第11話国宝大鎧
馬を走らせ、少しほど眼前に見える近衛府は異様な雰囲気をしている。まるで近づくなとばかりに周囲に圧がかかっている様に感じた。
「ここが、近衛府なのか?」
着いて早々忠幸は疑いの眼差しを向けるのも仕方ない。
近衛府自体そこまで豪華な屋敷ではないからだ。大将軍府より二回りほど小さい為、住んでいる兵士自体が少ない。話によるとすぐに動かせる兵力は500程らしい。
それでも、並の兵士より強いらしく一説によると援軍がくるまでわずか二倍の兵力に耐え抜いたこともあるらしく、武神の兵士としてその武勇が評価されたと伝え聞いたことがあった。
それに屋敷が小さいのも、政治的な配慮なのだろう。彼等の様な兵士が反乱を起こせばたちまちこの帝国は滅びの危機になるだろう、無論そうはならないだろうが。そこで反逆の意思がない事を示す為に兵力を分散する為にあえて小さい屋敷にしたのかもしれない。
全ては、あの親父の采配なのだろう、実に抜け目のない身の施し方であろう。おまけに人柄もよく、人望も厚い、もし親父に何か有れば近衛兵や、志帆の父親も黙ってはいない。
おそらくだが、内部の政治家達が相手の場合帝国の軍部二大勢力と相手する事になるであろう。実に可哀想な話だ。
そんな、帝国一の武勇を誇る近衛府は異様な雰囲気に包まれている。
「おい、昌月、門開けるから構えていてくれるか、味方である事は確かなんだがそれでも用心に越した事は無い。」
いつも、大胆不敵な忠幸が珍しく慎重に動こうとしている。その額にはびっしりと脂汗が付いていて声も若干震えている様だった。
「いや、勝手に門を開けるのは良く無いだろう、ここは門を開ける様に頼む。」
「そうか、もし返事がなかったら門を開けるぞそれで出たとこ勝負だな。」
あまり、納得している感じではなかったが、いったん冷静になることができたのか、忠幸は一度深呼吸をして額の汗を拭った。
志帆達も不安そうにしているが、ここで動かないとどうにもならない事はわかっていた。
一旦、間を置いてから自分は少し声を張り上げ。
「自分は、高虎殿の部下である、昌月と言う!どうか門を開けてくれないか!」
返事は無く、もう一度伝えるがやはり反応がない。仕方なく忠幸の案で開けようとしたその時。
ギィっと重苦しい音共に、門が開け放たれていき、目の前に広がる光景に呆気に取られてしまいそうになる。
そこにいたのは武装した兵士達がたくさんいたのである、皆鎧は傷だらけで身分の高い人がつけるであろう、大鎧の腕を守る大袖が片方ないものまでいる。
ここにいる人達が皆歴戦の近衛兵だと物語っている、彼等はこちらを値踏みする様に凝視している様に見えたが。
「お久しぶりですね!!、若様!実に何年振りでしょうか!」
一人の白髪混じりの老兵がこえを張り上げて興奮気味に言うと同時に。
「若様が帰ってこられた!」
「噂では足軽大将になられたとは…さすが若様ですな!」
「若様だ!」
あちらこちらから、歓声が上がりいつの間にやら取り囲まれてしまっていた。
「な、なんだこれは、一体どういう事だ!」
状況がまったく掴めない自分に先ほどの老人が目の前に現れる。
大鎧を着ているだけに侍大将クラスの大物である事に違いないと言うだけなんとなくわかる。
「わしの名は、根室頼継と申すものであります。昔若様の世話係を務めていた。近衛衆黒組の組長を務めております。」
「根室だって?」
名前を聞いて、様子を伺う様に忠幸はくりかえす。槍を持っているてに僅かな力が入っている事に自分は忠幸の一歩後ろに下がる。
「知っているのか?忠幸。」
「あぁ、有名すぎるほどにな。」
短く答えた後、忠幸は腰に下げた太刀に手を置きながら自分を守る様に一歩、また一歩と敵の射程範囲から逃れる様に後ろに下がっていく。
「近衛衆はそれぞれ各自の部隊があるその中で最も優れた侍大将には色が与えられるらしい。現在近衛衆には色持ちはほとんど引退か戦死していないと聞いていたが…生き残りがいたとは。」
驚愕する、忠幸に対して根室とかいうご老人はうさら笑みを浮かべながらこちらを見据えている。その目はこちらを試している様に感じてしまう。
「良い、家臣をお持ちの様ですな若様、しかしわし如き、死にかけの老兵に驚いている様では戦場では生き残れないぞ若いの。」
「何を言われますか、かつて武人の懐刀と言われたあなたが目の前にいるのです。臆さない兵士などいない。」
挑発に乗らず淡々と返す忠幸に老兵はにたりと笑顔を見せ盛大に笑い始める。
「はっーはっは!、まっこと面白い家臣を見つけましたな。これで近衛衆は安泰だ!」
どうやら忠幸の事は気に入ったらしく背中をバンバンと叩いている。
「気を付けて昌月。」
忠幸が絡まれている間にゆっくりと近づいてきた志帆が忠告してくる。
「彼普通に、名だけで無く、帝名を教えてたわ、気をつけた方がいいかもしれないわ。」
帝名、それは初代皇帝が作った、名の前につけるもの、古くは氏とも言われていた。初代帝と共に戦った忠臣達に授けたのが始まりで、帝を含め五大帝家と言われたが時間が経つにつれ沢山の分家が出来上がり、今では一般市民にも持てる様になった。
武家の間では、帝名を無闇やたらに名乗る事はなかった。本当に必要なことが起きたときに名乗る事を許されている。公の場で陛下が言うのは許されているが武門の人々が個人同士で、帝からもらったものである帝名を無闇やたら名乗る事はしない。
目の前にいた老兵はすぐに帝名と名を話してしまっている。状況的に考えれば若様と言われる自分に対してなのはわかるが、彼の発言に混乱してしまう。
帝名を名乗る条件は、忠誠を尽くす相手か、死ぬ覚悟の時だけだと、自分が認めた相手にだけと親父に教えられたが。
「(親父は、健在なハズなのにな、多分前者であることを祈りたいな。)」
とりあえず、この問題は置いておく事にする。考えても埒が開かないと思った。
「(それに……。)」
改めて老兵を見返してある事を思い出す。
昔、反乱が起きた時、大将軍達が動けない時変わりに軍の指揮権を預かり乱を鎮圧したことがある名将がいた事を親父から聞いた事がある。その為帝からの信任が厚く、侍大将の地位と新しく根室の名を授かったと聞いた。
根室氏とは数ある帝名の中で、優れたものしか授けられない事、しかも帝国始まって以来の快挙だとして帝国の武人なら聞いたことがない人がいないほどであったと聞くのだ。
そんな優秀な人が、自分の様な若造に帝名まで教えた事に対して、情報が整理できないでいた。彼は自分の事を認めてくれたのか?、それとも親父の後継者に対して礼儀としての事なのか?答えが出ずその場で固まってしまうのも仕方ない。
ちなみに志帆や、忠幸の帝名を知っているか言わると一応は知っているが、それを使うのは状況が悪い時にだけと決めている。
帝名自体、名乗ることの重大さ重みはあまりにも大きい、その為対外の場合は死んで葬式の時にしか使われないことが多い。その為誰が名門だったのかは死ぬまでわからないし、もし帝国の弟とかでも身分がわかるのが死んだ時にって事も昔はあったらしい。
個人を特定するには名前だけで充分だが、家柄までわからない事にも困る事はある。もし、おんなじ名前とかの場合、帝名さえわかれば区別がつけられるが、現状できない為目視で判断するしかなく、人物の判定に時間がかかってしまう。もちろん書類上ではわかるのたが、口頭で言えないと言うのがやりづらい。
結果、個人番号と名前をセットで呼ぶ事を義務づけているのだが。何年かに番号自体、一度無くしたやつが現れるらしくその度に大事とまではいかないが、手分けして捜索される事がある。
そんな、面倒な帝名をこの老人は名乗ってしまったのだ。名乗った以上、それは殺し合いか、忠節を誓うかどちらかの選択になる事が多い。おそらく今回は後者であるのだが、自分にとっては複雑な思いで受け止めなければならない。
彼等自身が本当に忠誠を尽くしているのか怪しいのだ。もしかしたら次代の後継者である自分を見定める為にも一応臣下の礼儀はとるが、自分が値するレベルになかったら、切り捨てられてしまうのではないかと思ってしまう。
それほどまでに近衛府は国のためなら自己の都合など無視して行う事をあるだろうとそう捉えてしまう。例えそれが先代の息子であれ例外ではないのであろうと思う。
「おや、難しい顔をされておられますな。大丈夫ですとも。あなたの事をどうこうしようとなど思っていませんので。それに噂は聞いておりますし、ワシはあなたの実力を知った上で根室の名を口にしたのですから。」
まるで自分の考えがわかっているのか、根室は自分の肩に手を優しく置き、穏やかに諭してくる。その笑顔は真っ直ぐでとても嘘を言っている様には見えないくらい清々しいがあった。
「そうですか…それなら。」
この一言で、自分は近衛府の中での疎外感から解放されたと思い、警戒を解いていく。忠幸や志帆も動きを合わせたのか、二人共刀にかけていた手をゆっくりと離していく。弓は一人でずっとあわあわしながら忠幸の後ろに怯えた子供の様に隠れていた。
「さて、顔見せも済んだ訳だし、このまま奥にいる大将の元に向かうと……。」
警戒心が解けた自分達を見た、根室が屋敷を奥を案内しようとした時にピタリと動きを止め、その場で跪く。周りにいた兵士達も一斉に跪き始める。
一瞬遅れて忠幸が弓の体を掴み一緒に跪かせる。いきなり体を触られた事にびっくりしたのか弓は顔を真っ赤にして抵抗していたが腕力がある忠幸に勝てるハズもなく、借りて来た猫の様に静かになって俯きながら従う姿に少し可哀想になるが仕方ない。
彼等の反応から誰が今そこにいるのはわかるが、自分も志帆と一緒に跪く。
「その必要はないぞ。根室、某が直々にここまで来たのだ。貴殿にそこまで面倒をかけるわけにはいかぬであろう。」
「ははっ!」
その芯の通った声に対して、根室は短くこたえるだけに止めた。
頭を下げていてもこちらに視線を向けられているのがわかる。既に興味はこちらの方に写っているのだろう。
「貴殿等が、話に聞いていた。捜索隊に加わる部隊という事だな。」
自分は、ゆっくりと顔を上げる。思えばこの数日の内に親父の顔を見るのは珍しい事でもあった。「軍人になりたい。」と言った時からだったか、それ以来親父とは会話すらしていなかった。
「そうです。この度この捜索に加わる事になりました。昌月隊の長を務める者です。」
実に、一対一で話す親子としての会話としてはあまりにも他人行儀である。普通の人から見たらおかしいと思うであろうが仕方ない。何せ、昨日の昇進祝いさえまともに話してないからだ。数十年ぶりの会話でもある。
あらためて、親父の姿を見る。根室殿が来ている鎧と同じ大鎧であるが、損傷はしておらず右肩のだけ青く染められていたがその透き通る様な美しさに一瞬目を奪われそうになる。腰には、鞘が赤く塗られた刀が右の腰に、そして左の腰にはずいぶん使いふるされたであろう、古い太刀に不思議と目が奪われててしまう。
「(おかしいなぁ、親父が二刀流使いなんて聞いたことが無い、もしかして予備の刀として備えているのか?、そもそも親父は元々左利きだ。だと言うのにどうして、どうしてあんなに…。)」
目が奪われてしまう。あんな古びた刀に何故自分が惹かれているのかわからなかった。唯、気になってしまうのだ。何か自分に訴えているようなそんな感じがしてならない。
「昌月。」
古ぼけた刀に目を奪われていた、自分を見かねたのか、抑揚の無いがそれでもどこか威厳のある声に、我に帰り、姿勢を正す。
「貴殿等には、何を探しているかまでは、高虎が伝えていなかったそうだな。」
「はい。」
「なら、今から仔細を説明する。貴殿等には他でも無い、国宝である大鎧を取り戻してほしい。」
「大鎧?ですか?」
自分は、親父の言葉を受け、かおを上げて聞き返してしまう。国宝の大鎧、歴史的文化財としての価値があるからここまでのことになるのがわかるが、主戦力である近衛衆まで動かし、親父自ら陣頭指揮をとるほどのことなのかと、つい思ってしまう。
「ふっ、聡い様だな。確かにこの程度の事は我々が関わる事ではない。一般の治安部隊に任せれば良いであろう。」
「(うっ、顔に出ていたか。)」
自分の情けなさに、唇を噛んでしまう。いざ対面すると親父との差をひしひしと感じてしまう。
そんな親父は、少し笑みを浮かべている様に見えたのは気のせいだろうか。
「だが、今回の件はそれでは収まらないのだ。奴等が盗んだのは、大鎧清流式「安愛」、かつて祖先たちが使った。着てしまえば戦を終わらせることができる。四大大鎧の内、一つだ。」
その言葉に、自分達は戦慄した。まるでおとぎ話でも聞いている様だった。祖先の鎧?、そんなもの大昔の鎧が今頃になって脅威になるなんて悪夢にも程がある。
「この場にいるものにははっきり言おう。この鎧の伝承では、名前が合っていないと言われる程の力が備わっているらしい。わかる情報はこのくらいしか無い。」
追い討ちをかける様に、親父は冷静に言葉を紡ぐ、だがその目には嘘偽りがない事は確かなのだが同時に自分達、ひいては近衛衆にも事態の深刻さが伝わる。
なぜなら、自分達はこれから得体の知れない鎧を取り戻さなければならない。それも鎧を着られないうちに、もし着られることがあるのならば何が起こるかわからない。それも対処しようがない。
今、こうして説明する時間すらもったいないほど追い込まれていることに、自分達はようやく気づくことになる。
「(高虎さんが焦っていた理由がようやくわかったけど……。)」
あれだけ焦っていたから、説明も出来なかったのだろうと自分で割り切ることした。仮にわかったとしても自分達のやる事はかわらんだろうとも。
「これで、某から言えることは無い。これよりお前達は、我が指揮下に入ってもらう異存は無いな。」
突き放す様に親父の鋭い目が自分達を睨む。これは自分達に覚悟があるのか?という問いとして自分は受け取り、志帆達を見る。
即席で選んだメンバーであったが誰も自分の視線から逸らすことはしなかった。結成して1日も経っていないと思うが、自分はこの三名を誇りに思うだろう。
「異存は無いです。」
語らずとも良いと思い短く答える。
その答えに満足したのか、親父は何も言わずに自分の顔をまじまじと見てから。
「そうか。」
短く、それでも今までの冷たい感じでは無く、一瞬だけ暖かさがあるそんな感じの声色だった事を自分は忘れないであろう。
「ならば、これより、街出て、怪しいものを捕まえて奴らの根城を探す!、気になる場所はすぐに知らせ部隊を派遣する。近衛以外の兵士とも連携をとり必ず鎧を取り戻す!」
「開門せよ!、此度は帝国始まって以来の危機的状況、これを逃せば近衛衆の恥としれ!」
号令を待っていたとばかりに門が開き。親父が先頭に立ち。
「いざ出陣!!」
檄を飛ばすと同時に近衛衆が踊りでる。自分達もあとに続く。
こうして自分達の初任務が始まる。
だが自分達はまだわかっていなかった、これが帝国としての最初で最後の任務であり、自分にとって親父との最後の任務になってしまった事を。
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