第27話 フローラル公国の北の辺境・クラーク男爵領(前編)
翌朝、私はまだ暗い内に学園を出た。
念のため、前日の夜の内に寮監督であるレンヌ・アルイーゼさんとイルマ先生に部屋のチェックを頼んでおく。
理由は「残してある品の確認」だ。
レンヌさんは「泥棒対策かな」と思ったようだが、実際は逆だ。
私がいない間に『部屋に私が知らない物が置かれている事』を避けるためだった。
イルマ先生は公正な人だし、抜群の記憶力を持っているから、彼女が『確認した』というだけで相当な抑止力になる。
そこまでの準備をして、私は人目につかない内に出発したのだ。
途中の町で馬を交換しながら、急いでクラーク男爵領を目指す。
夜も出来るだけ馬車を走らせた。
普通に行くよりかなり早く到着できるはずだが、それでもクラーク領に到着したのは四日目の朝だった。
クラーク領は北の辺境地と言う事もあり大きな産業は無く、町もあまり栄えている感じではない。
そもそも『町』と言っても、村に毛が生えた程度のものだ。
少し離れた場所で町全体を見渡せる場所にクラーク邸はあった。
そこからなら海も、そして隣接しているリッヒル国もよく見える。
それにして……辺境の男爵とは思えないほど立派な屋敷だ。
少なくとも二階級は上の伯爵レベルの屋敷だ。
門は唐草模様の格子が使われた鉄製の扉で閉じられており、その前には門番さえいた。
その門番が大声を張り上げる。
「ここはクラーク男爵のお屋敷である。そちらの馬車の方、名前と要件を述べられよ!」
やけに居丈高な門番だな……
そう思っていたたら、私の馬車の御者はもっと居丈高に怒鳴りつけた。
「無礼であるぞ! この馬車に乗られている方をどなたと考える! フローラル公国の君主たるフローラル国王に繋がるお方、ベルナール公爵のご令嬢、ルイーズ・レア・ベルナール様であるぞ!」
御者の物言いに門番は驚いたのだろう。
「主に申し伝えます。申し訳ありませんが、ここでしばらくお待ちを」
と言い、駆けていく足音が聞こえた。
「御者さんの偉そうな態度も、役に立つ事があるんだね」
私がクスクス笑いながらそう言うと、アンヌマリーは不満そうに答えた。
「でも今のは向こうの門番が失礼だと思います。馬車を見れば中に乗っているのが高貴な方だとすぐに解ったはずです。それをあんな言い方をするなんて……自分の主人の爵位を解ってないんじゃないでしょうか」
そ、そういうものなのかしら……
私はアンヌマリーの答えが予想外だった。
もっとも主人に仕える者としては、主人を侮辱される事は自分が侮辱されたに等しい事なのかもしれない。
その時、門が開く音がした。
「どうぞお通り下さい」
門番の声に対し、御者は返事を返さずに馬車を進める。
馬車が屋敷の前に到着した。
そこでは既にクラーク男爵とその夫人が立っている。
私が馬車を降りようとすると、クラーク男爵が揉み手をしながら近づいて来る。
「これはこれは。遠い所をようこそおいで下さいました。ルイーズ様」
「突然の訪問で失礼いたします。クラーク男爵」
「それで、ルイーズ様はこんな僻地まで何の御用でいらしたのでしょうか?」
クラーク男爵は私の様子を伺うように見た。
これは……なにか探られたくない事があるな。
「いえ、ケンフォード学園の事で少し、レダさんとお話したい事がありまして……それでこうして参った次第です」
それを聞いたクラーク男爵はホッとしたような顔をする。
「そうでしたか。娘は今、町の教会に出かけております。でももう帰って来る頃ですから、どうぞ中でお待ちください」
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えさせて頂きます」
私はそう答えるとアンヌマリーと一緒に、クラーク男爵の屋敷に入って行った。
三十分もしない内にレダは帰ってきた。
だが私の姿を見つけた瞬間、彼女は氷魔法でも掛けられたかのように全身を硬直させた。
「レダ。ご学友のルイーズ様が、学園の事でお話があると言って、わざわざ訪ねて来て下さったよ」
クラーク男爵は若干嬉しそうだ。
まぁ娘に高い学費を出してまでレイトン・ケンフォード学園に入学させたのは、中央や他国の上流階級と近づくためだから当然なのだが。
レダの様子が落ち着かない。
「あ、あの、私、今日はなんだか具合が悪くって……」
「そうですか?」
私はゆっくりとお茶を口に運んだ。
「だったら私も、レダさんの具合が良くなるまで、こちらにお邪魔してもよろしいでしょうか?」
そう言ってクラーク男爵に愛想のいい笑いを向ける。
「きっと父も喜びますわ」
それを聞いたクラーク男爵は破顔した。
「それはもう、いくらでも好きなだけお泊りになって下さい。幸い、我が家は男爵家とはいえ、屋敷だけはそれなりの広さがございますので」
彼の態度は「私の父であるベルナール公爵に恩を売れるチャンス」と言うのが見え見えだ。
反対にレダの顔色は青ざめていく。
「せっかく何日もかけて、ここまで来たんですもの。レダさんとお話も出来ないまま返されるんじゃ、あんまりですわ」
フッフッフ、私も悪役令嬢ぶりが板についてきたなぁ。
「そうだよ、レダ。ルイーズ様がせっかくこうしていらして下さったんだ。いきなり具合が悪いだなんて失礼だろ」
クラーク男爵はそう言って娘を諫めた後、すぐに私に愛想笑いを送る。
「それで是非とも、ルイーズ様はこちらにごゆるりと滞在なさって下さい。なんでしたら我が家で聖人感謝祭を過ごされてはいかがでしょう?この地方特産の料理をご用意させますので」
そんな父親の様子を見て、レダも諦めたのだろう。
「ルイーズ様、お話でしたら、私の部屋の方でお聞きしたいのですが……よろしいでしょうか?」
そう言って階段の手すりに手をかけた。
まるで倒れそうになるのを、辛うじて手すりで支えている、と言った感じだ。
「ええ、それがいいでしょうね。アンヌマリー、あなたの一緒に」
私は有無を言わせず、アンヌマリーを同席させる事をレダに示した。
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この続きは明日の朝8時過ぎに公開予定です。
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