幕間:赤髪赤目
深みの森。
そう呼ばれる領域がある。
そこは鬱蒼と広がる木々が視界いっぱいを埋め尽くし、日光を吸収するために上へ上へと伸び続ける大木たちが主役だった。
大気中の魔力を吸い、ひたすらに天を目指して伸び続けるそれらの威容はしかし、生態系の一部に組み込まれた仕組みに過ぎない。日光と大地からに加えて魔力からも栄養を吸収することで異様なほどの成長速度を誇る『ミッドガルド』の木々たちだ。
そして、ある程度の成長に達した木々は自ずと魔力に耐えきれず自壊する。
内部から砕け散る木々が散乱し、そこに草食系の魔物が群がる。そうして濃縮して産出された高純度の魔力を食らい、成長した魔物を、また肉食系の魔物が喰らう。肉食の魔物はより強くなって、他の肉食系の魔物と戦い、そして死ぬ。食らった魔物はより強くなるが、食い漏れた魔力は大地や木々に吸収され、また巡り巡って森を育てる。
人間が入り込まず、森の内部のみで完結した生態系だからこそ維持される環境。
それが『深みの森』
別名を、魔物の楽園。
そんな空間にあって、まだ森の浅い領域ではあるが、覇者と呼べるだけの異様を誇る個体が居た。
『
『
捻じ曲がる、伸びる巨大な角。
牛のような顔。色のない白濁色の瞳。隆々とした筋肉を唸らせて森を闊歩する、まるでゴリラと牛を足して割ったような存在。
──
Aランクの呼称を『アングラ・タウロス』。
文句なしにAランクの頂点に位置する一種である。無論のこと、『リトル・アングラ・タウロス』の数段上に居る化け物だ。
そんな怪物が立ち止まる。
森を見て、地続きの先に居る存在を感じ取る。たった今、解放されて広範囲に拡散された魔力を。
己が食欲に従って怪物はペロリと長い舌を出して口の周りを舐めとった。同胞の死など如何でも良い。ただ感じ取った魔力はあまりにも旨そうだった。
「ブモォオオオオ!!」
極上の餌を見つけたと言わんばかりに、歓声を上げるように牛の嗎が森を埋め尽くした。
同時期に。
某所で本を捲る女が居た。
うらぶれた家屋は清掃こそしているが、かなりの年季が入っている。
土で作られた壁は所々が剥げており、天井は時折、補修をしない家主を批難をするようにパラパラと砂を落とす。
そんな中にあって、乱雑と本が積み重なる机の前で安楽椅子に腰掛けながら平然と本を捲る女が気だるげに過ごしていた。
艶やかな赤髪を腰にまで伸ばして、顔にも右目を隠すように赤髪を垂らしているが、左の赤目は隠さずに晒している、奇妙な赤髪赤目の女が居た。
見えている左半分の顔立ちは非常に整っている。これ以上がないと思えるほど、スッキリと整った美貌だった。
そんな美貌についた形の良い唇が開かれた。
「──アン」
感情を感じさせず、本から視線すら外さず、告げるように呟かれた言葉は誰にも拾われずに空間に溶けるかに思われた。しかし、意外なところから返答がある。
『・・・今の魔力ですね?』
アンと呼ばれそう応えたのは、赤髪の女の首に下がる『ペンダント』だった。
竜の鉤爪の意匠の装飾に覆われる宝石が蒼く明滅を繰り返す。
その明滅はさながら、人が口を開閉するかのようだった。アーティファクトインテリジェンスと呼ばれる特殊な魔道具である。意思を持つ『ペ
『途轍もない大きさです。潜在能力で言えば、あなたにも迫るかもしれませんね』
僅かな間が空いた。
微かに視線を上げて、その後に『ペ
それは少し見当違いのことを言われたという間だったが、特に訂正することもなく赤髪の女は続ける。今後どうするか、に関して己の明確な意思を告げるように。
「・・・そうだな。出遅れる前に、少し足を伸ばそうか」
『あなたが、人前に姿を現すと?』
「ダメか?」
「・・・ダメではありませんが。以前の出来事を忘れた訳ではないでしょう。何故動く気になったのです?」
パタンと本が閉じられる音が響いた。
著者の名には古代語が記されている。
──エラトシーラ。
それは、二人の『魔女』を指す一つの名前。背表紙に刻まれる名を摩りながら、薄らと赤髪赤目の女は微笑んだ。まるで過去を悲しむように。
「さて、ね。過去に浸るのも、ここまでにしておこうってだけさ」
赤髪赤目の、隻眼の女が、ゆるりと立ち上がった。
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