会が開かれる。今回は大物を仕留めたので、相応の規模になっていた。


 村の中心には大掛かりに組まれた木々が燃え盛っている。

 その周りを囲んで、思い思いに踊るのは村人たち。その近くでは、ヘタの横好きと言って憚らない職人集団が楽しげに笑みを浮かべて各々の楽器を奏でていた。


 アーシェはそんな広場の一角に腰掛けている。

 本来なら宴会の中心に座っていてもおかしくない結果を出しているのだが、色々な兼ね合いで隅に座るに留まっていた。この年齢なのに危険を冒して森に入っているのもその事情によるところが大きい。でも、初めこそ大変だったが今はもう慣れたものだ。


 そんな森に挑む役得の一つである、森から採取した果実から絞った果汁ジュースを杯の中で揺らしながらゴクゴクと飲む。さっぱりとした柑橘系の香りが鼻腔を擽ぐるいい喉越し。眉間に皺を寄せてエクボが出来るくらい美味い。


 そんなアーシェと一緒に腰掛けるのはエドガーだった。スキンヘッドに大柄の男が同じように杯を傾けた後に言った。


「──ところで、お前はもう12になったんだったか?」


「うん、今年で12歳!」


 杯を持ちながら問いかけるエドガーに、同じく杯を持ちながら満面の笑みで答える。エドガーは年齢を聞き、感心したように頷いた。


「へぇ、お前もそんな歳か。・・・街に出て『冒険者』にでもなってみるか?」


 少しの冗談と、半ば推奨するかのような言い方だった。その理由はわかる。何せこの村でのアーシェの立場はあまり良くない。それを打開する方法の一つだからだ。

 アーシェは酒気を帯びない、ただの果汁の入った杯を傾けながら言われた言葉を思い返す。


 ──冒険者。

 魔物を狩って魔石を集める事を主とする、戦闘集団の事である。

 この『外地』で最も価値のある物資は『魔石』であり、『内地』から一方的に搾取されずに済んでいるのも、『魔石』が大きな価値を持っているからこそである。

 ──そんな『魔石』を求めて危険を冒す英雄たちを、畏敬を込めて『冒険者』と呼ぶ。


 アーシェもそんな『冒険者』に憧れている一人である。

 だから。

 

「うん。・・・実は、そうしようかなって思ってる」


 真っ直ぐにアーシェはエドガーを見つめた。元々考えていた事ではある。でも、こうして面と向かって言うのは初めてのことだ。

 驚きの表情を浮かべたエドガーだったが、次の瞬間には男気のある笑みを形作った。


「おぉ、良いじゃねーか。俺は応援するぜ。・・・まぁウチの領主様が何て言うか、そこが問題だな」


 そう、そこが問題なのだ。

 アーシェが今までなるべく誰にも言わないようにしていたのは知られて邪魔されたくないからであったし、何より言ったとしても今のままでは到底叶わない希望だからでもあった。


「だね。黙って行くのも、みんなの迷惑になるしさ」


「うっ、まぁそうだな・・・」


 エドガーが言葉に詰まって、話を濁すように酒を煽った。

 その理由は簡単だ。

 勝手に村の外に、つまり、村の『防壁』の外に出ることは重罪である。

 なので許可を取る必要があるのだが、アーシェの場合はそれが難しい。ものすごく簡単に言えば、許可を出せる領主様に嫌われているから難しいのだ。


 少し考え込む様子を見せたエドガーがポンと両手を打った。


「ああ、そうだ。アーシェはヨハネと仲が良かっただろ。奴に話してみたらどうだ?アイツも領主一族だ、何か良い案を持ってるかもしれんぞ」


 ──ヨハネ。

 領主一族の直系でアーシェの友達でもある男の子の名前だった。

 エドガーの言うことも尤もであるのだが、苦笑いして首を横に振った。


「ううん、それはダメ」


 アーシェとヨハネは友達だ。それも一番の友達。というより、唯一と言った方が正確かもしれないけど。でも、だからこそ負担を掛けたくないし、心配もさせたくない。


 以前簡単に夢の話はしたことがある。ヨハネは協力するとも言ってくれた。けどアーシェはそれを負担を掛けまいと断った。ヨハネが一族の中であまり望ましいと言える立場じゃないのは知っている。だから友達になれたのかもしれないけど、お互いに結構大変なのだ。

 そんな経緯と思いを込めて、エドガーに向けて首を横に振った。


「そうか。・・・どうしたもんかね」


 困ったように頬を掻く仕草のエドガーもそれを察したのか、それ以上ヨハネに関して追求することはない。理解してもらえて助かった。この話が領主様に伝わるだけでもヨハネの立場が悪くなるかもしれない。それはアーシェの望みじゃなかった。

 お互いが考え込む、無言の時間があった。


 アーシェは改めて広場の光景を眺める。

 みなが思い思いに楽しんで、宴会を執り行っている光景だ。


 今回、アーシェが狩った猪は『Cランク』の魔物。

 魔石ランクとしては下位だ。それでもこれだけ大きな宴会になる。

 ──その事に、アーシェは少しの希望を見出した。かなりの賭けにはなる。でも、やっぱりこれしか思いつかない。


 そんな思いで、アーシェは口を開いた。


「エドガー、相談していい?」


「ん?どした、改まって」


 うんうんと考え込み唸っていたエドガーが疑問符を浮かべるように首を傾げた。

 息を整えて、アーシェが続ける。


「『Bランク』の魔物を狩りたいって言ったら、どう思う?」


「・・・あん?」


 アーシェの提案を聞き、それまで何処となく気の抜けていたエドガーの表情が切り替わる。そこに座るのは今までの呑んだくれではない。戦士団を率いる団長としての、エドガーが座していた。

 予想していたことではある。それでもその反応に生唾を飲み込んでしまう。


「お前、自分が何言ってんのか、わかってるのか?」


 コクリと頷きながら思うのは『Bランク』の魔物の事。

 ──『Bランク』

 その強さは一線を画す。

 村の戦士団が普段狩っている魔物は最大でも『Dランク』がほとんどである。稀に『Cランク』を狩る程度だ。


 何故『Bランク』に手を出さないのか。

 理由は単純明快で、あまりにも危険すぎる故である。それこそ戦士団に死傷者が出る可能性がある程に。


 エドガーの表情が厳しいのは当然だ。団長であるのだから、仲間たちの命を背負う以上は危険を冒す事を許すはずがない。Cランクだって全く危険がないとは言えない。それでもBランクに手を出さないのはそれだけ危険すぎるからだ。リスクとリターンが釣り合わないほど危険だからだ。

 エドガーの表情には拒絶の意思がはっきりと現れていたが、アーシェは首を振った。


 そんな事はアーシェだってわかってる。仲間を危険に晒したくもない。それでもこの方法しか思いつかないなら、アーシェが取れる手段なんて一つだけだ。


「わたしの実力だけで、考えてほしい。どう?」


 それはつまり、単独で挑むつもりだと言う事だった。

 内容を理解した途端にエドガーは息を呑む。そして今まで以上に厳しい、咎める表情に変わった。それは、予想が外れたという表情でもあり、逆に納得の色すら含まれた表情でもあった。

 見つめ合う時間が経過して、エドガーは掌を額に添えた。


「・・・お前なら、そう言うか」


 胸の内を吐き出すようにエドガーは重いため息をひとつ吐いた。

 半ば諦めたようでもあり、自責すら伴っているように聞こえる。そんな最中でもエドガーは続ける。


「実力に関して、俺は忖度しねぇ。ハッキリ言うが、お前の実力なら『Bランク』は狩れるだろう」


 その言葉には僅かな含みが存在した。

 でも、アーシェはそれに気付けなかった。喜色を表情に浮かべて口を開こうとするのをエドガーは手を挙げてその先を遮る。


「狩れるだろうが、その先が続かねえ。『Bランク』ってのは特殊だ。狩ったはいいが、怪我や状態異常で共倒れなんてザラにある。倒した後も血に寄って来る魔物を警戒しながらの解体、運搬作業がある。さらに挑む前の誘導や情報収集はどうする?お前一人では無理だろう」


 ぐうの音も出ないとはこの事だった。

 エドガーの言う通り戦うことしか考えていなかった。アーシェは基本的に戦闘要員だ。偵察や解体、運搬なども経験こそあるが、それも戦士団に入った当初のうちだけで最近は戦闘しかしていない。それぞれを得意とする戦士団の面々がいる。その中でアーシェは戦闘能力の向上を選んだ。今更アーシェが手を出してもとても満足のいく結果は得られないだろう。

 声を詰まらせるアーシェにエドガーは続ける。


「正直に言おう。お前の才能は傑出してるが、『Bランク』に一人で挑むってのは時期尚早ってのが、俺の判断だな」


「・・・ん」


「だが」


 表情を翳らせて話を聞く中で。

 言葉を区切ったタイミングに気を引かれて顔をあげれば、エドガーが男臭い笑みを浮かべていた。


「それは『お前だけ』で挑むなら、だ。最初に教えただろうが。冒険者は、いや。戦士団はチームだってな。一丸になりゃ『Bランク』なんざ敵じゃねえよ」


 言われて、喜色を表情に浮かべる──、なんて事は出来なかった。

 それよりも戸惑いが強い。


「・・・でも、それって」


 そこまで言われれば、エドガーが何を言いたいのか理解できる。

 でも、それは仲間たちを危険に晒すという事。アーシェですらもしそこまで話が進むなら躊躇せざるを得ないくらいだ。戦士団の団長であるエドガーとしては当然下せない判断の筈。

 そんな気持ちを込めて怪訝に見上げ続ければエドガーが苦笑いで答えた。


「いやまぁ、イキナリ言いやがったから、仲間を平気で死地に追いやるつもりかってのは思ったがな。お前が一人で挑むって聞いたら考えが変わったんだよ」


「なんでよー」


「んな危なっかしい妹分を放っとけるかよ」


 妹分。アーシェは仲間たちによくそう言われる。

 12歳なので当たり前と言えば当たり前なのだが、戦士団ではアーシェが最年少だ。安全性を重視しているため欠員がほとんど出ないこの村の戦士団では年齢層が高い。10代という括りですらアーシェしか居ないくらいだ。

 それゆえの呼ばれ方ではある。それなりに信頼関係も築いている自信はある。でも、冒険者になるための手伝いをしてくれなんてアーシェには言えない。Bランクを狩るとはそれくらい命懸けになるのだ。

 ──だから。


「・・・死ぬかもよ?」


 そう口を突いた言葉は恐れ混じりになっていた。拒絶させるために、冗談にしてもらうために、あえて直接的な言い方をした。

 仮に、仮にだ。もしBランクを狩るために誰かが死んでしまえば。それはアーシェの責任だ。他の誰でもないアーシェが提案したのだからそうなってしまう。それが恐ろしかった。それに何よりも──。


 ──アーシェが何を考えているのか、エドガーには手に取るようにわかった。

 すぐに表情に出るのだ。視線を下げて、眉間に皺を寄せて口をへの字にしたアーシェを見ればエドガーでなくとも察しが付いただろう。その心配を吹き飛ばすために、エドガーはあえて思い切り笑い飛ばした。


「がっはっは!妹分の門出のためだってんなら、命を惜しむ奴はウチにはいねぇ!」


 ギョッとするアーシェの前で、ニヤリと笑ってエドガーは続けた。


「もちろん、団員に説明するのはお前だ。場は俺が整えてやる。・・・それとも、逃げるか?」


「ッ!逃げない!」


 間髪入れずに、反射的にアーシェは答えた。言った後で『しまった』と思考に過るが、それでも逃げる訳にはいかない。アーシェはまだ戦士としての経験は浅いが、それでも培った誇りがある。

 こんな場面で誇りもクソもないと思うだろうか。アーシェはそうは思わない。もはや意地で反射的な思考だ。

 ──何よりも怖かったのは、仲間たちに理由を説明した上で拒絶されてしまう事だった。半ばそれを自認するが故にアーシェは逃げられない。自分から逃げてはいけないと知っている。

 強い意志を込めて睨み返せば、何が面白いのかエドガーが再び笑った。


「がっはっは!ま、『Bランク』なんざ滅多に出てこないが、幸いと言っていいのか、近くには『深みの森』があるからな。探しゃ出てくるだろ」


 『深みの森』

 上位ランクの魔物が跋扈する人類未踏区域。


 それは辺境の、特に人類生息域の最終ラインである『外縁村落』が危険である所以である。

 アーシェの住む村と『深みの森』は距離があるため普段は問題ないが、近隣の森と『深みの森』は地続きになっている。

 そのため他の場所よりもBランクの魔物は見つけやすいと言える。


 アーシェも察しが悪い方ではないので、エドガーがあえて強気な発言をしてくれているとわかっていた。

 それならば、ここで言える言葉はただ一つだ。


「いまさら取り消しても遅いからね?」


 思い切り調子に乗って、乗っかって、アーシェは強気な笑みを浮かべてみせた。


「だっはっは!良い笑顔だ!まったく!ウチのちみっ子は頼りになるぜ!」


 ガシガシと頭を乱暴に撫でられながら結んだ口元を緩ませる。乗せられた悔しさと、温かい居心地に翻弄されながら、くすぐったそうに身じろぎした。



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