第13話 初めての魔法の授業
「ルイーズ様、次は魔法体系学の授業ですわね。早く行かないと間に合わないですわ」
歴史学の授業が終わって、エルマ・アリス・サーラのいつもの三人がそう言って私を促した。
一般科目の校舎と、魔法関係の校舎は別なのだ。
その間はけっこう離れていて、幅百メートルほどの崖がある。
よって二つの校舎間を移動するのは大変だ。
崖は幸いにして石造りの頑丈な回廊があるのだが、みんなここを競歩のように急ぎ足で渡っていく。
「まったく、どうしてこんなに離れた所に魔法関係の校舎を建てたのかしら」
私は不満を口にすると、それにエルマが答えた。
「なんでも魔法で失敗した時の影響が出来ないようにするためらしいですよ。魔法で悪魔や魔物を呼び出してしまう事もあるし、突風や嵐の魔法なんて、かなり危険ですものね」
それにサーラが続く。
「それと魔法学の校舎がある山全体に、封印処理が施されているそうですよ。そこから魔物たちが逃げ出さないように」
アリスが頷く。
「寮にまで魔物が現れたら大変ですものね」
回廊を渡って魔法学の校舎にたどり着いた時、再びエルマが口を開いた。
「そう言えば今日の魔法体系学の予習、やってきました?」
「ええやったわ。『魔法の根源となる基本要素を調べる』でしょ。私は精霊魔法と精神魔法について調べたわ」
精霊魔法はこの世の五大元素「地」「水」「火」「風」「空」の精霊に働きかける魔法だ。
最も一般的な魔法と言える。
精神魔法は、全ての動植物が持っている「魂」つまり精神を根源とする魔法だ。
「私は神霊術と言霊による魔法を調べて来ました」
そう言ったのはサーラだ。
さすがは聖ロックヒル正教の大僧正の娘。
難しい神霊術と言霊による魔法を調べて来たらしい。
アリスは「私も精霊魔法についてです」と答えた。
それを聞いたエルマが、少し残念そうな様子で言った。
「やっぱり、そんな所ですよね。精霊魔法、精神魔法、神霊術、言霊。それ以外と言うと魔……」
「エルマさん、それは言っちゃダメですよ」
サーラが鋭く制止した。
彼女にしては珍しい物言いだ。
私はそれが気になった。
「え、なに? 何を言っちゃダメなの?」
サーラが周囲を伺うように視線を走らせる。
まるで何かを気にしているかのようだ。
だがエルマはサーラの制止を気にしていなかった。
「別にそこまで気にする事でもないでしょう。教科書にも体系の一つとして名前が載っているんだから」
「それはそうですけど……」
そんな二人の会話を聞いて、私はピンと来た。
「もしかして『悪魔による魔法』の事?」
サーラは「耳にするもの嫌だ」と言った顔付きで小さくうなずいた。
おそらく『大僧正の娘』と言う立場上、悪魔に関する事には神経質になっているのだろう。
「『悪魔による魔法』って、そんなに恐ろしいものなの? ちょっと興味あるんだけど」
私がそう尋ねると、サーラだけではなく、エルマもアリスもビックリしたような顔をした。
そんな彼女たちの反応に、今度は私が驚く。
「え、え、私、そんなに変な事を言った?」
サーラとアリスが顔を見合わせる。
エルマは「どうしようか」と言った顔をして、やっとその理由を話し始めた。
「ルイーズ様、そんな事を言うと『悪魔による魔法』を使おうとしていると思われちゃいますよ。言葉には気を付けないと」
「そ、そんなに悪い事なの?」
「そうですよ。私はサーラほど極端に恐れてはいませんが、それでも『悪魔による魔法』は邪悪でタチが悪いものだと言う事は解っています」
「でも教科書に載っているんでしょ?」
「教科書に載っているのは、分類として『悪魔による魔法』が出て来るだけですよ。実際にその方法や魔法の種類や効果までは書かれていません」
エルマの説明にアリスが続けた。
「それに悪魔による魔法は、影響が大きすぎるんです。場合によっては国が滅んだとか、文明そのものが消えたとか」
「そんなに凄い力を持っているの?」
「もちろん使った術者にもよりますが……それにしてもあり得ない程の力を発揮するらしいです」
「でもそれだけの力がある魔法なら、隠れて使う人も多いんじゃない?」
「『悪魔による魔法』はその代償も大きいんです。術者の魂そのものが奪われる事も多いし、場合によっては術者の一番大切な人や物を差し出さねばならないとか」
「そうなんだ。でも魔法の種類や効果が解らないんじゃ、命を賭けてまで『悪魔による魔法』を使う事は出来ないわね」
するとそれまで黙っていたサーラが口を開いた。
「厳密な効果は解らないんですけど、名のある悪魔なら予想できるかもしれません」
「名のある悪魔? それは何?」
「世界と人間の闇を支配するという四大悪魔です。『百の眼を持つ堕天使バヤン』『百の耳を持つ悪魔ボロン』『百の声を放つ魔神ゲール』『百の鼻を持つ怪物ンギド』。この悪魔による魔法がどんな効果を発揮するのかは解りませんが、その名から想像するくらいなら出来ます。そして四大悪魔は、どれも血と争いを好む悪魔ですから」
なるほどね。そう言えばゲーム中でも四大悪魔の話は、ちょっとだけ出てきたな。
悪魔の名前までは、私がやったルートには無かったけど。
アリスがまるで秘密を打ち明けるかのように小声で言った。
「聞いた話なんですけど……去年の三年生は『悪魔による魔法』を使ってクラスメートを呪殺しようとしたんですって」
サーラが目を見開く。
「なんて恐ろしい事を……呪いによる殺人は、成功しなくても火炙りの刑ですよ!」
「そうなんです。その生徒の親は相当な力を持っていたため火炙りは免れたそうですが。それでも一家は爵位と領地を取り上げられ、今は家族全員が行方知れずとか」
そこまで話した所で、教室が見えてきた。
「もうこの話はやめましょう。先生に聞かれたらペナルティを付けられるかもしれないし」
エルマのこの言葉で、私達の悪魔談義は終わった。
「え~、知っての通り、魔法と言うのは呪文を唱えれば何でも出来る、そんな都合のいい物ではありません」
(いや、私は知らないけど……)
そう心の内で先生にツッコミを入れる。
この魔法体系学は赤い髪に丸いメガネを掛けた、中年の痩せた感じの女性教師だ。
名前はイルマ・ロマーニと言う。
「まずどんな魔法でも、最初は自分自身の生命エネルギーを使わざるを得ません。生命エネルギーを使った『精神魔法』により精霊や神の使いに呼びかけ、『精霊魔法』や『神霊術』などを使うのです」
ロマーニ先生が魔法の基本的構造を説明していく。
つまり『精神魔法』が全ての入口と言う事だろう。
その上位に『精霊魔法』や『神霊術』があると考えればいいのか?
「よって自分自身の生命力が重要になります。生命力が少ないのに、巨大な精霊や神を呼び出そうとすれば、それだけ自分の命を危険に晒す事になるのです」
さっきエルマ達が言っていた話とも辻褄が合う。
悪魔を呼び出すには、膨大な生命力が必要なのだろう。
さらにロマーニ先生の説明は続く。
「それと自分の生命力と相性がいい属性があります。基本的に人間の生命力は五大元素のいずれかに属します。今日は皆さんに自分と相性のいい属性を調べて貰います」
そう言って先生は「前の列から、右手の棚にある水晶玉を取りなさい」と指示した。
言われた通りに生徒たちが野球のボールほどの水晶玉を取って自席に戻る。
「それでは私の言う順に、水晶玉にイメージを送り込んで下さい。まずは『地』」
私は先生に言われる通り、『地』のイメージを水晶玉に送り込んでみた。
だが何も起こらない。
周囲には何人かが「土の中から変な獣が出てきた」とか「茶色い背の低い男が見えた」などと言っている人がいる。
アリスもその一人だ。
「次は『水』!」
やはり何人かが声を上げる。
エルマは『水』の属性らしい。
水の属性はウンディーネか。
ちょっと羨ましい。
同じようにして『火』が呼ばれる。
ここでも何人かが声を上げた。
第一ヒーローのアーチーは『火』だ。
「それでは『風』!」
ロマーニ先生がそう呼びかけ、私は『風』のイメージを水晶玉に送り込んだ。
すると水晶玉の中に小さなつむじ風が巻き起こり、その中から白い絹衣を纏った可愛らしい女性が現れる。
風の妖精・シルフィだ。
そう言えば、ゲームの中でルイーズは風の魔法を使った事があったっけ。
「最後は『空』!」
ロマーニ先生がそう言ったので、私は『空』のイメージを水晶玉に送り込もうと……
……って、『空』のイメージって何だ? まさからお空の『空』ではないだろう。
だがその時、水晶玉に黒い渦巻が見えた。
その中にはいくつかの光輝く点が見える。
これってもしかして……宇宙?
いや、宇宙とはちょっと違うような?
いつの間にかロマーニ先生が私の前に来ていた。
私の水晶玉を見つめている。
その後でロマーニ先生は顔を上げると、今度は私の顔をまじまじと見た。
「ミス・ルイーズ。あなたはさっき、『風の妖精・シルフィ』を水晶玉の中に見ましたよね?」
「は、はい」
気圧されたように私は答える。
でも何かマズイ事をしたのだろうか?
ロマーニ先生は首を傾げた。
「おかしな事もあるものだわ。一人に人間に二つの属性が現れるなんて……。でもこれは間違いなく『空』、エーテルの存在を示している」
先生は考え込むように、そう口にした。
そうしてロマーニ先生は再び私を見つめた。
「ミス・ルイーズ、あなたは『風』と『空』の二つの属性を持つ人間のようね。こんな事は三十年間で一度も見た事がなかった」
そう言われても、私にはこれが何を意味するのか解らない。
とりあえず一つより二つの方が、何か得がありそうだ。
そんな程度に私は考えていた。
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この続きは、明日の朝8時過ぎに公開予定です。
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