第14話 私が使える魔法は?(前編)

その日は一時間目から、魔法学の校舎前の広場にクラス全員が集められた。

広場とは言ったがかなりの広さがある。ちょっとした牧場くらいの広さだ。

そしてその向こうには黒々と生い茂った森が見える。


「今日は皆さんに、実際に魔法を使ってもらいます」


そう言ったのは、薄紫と白のチェックが入った派手なコートに、やはり薄紫の魔術師ハットを被った、中性的な風貌の痩せた男性だ。

彼は実戦魔法の講師、リー・リー・ハスウェル先生。

普通は単に「リー先生」と呼んでいる。


「魔法は理論が重要ですが、実際に使える事も大切です。なぜなら『魔法を使えるか、使えないか』が『貴族と一般人を分ける目安』とも言えるからです。その理由は何故か解りますか?」


一人の生徒がサッと手を上げた。

エールランドの公爵家の長男である、アーチー・クラーク・ハートマンだ。

そして彼はこの『フローラル公国の黒薔薇』の第一ヒーローでもある。


「魔法は戦争の際に必要な武力となるためです。優秀な魔術師を揃えている国は、それだけで強力な抑止力となります。よって現在『貴族』と呼ばれる家系の多くは、先祖が建国時や戦争で武勲を上げた魔術師であったと言われています」


流石は将来、魔法騎士としても名高いアーチーだ。

スラスラと答えた。

リー先生は満足そう頷いた。


「その通りです。勿論、魔法は人々の暮らしを豊かにし、経済の発展にも役立っています。しかしそれ以上に武力としての側面も重要です。彼がいま述べたように、貴族のほとんどが強力な魔法使いです。中には貴族でも魔法を使えない人もいますし、一般人でも魔法が使える人もいます。しかし何代にも渡って魔法が使えない貴族はその地位をはく奪される恐れがありますし、強力な魔法を使える一般人がその席に着く事もありえます」


みんなが真剣な顔つきで頷いた。

だからこそ、その魔術を体系的に指導し、教育してくれるレイトン・ケンフォード学園に、王侯貴族は子弟を入学させるのだろう。


「そんな訳で皆さん、今日は実際に魔法を使ってもらいます。一人ずつ、このストーンサークルの中に入って魔法を使って見せて下さい。このストーンサークルは強力な結界の場にもなっているので、外に影響を与える心配はありません。よって今日は各自が、好きな魔法を使ってくれてけっこうです」


周囲から「ワー!」と言う歓声が沸いた。

自由に魔法を使える機会なんて、滅多に無い。


「では一番のスチュアート。ストーンサークルの中に入りなさい。それ以外の生徒はストーンサークルから少し離れるように」


リー先生はそう言って、直系10メートルほどの石で囲まれた円の中を指さした。


言われた通り、私はストーンサークルからやはり10メートルほど離れる。

と、急に足を取られた。

そのまま尻もちをついて仰向けにひっくり返る。


「イタッ!」


「大丈夫ですか、ルイーズ様」


エルマがそう言って私を起こそうとする。


「何かに足を取られて……」


だがちょっと見た所、足を取られるような物は何もない。


サーラがじっくりと私の足を見る。


「わかった。コレ、ジャイアント・スパイダーの子供の巣ですよ」


「ジャイアント・スパイダー?」


私が聞き返すと、エルマが「本当だ」と言った後に説明をした。


「ジャイアント・スパイダーは蜘蛛の魔物です。大きくなると人間どころから牛だって捕まえて食べてしまうんです」


「そんな危険な魔物がいるの?」


私が驚いて聞くと、エルマもサーラもアリスも当然のように頷く。


「もちろんいるでしょうね。割りとメジャーな魔物ですから。それにここはレイトン・ケンフォード学園の魔法学校舎の敷地ですし」


「ジャイアント・スパイダーの糸は物凄く強靭なんです。だから騎士や冒険者の衣服にも使われたりします。こんな子供の巣でも足を引っかければ簡単に転ぶでしょうね」


私は自分の足に絡んでいる蜘蛛の糸を見た。

普通の蜘蛛の糸と変わらなく見えるが、引っ張ってみるとちょっとした釣り糸くらいの強さがある。


「本当だ。こんな小さな蜘蛛が、こんな強い糸を出せるなんて」


最後にエルマが物知り顔で言う。


「もっとも都市近郊では、人間を襲えるほど大きくなる前に、ほとんどが駆除されているんですけどね。地方にいるとバケモノ級がいるそうですが」


「そこ、何をしているのですか?」


リー先生から注意された。

私は立ち上がると、三人でさらに後方に下がる。


その後、一人ずつそのストーンサークルの中に入って、それぞれの得意な魔法を披露する。

その一人一人にリー先生は様々なアドバイスや、指示を出した。


ちなみにアーチーは騎士らしく、剣に炎を纏わらせる魔法だ。

しかしその炎は三十秒程度しかもたなかった。魔力の消費が激しいようだ。


ガブリエルは周囲の草から、一体の人型を作り出して動き回らせていた。

言ってみれば草のゴーレムか?

強そうには見えないが。


ハリーは手のひらから光るロープのような物を出して、それを周囲の物体に絡みつかせて見せた。

船乗りとしてはこの『光のロープ』の魔法は、イザと言う時にかなり役に立つらしい。

ただ今のところ、ロープを出せるのは2メートルが限界らしい。


なおエルマとアリスはそれほど魔法は得意ではないらしい。

エルマはコップ一杯ほどの水を空中で操る程度、アリスは足元から砂を撒き散らす程度だ。


(アリスのあの魔法、日本なら『砂かけババア』だな)


私はそう思うとおかしくなった。

とは言え、私も他人を笑ってはいられない。

ルイーズも魔法は得意ではないからだ。

そして私に至っては、魔法のマの字も知らない。


「次はルイーズ・レア・ベルナール」


リー先生にそう名前を呼ばれ、私はストーンサークルの中に入った。

外から見ただけでは解らないが、このストーンサークルの中に入ると、何か目に見えない力で圧迫されているような気がする。

これが結界なのだろうか?


「ミス・ルイーズは、何の魔法を行うのですか?」


リー先生にそう尋ねられて、私は慌てて答えた。


「は、はい。私は風属性と相性がいいらしいので、風の魔法を行います」


そう言うと私は両手を伸ばし、そこに念を込めた。

両手のひらに熱を感じると、それが段々と強くなり、やがて空気が渦を巻き始める。

私の手のひらの前にちょっとしたつむじ風が出来た。

が、所詮はそこまでだ。

別に竜巻を起こせるとか、そんな凄い物ではない。

風の勢いも『強めの扇風機』と言った所か?


「ミス・ルイーズ。その風をもっと大きく回せませんか? 風の強さは小さくて良いですから」


リー先生にそう言われて、私は回転する風の直径を大きくした。

ストーンサークルの直径の半分ほどの大きさまで膨らませる。

だがそこが私の制御できる限界だった。

それ以上大きくすると、風の回転が崩れてしまいそうだ。

制御するために、風の強さを弱くゆっくり目にする。


「そこに熱を加えてみてください。周囲とは違った温度の風を作るように」


再びリー先生が指示を出した。

私は自分が作る風の回転に、温度を込めるように念じる。

すると周囲とは違った暖かい空気の渦が感じられた。

そしてその温度差のためか、回転する空気の向こう側が少しボヤけて見える。

陽炎と同じ原理だろう。


そう思った瞬間、空気の回転が乱れたかと思うと、あっと言う間に消えてしまった。

私が「どうしようか、もう一般やり直すべきか?」と迷ってリー先生の顔を見ると、彼はごく小さな笑顔で私に言った。


「お疲れ様。もうけっこうですよ。もう少し練習すれば、陽炎や蜃気楼が作れるかもしれませんね」


「は、はい」


「それとロマーニ先生に聞いたのですが、あなたは二つの属性を持っているそうじゃないですか。それを使ってみない手はないですよ」


どうやら先生は私を褒めてくれたようだ。

その中性的な顔は相変わらず無表情だが、わずかに緩んでいるように思えた。

私はホッとしてストーンサークルを出る。


何となく、先生のアドバイスが他の人より期待されていたような気がする。

私は妙に嬉しくなっていた。

学校の先生に褒められるなんて、いつ以来だろうか?

魔法を使うのって、楽しいんだな。

なんだか好きになりそう。


エルマ・アリス・サーラの三人も口々に「凄いですわ」「さすがです」「やっぱり名門貴族ですね」と褒めてくれる。

もっとも彼女たちの場合は私のご機嫌取りのおべっかだろうけど。



*********************************************

この続きは、明日の朝8時過ぎに公開予定です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る