赤髪赤目の美女



 森は赫怒種タウロスに意図せず開拓され、木々が薙ぎ倒された上空には夜空が広がっている。

 二つの半月と、爛々と輝く星々に照らされるのは赫怒種タウロスの遺骸と、美女とアーシェだった。


 赫怒種タウロスが地に伏す傍らで、アーシェは夜空から舞い降りる美女と向かい合う。

 さながら天使のようにも、あるいは人を惑わす妖精のようにも見えるのは、彼女の美しさもさることながら、彼女から一切の魔力を感じないからだろう。

 だが、存在感は希薄ではなかった。燃え上がるような赤髪。意志の強い赤い瞳。全身から溢れんばかりの存在感を感じる。


 そんな矛盾に加えて、空から人が降ってくるという衝撃的な光景。

 思わず唖然としながらもアーシェは問いかけた。


「・・・あなた、だれ?」


「名乗るほどの者じゃあない。──なんて言っても納得されないか」


『当然ですね。それで、ここからどうするんです?』


 ため息混じりに指摘する、美女とは違う声音。

 目をパチクリをしてアーシェが新しい声の主を探せば、美女の胸元に光る石。ペンダントから声が生じていた。


 ペンダントは非常に美しかった。

 竜の鉤爪を模した彫金の土台が金色にも七色にも見える光り方をしている。

 何よりも目を引くのは宝石だった。石が動く度に反射する色が違う。真ん中から七分割された七色が彩っているが、その位置が絶えず変化している。


 審美眼のないアーシェでも一目でわかるほど高級な一品だった。

 赤髪の女はそんな『ペンダント』との会話を続けた。


「いやぁ、ホントならアタシが赫怒種タウロスをぶちのめして、良い感じに誘う予定だったんだよ。思いのほか善戦するんで、出るタイミングを逃したね」


『・・・。ずっと見ていたのですから、いつでも助けに入れたでしょうに・・・』


 呆れたと言わんばかりの調子でペンダントが続け、その一言にアーシェは過敏な反応を見せた。


「『ずっと見てた』!?」


「そうさ。お前さんが一人で赫怒種タウロスと戦い始めた時には、アタシはもうこの場に居たよ」


 言われてアーシェは驚きの表情を浮かべる。

 慌てて思い返すが、そんな気配には覚えがない。

 確かに赫怒種タウロスには集中していた。だが、アーシェは気配の察知には自信があった。首を振って答える。


「・・・ううん、そんな気配があったら気付かない訳ないよ」


 その返答に赤髪の女はニヤリと笑った。


「いや、気付ける訳が無い。魔力も気配も消してたからな。しかも、上空でだ」


 上を指差しながら堂々と赤髪の女は言った。

 さすがにアーシェも、上空にまで気を配っていたかと言われれば首を横に振るしかなかった。


「・・・そ、そりゃあ、空までは気を配ってなかったけどさ・・・」


「くっく、悪いね。赫怒種タウロスの瞳に攻撃が弾かれてたとこも、しっかり観させてもらったよ」


「んなっ!」


 痛恨の失敗として記憶に新しい。

 あれを見られていたと知ってアーシェは顔を赤面させた。

 あの盤面でこそギリギリの戦いであったと思うが、今思い返せば、フィグ婆に普通の武器は通じないとも言われていたのだし、予想してしかるべきであったのだ。なのに、無謀にも挑み掛かって弾かれてしまったのは、もう、あまりにも恥ずかしくて仕方がなかった。


「・・・あ、あれは・・・。忘れてください・・・」


「ん?いや、『ただの鉄剣』で、よくもまぁ赫怒種タウロスに攻撃が通ると思って挑んだなと感心したんだが」


そんな風に言われて、アーシェがまず思ったのは性格悪いな!だった。アーシェが気にしているであろうことをピックアップして言葉にしていくなど、それ以外考えられなかった。けれど、赤髪美女の表情と瞳を見て、全てを察した。


 ──あ、この人悪気ないわ。思った事正直に言ってるだけだわ。


 だが、それが分かったところでアーシェの恥ずかしさは薄れない。


 まっっったく悪気も邪気もない表情で、むしろキョトンとしながら宣う赤髪の女に向かって、真っ赤な顔を両手で覆ったままのアーシェが、恥ずかしさに震えながら辛うじて片手の掌を向けた。


「いや、もう、ほんとに・・・」


「そうか?」


『やめて差し上げましょう』


「・・・そうか?」


 本気で、あまり釈然としていなさそうな表情で、赤髪美女は首をかしげた。





「──それで、えーっと」


 火照った顔を手で仰ぎながら、アーシェは何のために来たのか、と聞こうと思って、そういえばまだ名前を聞いていないと気づいた。


「そういえば、あなたの名前は?わたしはアルシエルっていうんだ。アーシェって呼んでね」


「ほう、アルシエルね」


興味深そうに赤髪美女が頷いた。


「えっと、何かある?」


「・・・いや、良い名前だと思ってな、誰がつけたんだ?」


「あはは、わたし、両親には捨てられちゃって。わからないんだよね」


「む、そうか。それは悪いことを聞いたな」


「いいよいいよ!それで、あなたの名前は?」


「・・・あー、うん。──それより!これから先の話をしようじゃないか!」


 無理やりテンションを上げたような声にアーシェが目を丸くするも、赤髪の女は続ける。

 片手を差し伸ばし、あまりにも美しい妖艶な笑みを浮かべた。


「──力が欲しくはないか?」


「え、要らない」


「・・・」


 ズバッと即答したアーシェを前にして、絶句の表情を見せた赤髪美女だった。


『・・・あの、一つよろしいですか?』


「え、はい」


『確かに、この人は怪しいです』


 グサっと何かが心に突き刺さったような表情を、赤髪美女が見せた。


『力が欲しいか、なんてどこの三流悪役ですかと失笑ものですし』


 苦しみに耐え兼ねて、強く胸元を握りしめる赤髪美女だった。


『しかし、それでも話くらいは聞きたくなるのが心情ではありませんか?現に、空から現れた時は非常に驚いていた様子でしたし、気になりませんか?』


「えーっと、ごめん。そこまで考えてなかったかも・・・」


 頭を掻きながら、罰の悪そうな顔でアーシェが苦笑いした。


「普通に、力が欲しいかって言われて、要らないって思ったから、そう言っただけ」


『・・・なるほど。理解しました。では、話に興味はあるのですね?』


「えっと、うん。気になるかな?」


 少し曖昧ではあるが、素直にアーシェが頷く。

 ペンダントは赤髪の美女に水を向けた。


『だ、そうですよ。気を持ち直して説明してください』


その言葉をペンダントから聞くのは、心理的なダメージによって片膝が地面に着いた赤髪美女だった。ゆらゆらと立ち上がりながら言う。


「・・・アタシを傷つけて楽しいか?」


『はて、何のことでしょう。あなたを真似て、正直に言ったまでですが?』


「・・・お前に口で挑んだのが間違いだったよ」


『今更ですね』


「・・・そーだな」


 投げやりに言いながら、赤髪の美女が続けた。


「あー、おほん。話を戻すが、力ってのは、具体的に何かって話をするとだな」


「うん」


「魔女って知ってるか?」


「えっと、知ってるよ」


 アーシェは頷きで答えた。

 ──魔女。

 かつて魔法文明を率いた悪魔たちの総称である。

 冷酷無比。残虐非道。血も涙も無い、凍えるような女たちであったらしい。



「──うん。アタシはそれだ」


「・・・え?」


 もう一度思い出そう。

 ──魔女。

 かつて魔法文明を率いた悪魔たちの総称。

 冷酷無比。残虐非道。血も涙も無い、凍えるような女たちであったらしい。


 思い返して、アーシェは再び目の前の女を見た。

 すごく間が抜けている。変なところで正直。美人だが、残念美人。冷酷というよりはポンコツという言葉の方が似合いそうだった。


「・・・えぇ?」


「二度も言うな」


 憮然とした表情で赤髪美女が言った。



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