第31話 宣戦布告(その3)

私が学園に戻ったのは、二週間の休みが終わる二日前だった。

クラーク領まで出かけた上、王都に立ち寄ったため、実家で過ごしたのは二日間程度だ。


私は聖人感謝祭の間、寮に残っているクラスメートに「シャーロットはどこかに出かけたか?」と尋ねた。

どうやらシャーロットはレイトン・ケンフォード学園の周囲の街には出かけたが、城塞の外にまでは出ていないようだ。

と言う事はフローラル公国にもシャーロットは入っていない。


『バヤンの目』は町や国などの単位でしか見る事が出来ないと聞いた。

アル博士のお話が正しければ、シャーロットは私がレダに会った事も、王都でアル博士を尋ねた事も知らないはずだ。


(よし)


私は自分に気合を入れて、シャーロットの居る一般寮へ向かった。

シャーロットのいる部屋に向かう。

彼女の居室は六人部屋だ。

居室のドアは開いていた。

一般寮では昼間の間は居室のドアは開いておくのがルールだそうだ。

入口に立つと、私は儀礼上開いたままのドアを二回ノックした。

部屋にはシャーロットを含め、四人の女生徒がいる。


「シャーロットさん、ちょっといいかしら?」


この言い草、何となく悪役令嬢っぽいけど、まぁ今はいいだろう。


「な、なんでしょうか?」


シャーロットは脅えたような顔をと声でそう言った。


(って、コレも演技なんだろうなぁ。私が来る事は解っていたクセに)


そう、私は学園に入る前からうなじの辺りにチリチリとしたような感覚を覚えていたのだ。

まるで誰かに監視されているような。


「ちょっとお話したい事があるの? 出られない?」


「お話……ですか?」


シャーロットは戸惑っているようだ。

そうだろう。

今まではどちらかと言うと、私が彼女を避けていた。

トラブルを起こしたくないからだ。

それで彼女は私と二人きりになれ、かつ都合がいい場所に目撃者がいる状況で私に接近し、事件を起こしてきたのだ。

それが今日は私の方から接近している。


「ええ、二人だけで話したい事があるの。重大なお話なの」


『二人だけ』と言う所で、シャーロットの取り巻きの三人が同時に私を見た。

疑惑と警戒の目でだ。


「あの、お話でしたら、ここでなさっても……」


取り巻きの一人がそう口にした時、私は鋭く言葉を返した。


「『重大なお話』と言ったはずよ。これは国が関わる事なの。シャーロットさんのリッヒル国のね。アナタはそれを聞ける立場なの?」


取り巻きの一人が怯んだ。

さすが悪役令嬢の私。

その気になればかなりの威圧感を出せるのだろう。

もちろん本物のルイーズには及ばないだろうが。


三人の取り巻きが顔を見合わせる。

彼女たちは私がシャーロットに危害を加える事を恐れているのだろう。

つまり彼女たちは、シャーロットが『百の眼を持つ堕天使バヤン』と契約している事は知らないのだろう。


「解りました。参ります」


シャーロットは右拳を胸に当てて、決意を見せるように言い切った。


(お~お~、さすが主人公、カッコいいポーズだねぇ)


私は胸の中で嫌味の一つも言ってやる。



私とシャーロットは、時計台下のテラスに出た。

ここには滅多に人が来ないし、誰かが近づいてくればすぐに解る。


「あの……ルイーズ様、こんな所でお話って何でしょうか?」


「もう判っているんじゃないかしら?」


「なにを……ですか?」


「アナタが起こした事件についてよ。私を犯人に仕立てた自作自演のイジメ事件」


「あの……私、ルイーズ様が私をイジメたとか、そんな事は思っていませんから……」


「そうよね。正ヒロインたるアナタがそんな事を自分から言う訳ないわよね。周囲の人間がそう言うように仕向けるんだもの」


「そんな……私が誰かを仕向けるなんて……」


「その臭い演技、止めたらどう? それから二人で向き合っているんだから……」


私は右手に魔力を集めた。


「背後から盗み見てるな!」


周囲の砂や小石などと一緒に、風が巻き起こる。

そしてその風は私の背後で高さ3mほどの所を吹き抜ける。

「パシッ」という何かが当たる小さな音と共に、シャーロットが左目を押さえた。

無意識に目を庇うように顔を下に向ける。


「へぇ~、バヤンの目を使っていても、そんな風にダメージがあるんだ。それは意外だったわ」


「おまえ……」


シャーロットが手を放して顔を上げる。

左目が赤く充血していた。

目に何かが入った時みたいだ。

そしてその憎々し気に私を睨む表情は……とてもじゃないが恋愛乙女ゲームのヒロインとは思えない。


「『バヤンの視線は氷の針』だったかしら? でもあんなに間近まで来てちゃ、誰だって気づくわよ」


「ふん」


シャーロットは鼻を鳴らすと、右手で何かを呼び戻すような仕草をした。

そしてその手を握りしめる。


「まさか……私の力に気づくなんてね。三十三回の世界線の中で、こんな事は初めてだわ」


「やっと正直に話してくれる気になったのね。これで互いにスッキリするでしょう」


「フン、何をスッキリするのやら。私がスッキリするのは、オマエが殺される瞬間だけだよ」


「なんでアナタがそこまでルイーズを、ううん、私を恨むのか解らないわ」


そう、たかが前世で『学生時代にイジメられた』くらいで、これほどシツコク何度も復讐するのはおかし過ぎる。


「オマエだけじゃない。オマエの父であるベルナール公爵も、そしてフローラル公国国王も、みんな許す事はできない。私は、必ずオマエたち全員に屈辱と地獄を味わわせてやる。何度でもね」


「でもこれからはそんなにうまく行かないわよ、シャーロット。アナタの手品の種はバレているんだから」


「カカカ」


シャーロットは押し殺しつつも、不気味な笑い方をした。


「何がバレているって? 私が『百の眼を持つ堕天使バヤン』と契約しているとでも、クラスで吹聴するのか? それを誰が信じる。そんな事を言っても、もはや皆は『ルイーズがシャーロットを陥れようとしている』としか思わないだろう」


私は下唇を噛んだ。

確かにその通りだ。

私が「今までの事件は、シャーロットが悪魔と契約して得た千里眼の力で、私を陥れようとした自作自演だ」と言った所で、それを真に受ける人はいないだろう。

さらにシャーロットは続ける。


「既にオマエを破滅させるキーマンとなる五人の男子は私の手の中だ。今さらオマエが何を言おうと、彼らには『悪意の虚言』としか思われない。ルイーズ、オマエはもう破滅の運命から逃れられないのさ」


「そうかしら? でも破滅の時まで、まだ数年はあるはずだわ。そして今の段階で私はアナタがバヤンの力を使える事を知った。もうこれからは今までのようには行かないわよ」


するとシャーロットは少し考えるような顔をした。


「やはりオマエ……この世界の人間じゃないな? もしかして他の世界の人間なのか?」


私が答えに詰まると、シャーロットは納得したように言った。


「そうか。それでオマエはまるでこの先に起こる事を知っている様子だったのか。私はてっきりルイーズが前の世界線の経験から、起きそうな事態を予想しているのかと思ったが……」


「私が別の世界の人間だとして、どうだっていうの?」


「別に、どうしもしないさ。運命は変わらない」


シャーロットは暗い目で私を見つめた。


「ただ愚かな事をしたな。ルイーズなんかと入れ替わったがために、この世のものとは思えない苦痛を味わう事になる。そうだな、今度は地下牢あたりで生きたままネズミに齧られる、なんてのはどうだ」


シャーロットはニタリと不気味に笑う。

私はそれを聞いて背筋がゾクッとした。

もう、本当に、乙女ゲームの域を越え過ぎている。

CEROだかなんだかのレーティングに引っ掛かるんじゃないの?


「そうはさせない。私はこの物語をルイーズのハッピーエンドにしてみせる。そして私は自分の世界に帰るわ」


私とシャーロットの視線が正面からぶつかり合い、火花を散らしたように思った。

『この世界のシナリオ』を知識として知る私と、『百の眼を持つ堕天使バヤン』の力を持つシャーロット。

ここでついに正面から戦いの火ぶたが切り落とされたのだ。



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この続きは明日朝8時過ぎに公開予定です。

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