第32話 シャーロット攻略作戦会議(その1)

その夜、私は午前零時を待って、さっそく私の世界に居るルイーズと交信した。


「そう。シャーロットは『百の眼を持つ堕天使バヤン』と契約を……」


鏡の向こうのルイーズ(顔は私だが)が、考え込むようにそう呟いた。


「ええ。それでシャーロットは私がどこに居るか、そして五人の攻略ヒーローたちがどこに居るかを全て把握していたのよ。その上で、もっともいいタイミングで『ルイーズがシャーロットをイジメた状況』を作り出していた訳」


「そうなんだ。今から思えば、全てのタイミングが良すぎたものね。そして証人となる五人の主要男子たちも、都合のいい場所に居過ぎたわ」


「ただシャーロットもバヤンの全ての力を使える訳ではないわ。そこに付け込む隙があるはず」


「アル博士の話だと、普通の人間では千里眼は同時に二か所しか見る事ができないのよね?」


「そうだけど、シャーロットの場合は違うと思う。今までの事件から見ても、彼女はもっと多くの千里眼を同時に使えるはずよ」


「例えば?」


「まず私、つまりルイーズね、を監視するために一つ。五人の攻略ヒーローを監視するために五つ。プラス周囲に人がいないか俯瞰して見るために一つ。彼女は合計七つまでは、同時に千里眼能力を使う事が出来ると思う」


ルイーズは顎に手を当てて考え込んだ。


「バヤンの力をそこまで使えるなんて……彼女はいったい契約に何を差し出したのかしら」


悪魔との契約には必ず代償がいる。

普通は自分の魂なのだが、その程度ではこれほどバヤンの力は使えないのだろう。

アル博士は歴史上の有名な悪魔召喚士ですら、同時に八個までしかバヤンの力を使えなかったと言う。


「それは解らない。もっとも今その点は、そんなに重要とは思わないけど」


ルイーズが顔を上げた。


「シャーロットは私だけじゃなく、私の父やフローラル公国国王にも復讐すると言っているのよね」


「そうね」


「父は私より前に処刑されたけど、国王については私は解らないわ」


「それは私が知っている。ゲームの中で説明されていたからね。無事に国外に脱出した国王は、親戚であるドレスランド国王を頼って、そこで一生を終えているわ」


「つまりシャーロットの復讐は、今までの三十三回では完了していない、と言う事なのね」


「そうかもしれないわ。それにしてもそこまで根に持つ恨みって、いったいアナタたちは何をやったの?」


ルイーズは「心外」と言いたそうな顔で私を見た。


「知らないわよ。私自身はレイトン・ケンフォード学園で彼女をイジメた事が原因だと思っていたわ。それを恨みに思って、シャーロットは私に仕返ししているんだとばかり考えていた」


「でも最初の一回はともかく、後の32回はイジメ自体がシャーロットの計画だったんだよね。だったらそれが原因って言うのは本末転倒よ。何か他に理由があるはず」


「そう言われても、ピンと来ないなぁ。あえて言えばリッヒル国の歴史かな」


「リッヒル国の歴史?」


私は聞き返した。

その情報はゲーム上のマニュアルにも攻略サイトにも載っていない情報だ。


「そう。リッヒル国はもう百年近く、フローラル公国に土地を削られ続けているの。昔は半島部分だけじゃなく、その接触している大陸部分もリッヒル国の領土だったのよ。それをフローラル国が武力と経済力で圧力をかけ、少しずつ削り取っていったって事」


接触している大陸部分と言うと、あのクラーク男爵の領地を含めた一帯と言う事だろう。


「アコギな真似をするわね。でもそれだけじゃ国や民族としての恨みは残るだろうけど、個人的にここまで粘着する?」


「う~ん、でもリッヒル国が今ほど貧しくなったのは、フローラル公国のせいじゃないしなぁ。リッヒル国がコールデスランドに攻め込まれたせいだし」


「それはどういう話?」


「今から十年前、海を挟んだ海洋国のコールデスランドがリッヒル国に攻め込んで来たのよ。そこで軍事協約を結んでいたフローラル公国は支援のために軍を派遣して、リッヒル国を守った訳。だから感謝こそすれ、恨まれる筋合いはないわ」


「そっか、せめて彼女の恨みの原因でも知る事が出来ればと思ったんだけど」


「それでこれからどうするつもり?」


ルイーズが頭をくっつけんばかりに身を乗り出した。

鏡に頭をぶつけないかと心配になる。


「まだ具体的なプランはないかな……あの『バヤンの目』を何とかしないと」


「常に監視されているんじゃ、何をやってもシャーロットに解っちゃうもんね」


「そうなのよね……本当は五人の攻略ヒーローには真実を知って欲しいんだけど……彼らにもきっとバヤンの目が付けられているだろうし……」


ルイーズが呻いた。


「アーチーなんて形だけとは言え、私の婚約者なのにね。エドワードなんて従姉妹で幼馴染なのに……みんな私の敵の回りやがって……」


「でも、まずはそこから攻めるしかないか?」


「えっ?」


「アーチーはさて置き、エドワードから攻略してみようって話。それとバヤンの目による千里眼も24時間働いているって訳じゃないようだわ。『バヤンの視線は氷の針』って言うけど、その見られている感覚はいつもじゃないし」


「そりゃそうでしょうね。そんな常に魔法を発動していたら、術者の身体がもたないわ」


「だからその隙に何かを仕掛ければ……」


「解った。でも気を付けて、加奈。シャーロットはアナタが私じゃないって解っても、それでも殺そうとするんだから」


「解ってる。彼女自身もそう言っていたしね。私も地下牢に閉じ込められてネズミに喰い殺されるなんてゴメンだわ」


「あ、もう五分が経つ。それじゃあね、加奈」


「また何か解ったら連絡するわ」


そう言って鏡の中で渦を巻くように私の顔をしたルイーズの姿が消えた。

よし、まずはエドワードからだ。



翌日、私は一人で学園内を歩き回った。

私の作戦でベストな場所を探すためだ。

そして見つけたのは『空中バラ園の中央広場』だ。

ここはゲーム上で重要なイベント『五人の攻略ヒーローによるシャーロットのための騎士団』を結成する場所だ。

そしてシャーロットは、ゲームの重要な場面ではここに来ることが多い。

(ここに何か、シャーロットの秘密があるのでは?)

そういう考えもあったのだ。


このバラ園は崖の上に張り出したテラスとなっており、『空中バラ園』と呼ばれていた。

そこに2メートル近いバラの生垣で作られた巨大迷路となっている。

そしてその中央広場は都合がいい事に、テラス上の四つの見張り台からだけ見通せるようになっているのだ。


(ここなら、私でも勝ち目はある)


私は口元に笑いが浮かんでくるのを押さえられなかった。

こんな高揚感は初めてかもしれない。

さぁ、反撃作戦の開始だ!



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この続きは明日朝8時過ぎに公開予定です。

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