第30話 宣戦布告(その2)

「それで千里眼で見える範囲はどのくらいですか? また見えない場所とかはあるんですか?」


「千里眼で見る事が出来るのは距離ではないのです。悪魔が力を振るえる範囲、それはなぜか境界で区切られるのです」


「境界?」


私は言葉の意味が解らずに聞き返した。


「そうです。それも人間が決めた境界です。町なら町、国なら国、あるい一つの大陸、小さい場合は家の中だけとか」


なるほど、町や国なんて人間が勝手に決めたものだ。

だが悪魔はなぜかそれに縛られると言う訳なのね。


「不思議ですね。強大な力を持つ悪魔が、人間が決めた境界に縛られるなんて」


「それも一つの魔術なのでしょう。人間は自分の活動領域、そして他者を排除するラインを無意識の内に決めています。そこが一つの結界になるのです。多くの人が無意識に結界を張れば、悪魔の力がそこで縛られるのは、魔法論理学的には不思議ではありません」


「結界……だとすると、限られた場所内なら余計にその力は強いと言えるんですね」


「そういう事になりますね。ただあまりに強い千里眼で相手を見ると、相手はその視線に気づくといいます。昔から『バヤンの視線は氷の針』と言うくらいです」


『バヤンの視線は氷の針』か。

私が何度か感じたあのゾクッとするような視線は、シャーロットがバヤンの力を使って見ていたのかもしれない。

そしてこの話通りなら、シャーロットは学園内、もしくは自分が居る地域の町程度なら千里眼を使えるが、それを超える場所に居る相手を見通す事は出来ない、という事になる。


つまり先日の私とレダの会話は、シャーロットに知られる心配はないと言えるだろう。

レダが裏切ってなければ、の話だが。


「最後に……バヤンの力を使って、遠く離れた場所にいる相手の会話を盗み聞く事はできるんですか?」


それにはアル博士は首を左右にした。


「いいえ。遠くにいる人間の声を聞く事が出来るのは『百の耳を持つ悪魔ボロン』の能力です。ボロンは遠く離れた場所の音を聞く事が出来ると言います。もちろん人間の声もです」


「するとバヤンの力で人間同士の会話までは知る事はできない、と言う事ですね」


「そうですね。もちろんバヤンの力を使った人間が読唇術でも心得ていれば話は別ですが」


読唇術……もしシャーロットにその技術があるとしたら、会話には気を付けねばならない。

いや、ここは「ある」と考えて行動すべきだ。


「バヤンが見ている場所を、見つける事はできるんですか?」


アル博士は小さくうなずいた。


「バヤンの千里眼は、自分のウロコに目を付けて飛ばします。だから視線を感じたらその方向を注意深く見れば、ウロコを発見できるかもしれません。もっともウロコは小さいものらしいので、簡単には見つけられないかもしれませんが」


なるほど……だけど顔の近くを飛んで来たりすれば見つける事は出来そうだ。

後は私が視線をいかに感じ取れるかだろう。


「あと『バヤン取りつかれた人間』を見つける方法、または見分ける方法ってあるんでしょうか?」


するとアル博士は再び赤黒い革表紙の本をパラパラとめくった。

あるページで手を止めると、私に差し出した。


「これが『バヤンの焼き印』です。バヤンと契約した人間には、身体のどこかにこの印があるはずです」


そこには円周率の『π』と『↑』を重ねたようなマークがあった。


「これを解除する方法ってあるんですか?」


「契約時に使った呪具を『浄化の魔法陣』の中で破壊すれば解除できるでしょう。ただし契約者自身は解除できません。本人が解除しようとすると、契約時まで時を戻されてしまうらしいのです。しかもその時には必ず何か代償を支払わされます」


……契約時まで時を戻す……


もしそれが出来るのなら、何度でもルイーズを苦しめる事も出来るのではないか?

だがその時に支払う『代償』とは何なのだろう。

私が考え込んでいると、アル博士は静かに言った。


「今日、ここでアナタが得たバヤンに関する知識は、アナタの胸に仕舞っておいて下さいね。四大悪魔に関する知識は、本来公けにするものではないのです。今回は私の古い弟子と、孫であるリーからの頼みがあったからこそ、特別にお話する事にしたのです」


「解りました。今日は貴重なお話をどうもありがとうございました」


そう言ってアル博士に頭を下げた後、リー先生にも視線を向ける。


「リー先生、私の事で気を使って頂いて、本当にありがとうございます。おかげで助かりました」


するとリー先生はいつもの謎めいた笑いを浮かべる。


「いいんですよ。それよりもアナタはかなり特別な星の下に生まれてきたようですね。アナタが何か大きな事に向かおうとしている事だけは解ります。私はその行く末を見たい。だから今回の事も半分は私の好奇心なのです」


「この先、私に起きた事をお話できる時が来るかもしれません。その時まで楽しみにしていて下さい」


私もリー先生のマネをして、微妙な謎の笑みを浮かべてみた。

うまく出来た自信はないけど……。



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この続きは、明日朝8時過ぎに公開予定です。

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