第29話 宣戦布告(その1)
この『フローラル公国の黒薔薇』の世界。
その世界で悪役令嬢とされているルイーズ・レア・ベルナールを『悪役の立場』に追いやっていたのは、他ならぬ主人公であり、イジメを受けている被害者であるシャーロット・エバンス・テイラーだった。
その上シャーロットは、この世界で最も恐れられている四大悪魔の一人『百の眼を持つ堕天使バヤン』の力を使えるのだ。
彼女はどこに居ても、相手がどこに居ようと、全てを見通す事ができる。
彼女はその力を持って、私がどこに行くかを知り、さらには他の有力な力を持つ人間を証人に出来るタイミングを捕らえ、そこで自分が被害者となるような事件をワザと起こす。
「それじゃあルイーズが何をやっても、必ずシャーロットが被害を受けた形になるのは当然ね」
私は知らず知らずのうちに、自分でそう声に出していた。
「えっ?」
私の急な独り言に、アンヌマリーが不思議そうに振り返る。
「ううん、何でもないの。ただの独り言」
私は慌ててそう言った後に、別の話題にすり替えた。
「ところでさっきアナタも聞いていたけど、シャーロットには『百の眼を持つ堕天使バヤン』が憑りついているのよね」
「にわかには信じがたいですが……先ほどのレダ様のお話だと、そうなりますね」
「そんな四大悪魔の一人と戦う事になるなんて……いったいどうすればいいのかしら?」
アンヌマリーが難しい顔をして考える。
「いくら何でも、シャーロット様がバヤンの全ての力を使えるとは思えませんが……」
「どうして?」
「悪魔を呼び出すにも自分の生命力を最初に呼び水として使うからです。バヤンほどの強大な悪魔を、人間一人の力で全て操れるとは思えません」
「つまりシャーロットがバヤンの千里眼を使えるとしても、その力は限定されているって事?」
「そうなりますね。もっともどこまで力を使えるのかは分かりませんが」
「アンヌマリーは随分と魔法や悪魔に詳しいのね」
私がそう尋ねると、彼女は焦ったように両手を振った。
「いえいえ、とんでもありません。私のはただ伯母から聞いた話の受け売りでして」
「伯母さんは何をしている人なの?」
「王都で占い師をやっています。割とよく当たると評判がいいみたいです」
それを聞いて私は身を乗り出した。
「ねぇ、その伯母さんを私に紹介してくれない? バヤンについてもっと知りたいの」
「伯母をですか? それは構いませんが……伯母もただの占い師ですから、どこまで知っているのか」
「それでも構わないわ。じゃあさっそく王都に向かいましょう!」
「わかりました」
アンヌマリーは御者に「王都に向かうように」と告げた。
途中の町でアンヌマリーが伯母に手紙を早馬便で出してくれたお陰で、私たちが王都に到着した時には彼女は準備をして待っていてくれた。
「わざわざお出で下さったのに、私ではバヤンについて詳しい事をお話する事ができません。ですから私の師匠である魔術博士の方に連絡してありますので、その方の所に参りましょう」
アンヌマリーの伯母は、そう言って魔術博士の家へと案内してくれた。
王都の中でも高級貴族や超一流の商人が暮らす高級住宅地だ。
その中で少し離れた池の畔にある、かなり大きな石造りの屋敷に向かった。
呼び鈴の紐を引くと、中から助手と思われる若い女性が出て来て「お待ちしておりました。どうぞ中へ」と案内してくれる。
応接室とも魔法の実験室ともつかないような部屋に通されると……
そこには初老の老婆と、なんとリー先生が居た。
「リー先生?」
私が驚いて尋ねると、先生の方はいつものようにあまり変化しないビミョーな笑顔で迎えてくれた。
「やあ、お疲れ様。やっと来ましたね。待っていましたよ」
「先生はどうしてここに?」
「ここは私の祖母の家なのです。私は祖母の様子を見るついでに、ジャイアント・スパイダーの子供を借りに来たんですよ。ようやくジャイアント・スパイダーを操る魔法が完成したので」
そう言えばリー先生は以前に「空間と精神」について研究しているって話をしていたな。
その上で「蜘蛛には時空を超越して情報を受け渡す事が出来るのではないか」と考えて、蜘蛛を操る魔法を調べていた。
リー先生が私を見て、微妙の口の両端をつりあげた。
おそらく本人は微笑んだつもりなのだろう。
「今は聖人感謝祭でもありますしね。そうしたらアナタが来るらしいと聞いたので、待っていたんですよ」
そう言えば初老の老婆は、どことなくリー先生に雰囲気が似ている。
彼女も変化に乏しい笑いを浮かべた。
「ようこそ、いらっしゃい。ミス・ルイーズ。私が王都魔法技術研究所の第一魔法学博士、アル・イン・ハスウェルです」
「初めまして。ルイーズ・レア・ベルナールです。本日は突然の訪問で失礼いたしました」
「いえいえ、構いませんよ。ましてやリーの生徒さんとなれば。お座りなさい」
私は彼女に言われるがままに、円テーブルを挟んで正面のイスに腰かけた。
「それで、あなたが知りたいのは『百の眼を持つ堕天使バヤン』についてですね」
私は首を縦に振りながら答えた。
「はい。そのバヤンに憑りつかれた者は、バヤンの力をどこまで使えるのか、どんな能力が使えるのかを教えて頂きたいのです」
アル博士は上品に頷きながら口を開く。
「いくらバヤンが強力を力を持っていようと、人間がその全ての力を使える訳ではありません。また一部の力を使えるとしても、そこには何らかの制約があるでしょう」
アンヌマリーの言う通りと言う事か。
「バヤンは『百の眼を持つ』と言われていますが、実際には何か所を同時に、そしてどのくらいの距離が離れていても見る事ができるのですか?」
アル博士は少し考えるように首を傾げた。
「バヤン自身にはもしかすると制限はないのかもしれません。ただ人間がその能力を使う時は、かなり制限されています」
アル博士は手元にあった赤黒い革表紙の本を開いた。
「この本によると、歴史上の有名な悪魔召喚士、ラヘル・ゾマエーグがバヤンの力を使って、同時に8箇所を千里眼で見通す事が出来たそうです。ゾマエーグほどの悪魔召喚士でその程度ですから、普通の人間なら1~2箇所を千里眼で見通すくらいではないでしょうか」
普通の人間なら1~2か所……
だが今までの事から考えて、シャーロットの千里眼が2か所程度しか使えないという事は考えられない。
少なくとも、私と五人の攻略ヒーローの誰か、そして他に邪魔な人間が入って来ないか監視しなければならない。
だから三か所、実際にはプラス何か所かを同時に千里眼で見る事が出来るはずだ。
……やはりシャーロットは普通の人間ではない、と言う事か。
まぁ、主人公だしね。
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この続きは明日の朝8時過ぎに公開予定です。
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