第28話 フローラル公国の北の辺境・クラーク男爵領(後編)

レダの部屋に入ると、彼女は小さなテーブルのイスを引き出し「こちらにどうぞ」と言い、自分は反対側に腰を降ろした。

私も出されたイスに座る。

アンヌマリーは少し離れた所に立っている。


「それで、お話と言うのは?」


レダはアンヌマリーの方をチラチラと見ている。

アンヌマリーに話を聞かれたくない、居て欲しくない、という態度が明らかだ。


「大丈夫よ。アンヌマリーは全てを知っているんだから」


私がそう口にすると、「全てとは?」とレダが問い返す。


「アナタには判っているはずでしょ、レダ」


「な、なにを」


私はバッグの中から、彼女に「捨てるように頼まれた雪熊のぬいぐるみ」を取り出して、テーブルの上に置いた。


「お話と言うのはコレの事ですか?」


「そうね。そしてその中にはコレが入っていたわ」


私はそう言って、ぬいぐるみに入っていた人型をバッグから取り出し、ぬいぐるみの横に並べて置いた。


「レダ、アナタはコレを知っているわね?」


「わ、わたし、こんなの……知りません」


「そう? でもこのぬいぐるみの中から呪いの人型を取り出したのはリー先生だから。先生はこのぬいぐるみを見て、一目で怪しいと感じたらしいわ」


レダが目を見開く。


「リー先生が? なぜ?」


「リー先生には時々私の部屋で、魔法について教えて貰っているの。私のように二つの属性を持つ人間はいないから、リー先生は私を研究材料にしたいみたいね」


これは完全にハッタリだ。

だが実践魔法の教師であるリー先生の名前は、この状況ではかなりの効果があったようだ。


「・・・」


レダが眉根を寄せて下唇を噛む。


「なぜアナタはシャーロットに呪いの魔法を掛けようとしたの。そしてその罪を私に擦り付けようとしたの?」


「わ、私は……シャーロットさんに呪いを掛けようとなんて、していません」


「じゃあこの人型は何? これは誰かを呪殺するための道具でしょ」


レダがさらに苦しそうに表情を歪める。


「答えなさい! シャーロットを呪い殺し、その罪を私に着せようとした理由を!」


「わ、私は、シャーロットさんを殺そうとはしていません!」


レダは胸のつかえを吐き出すように、さっきと同じ言葉を叫んだ。

しばらくの沈黙の後、レダが諦めたように口を開く。


「その人型は呪いの人形に見せかけただけの、ただのハリボテです。実際には何の呪力も持っていません」


「じゃあそんなモノを、なぜぬいぐるみに隠して私に渡したの……」


「それは……」


「私に罪を着せようとしたのね」


レダはコクリと首を縦に振った。


「つまりはこういう事? アナタは何の効力もない偽の呪いの人形を私に掴ませ、それで私がシャーロットを呪っているように見せかけたと?」


レダは再びコクリと首を縦に振る。


「そんな手が込んでいる割りにはムダな真似を、なぜアナタはやったの?」


レダの顔が再び苦しそうに歪む。


「それは……言えません」


「なぜ?」


「言えば、私の家は滅ぼされてしまう……」


「アナタがこのままシラを切り通せば、クラーク家は滅びるわよ。私の父・ベルナール公爵に『クラーク男爵の娘のレダに、呪いの魔法の罪を着せられそうになった』って告げればね。幸いにしてリー先生がその証人になってくれるし」


レダは目を見開いて顔を上げた。


「それだけじゃない。このクラーク家の資金源も徹底的に調べるわ。ただの辺境地の男爵が、これだけの財産を持てるはずがない。きっと商品の横流しや、リッヒル国への援助金をネコババしているんでしょうね」


私はエルマから聞いた話を、さも以前から知っていたかのようにレダに告げる。

なんだか本当に身も心も悪役令嬢になったみたいだ。

あ、身は悪役令嬢だったか。


「そ、そんな……」


レダの見開いた目から、涙が零れ始めた。


「お許し下さい、ルイーズ様。私、もうルイーズ様の前に現れません。学園も辞めます。だから、だから……どうかご慈悲を……」


そんな風に言われると、なんだか可哀そうになってしまうが、真実を突き止めない訳にはいかない。


「ダメよ。アナタが真実を口にするまで、私はアナタを逃さない。さぁ、選びなさい! 全てを正直に告白するか、それとも領地も爵位も失い、一家全員で露頭に迷うか? どうするの!」


私はここぞとばかりに悪役令嬢の迫力を振るった。

レダは身体全体をガタガタと震わせたかと思うと、テーブルに突っ伏して叫んだ。


「助けて! 私は、殺される!」


一瞬、レダは私に殺される、という意味で叫んだのかと思った。

だが違った。

レダがその先を口走ったのだ。


「彼女には、彼女には全てがお見通しなの! 彼女は全てを見ているのよ! 最初から最後まで。千里眼を持つ彼女からは……絶対に逃げられないの!」


その言葉を聞いて、私の背筋から脳天まで電流のような何かが走った。


……彼女には全てお見通し……

……最初から最後まで。千里眼を持つ……


私がその印象を持っている相手は、たった一人しかいない。

私自身がそう思っていた相手……


シャーロット・エバンス・テイラーだ!


「仕組んだのは……シャーロット自身なのね」


ハッとしたようにレダが顔を上げる。


シャーロット自身が仕組んだ事なら、呪いの魔法がニセモノなのも理由が付く。

彼女は自分の仲間を使い、私つまりルイーズがシャーロットを呪い殺そうとしている、という話をデッチ上げたかったのだ。


レダが私に呪いの人形を渡し、他の仲間が「ルイーズの部屋のゴミを回収して見つけた」という演技で、証拠の人形を公表する。

今まで起きた事件を考えれば、これで『私がシャーロットを殺そうとした』と言うデマは真実にされてしまうだろう。


レダは観念したようにポツポツと話し出す。


「彼女は知っていました……ウチの家が以前から交易による商品を横流ししたり、また中央からリッヒル国に送られて来る援助金の一部を掠め取っている事を。そしてこれをフローラル公国中央にバラすと。そんな事が公けになったらどうなるかは、さっきルイーズ様がおっしゃった通りです」


「・・・」


今度は私が沈黙する番だった。

エルマの言っていた事は一部は事実だろうとは思っていたが、まさかここまで図星だったとは。

しかもそれをネタに脅迫していたのは、シャーロットの方が先だったとは。


「それだけじゃないんです。彼女は言っていました。『いつでも見ている』と。実際、彼女は私が誰にも言っていない秘密まで知っていました。まるで『千里眼の悪魔』です」


「『千里眼の悪魔』って、『百の眼を持つ堕天使バヤン』のこと?」


レダはまたもやコクンと首を縦にする。

私はそんな彼女の肩に優しく手を置いた。


「よく話してくれたわ。アナタも辛かったでしょうに。ありがとう。でも安心して。アナタに悪いようにはしない。学園も辞めなくていいから」


レダは驚いた様子で私を見上げた。

顔が涙でベトベトに濡れている。


「これからは私がアナタの力になるわ。休みが明けたら、また学園で会いましょう」


レダは、信じられないような、それでいて安心したような、そんな表情を浮かべた。


私は壁際に立っていたアンヌマリーに目を向ける。

全てを聞いていた彼女も、強い意志を感じさせながら、小さくうなずいた。


これまでの全てを裏で操っていたのは……この『フローラル公国の黒薔薇』の正ヒロインであるシャーロット。

相手がハッキリと解った以上、もう遠慮はいらない。

今度はこっちが反撃する番だ。



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この続きは、明日の朝8時過ぎに公開予定です。

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