第12話 初めてルイーズを呼び出す
「はぁ~」
部屋に戻って来てから、もう何度目のタメ息をついただろう。
「とてもお疲れの様子ですが、大丈夫なのでしょうか?」
メイドのアンヌマリーがベッドを整える手を止めて、心配そうに尋ねる。
「え、ええ、大丈夫よ。ただちょっと色々と考えたい事があって……」
私はぎこちない笑いを浮かべながら、そう答えた。
それを見たアンヌマリーは、より心配そうな表情を浮かべる。
「あの……差し出がましいようですが……お嬢様は何にお悩みなのでしょうか?」
「えっ?」
振り返った私に、アンヌマリーは躊躇うような感じで口を開いた。
「私にはお嬢様が何かトラブルを抱えていらっしゃって、それで悩んでいるように感じられるんです。以前のお嬢様には全く見られなかった事です。お嬢様はいつも自信に満ち溢れていて、何かに悩むような事など一切なかったと思うので」
さすがはアンヌマリー、よく見ているな。
「アンヌ」
「は、はい。申し訳ございません。余計な事でした」
「ううん、違うの。心配してくれてありがとう。他に何か、私が変わった所ってある?」
「え、はぁ、実は……かなり以前とは変わられたと言うか……その、時々別人のように思える時があります」
「それはどんな時に?」
「以前は私達メイドを気遣うような事は言われなかったような……それに今のお嬢様は、誰に対しても優しくて気配りされているのかなと思ってます。でもそれが逆にお嬢様らしくないような……」
「そう、そうね」
私はタメ息混じりにそう言った。
そりゃ、私と本物のルイーズとじゃ正反対の性格だ。
どう取り繕った所で、私は彼女のようには振る舞えないだろう。
「私もいつまでも、ワガママ姫のままじゃあいられない、そう思ったのよ。それで少しずつ態度も変えていこうかなって」
「そうでしたか。でもそれは、とてもいい事だと思います。ルイーズ様」
彼女はそう言ってベッドメイキングを再開した。
「それでは、本日はこれで失礼いたします。何かありましたら、メイド室に居ますので、いつでもお声を掛けて下さい」
アンンマリーは最後にサイドテーブルに水差しとグラスを用意する。
「ありがとう。お休みなさい、アンヌマリー」
「お休みなさいませ、お嬢様」
彼女はそう言って丁寧に頭を下げると、自分のメイド室に戻って行った。
「ふぅ~」
ベッドの上に寝転がって考える。
(今日もまた、シャーロットの恨みを買う結果になったのよね)
私は天井に装飾された幾何学模様を見詰めながら、今日一日の事を思い返してみた。
しかも運悪く、第三のヒーローであるハリーにも悪印象を植え付けてしまって……。
(考えてみると、私もとことん運が悪いな)
最初に馬車の一件で、第一ヒーローのアーチーに。
二回目は歓迎会の席で、第二ヒーローのガブリエルに。
三回目は今日のパーティで、第三ヒーローのハリーに。
まだ入学して一週間足らずなのに、もう三つも破滅フラグを立てている。
ゲームでもここまで順調?には行かないくらいだ。
(しかも今回の『故郷の名物料理パーティ』は、私が考えたもので、ゲームにはないイベントなのにね)
やればやるほど、動けば動くほど泥沼にはまっていく……そんな気分だ。
(そう言えば最初にルイーズも『何をやってもシャーロットをイジメた結果になってしまう』って言っていたわね)
それで思い出した。
私は現世にいるルイーズと話が出来るはずなのだ。
午前零時に鏡に呼びかければ、ルイーズと五分だけ離せると言っていた。
時計を見る。
あと一時間ほどで午前零時になる。
私は部屋のドアに鍵を掛けた。
不意にアンヌマリーに入って来られては困るからだ。
その後は何となく落ち着かない気持ちになって、悶々とベッドの上で過ごす。
午前零時になると同時に、私はドレッサーの鏡に向かって話しかけた。
「ルイーズ、ルイーズ、聞こえる? 聞こえたら返事をして。私よ、三城加奈よ!」
すると鏡に映っていたルイーズの姿がグニャリと歪み、私の本来の顔が映し出された。
背景に映っているのも、この豪華な部屋ではなく、私のアパートの部屋だ。
「んん~、なに? なんか用?」
眠そうな顔で現世の私=今はルイーズ、がそう尋ねた。
「『なんか用』じゃないでしょ! 私はアナタのために一生懸命に破滅ルート回避しようとしているのに……その他人事みたいな態度こそ何よ!」
思わず腹が立って、荒い言葉をぶつける。
「あ~、ゴメンごめん。仕事が忙しくって、帰ってきたのが遅かったんだよね。それでちょうど布団に入った所だったから。加奈の世界も中々大変なんだね」
な、なんかちょっと合わない間に、ずいぶんと俗っぽい話し方になっているんだけど?
ルイーズ、あなたは公爵令嬢なんでしょ。
それでいいの?
「随分と私の世界に馴染んでいるみたいじゃないの」
私が嫌味を込めてそう言うと、彼女は苦笑いをした。
「いやぁ、コッチの世界は居心地良くてさ。堅苦しい事はないし、面白い物が一杯あるし、ギロチンや火炙りの心配もないし。あえて言えば部屋が狭くて貧乏臭いのと、ベッドも狭くて寝心地が悪いのが欠点かな」
「悪かったわね、狭くて貧乏臭い部屋で。私はアナタのお陰で苦労しているんだけど?」
ルイーズが苦笑いをした。
「ごめん、ごめん。それで何があったの?」
私は今まで起こった三つの事件を、彼女に話した。
「なるほど、アナタが独自に考えた事をやっても、やはりシャーロットに嫌われて、彼女と結びつく男性から反感を持たれる結果にしかならないと……。私の時と全く同じ状況だわ」
「やっぱり……このまま行くと私は死刑か国外追放か。この世界とは言え、死ぬのは嫌だなぁ。アーチー・ルートだと私は革命軍に掴まってギロチンよね。ガブリエル・ルートだと国外追放。ハリー・ルートだと銃殺だったかしら」
「そんなのはまだ序の口よ。もっと苦しい死に方が一杯あるんだから。アーチー・ルートだと地下牢の中で放置されて餓死、ガブリエル・ルートだと魔女として火炙り、ハリー・ルートだと生きたまま荒海に放り込まれるとか」
ひえぇぇぇ、マジで?
一回コッキリとは言えど、苦しんで死ぬのは嫌だ。
せめて一撃で苦しまずに殺して欲しい。
「そうよ、ハリーの時で一回酷いのがあったわ。ハリーの商会に破産させられて私は売春宿行き。それで性病にかかって生き腐れて死んでいくって言うのが……アレは悲惨だった」
そ、その死に方だけは勘弁して欲しい……
「それにしても、私が考えた独自のイベントでも、破滅フラグが立ってしまうなんて……」
「だから言ったでしょ。私がどうシャーロットに対する態度を変えても、結果は悪い方にしかならないって」
「もしかして、これって『運命の力』ってヤツなの?」
「ちょっと、止めてよ。それなら私は何をやっても、どう努力しても、破滅する運命しかないって事じゃない。あと何回、悲惨な死に方をしなくちゃならないのよ!」
それが『フローラル公国の黒薔薇』のゲーム・コンセプトだったら、破滅エンドは避けられないように思うんだけど。
私が考え込んでいると、ルイーズが言った。
「もう五分経つわ。他に何か聞いておきたい事はないの?」
「あ、そうだ。こんど魔法の授業があるんだ。それで魔法ってどうやるのか聞きたくって」
ルイーズが難しい顔をする。
「魔法か……私もあんまり魔法は得意じゃないのよね。基本的には自分の生命力や精神力を呼び水にして、他の精霊の力を呼び出すんだけど……言葉で伝えるのは難しいかな」
「それじゃあ、ルイーズの得意な魔法って何なの。それだけでも教えて」
「得意ってほどじゃないけど、陽炎くらいは出せるかな」
「陽炎? あの熱気でユラユラ揺れて見えるヤツ? あんなのしか出来ないの?」
私は思わず不満を口にした。
そんな魔法、何の役に立つと言うのか?
「そう言わないでよ。魔法は得意じゃないって、最初に言ったでしょ。それに陽炎の魔法は上達すると『蜃気楼』の魔法になるんだから」
蜃気楼ねぇ、それにしても役に立ちそうにはないけど。
私の落胆した態度が気に入らなかったのか、ルイーズがイラついたように話題を元に戻した。
「ともかく、違う世界のアナタが私になる事で、何か今までとは違った事が見えるはず。私はそれを期待しているの」
「わかったわ。破滅エンドを回避するルートがあるかどうかは解らないけど、ともかく頑張ってみる。私だって死ぬのは嫌だしね」
「本当に、お願いするわ。私もコッチの世界で、アナタの代わりに頑張っているんだから」
その言葉を最後に、鏡に映った映像は歪むように消えて、ごく普通の鏡となった。
本物のルイーズとの会話を終え、私はベッドに潜り込んだ。
私が今まで見たエンディングは十回。
その内、第一ヒーローのアーチーが三回、第二ヒーローのガブリエルが二回、第三ヒーローのハリーが一回、第四ヒーローのジョシュアが三回、第五ヒーローのエドワードが一回だ。
(残るはジョシュアとエドワードか)
第四ヒーローであるジョシュア・ゼル・ウィンチェスターは、北方三連合国の公爵家の次男だ。父親が国王の従兄弟という名門。
お勉強できる系のキャラで、プラチナ・ブロンドの眼鏡をかけた貴公子。
けっこう私好みの男の子だ。
彼に嫌われたら精神的ダメージが大きいかも。
第五ヒーローのエドワード・ロックウェル:ドレンスランドの公爵家。
国は違うが、彼はルイーズにとって母方の従兄弟にあたる。
だけどコイツもシャーロットの色香に迷って、親戚であるルイーズを裏切っているんだよなぁ。
もっとも小さい時からのルイーズの態度に、彼はだいぶムカついているのだが。
(ハァ~、いくら考えても結論は出ないわね)
私は頭から嫌な事を追い出して、ともかく今夜は眠る事にした。
明日には明日の風が吹く……と。
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この続きは、明日の朝8時過ぎに投稿予定です。
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