第15話 3-2.


「……積載艦種指定? 」

 103師団の輸送大隊から回ってきた書類を一瞥し、陽介はデスクの脇に立っている顔馴染みになった一等陸曹の髭面を見上げた。

「はあ。なんでも方面軍最重要機密戦略物資だとかで、汎用輸送艦は不可、特殊兵装輸送艦か潜空艦へ積み込んだ上、最短経路でワカン=マッツへ搬送、そこからは地球へ真っ直ぐ輸送せよとの方面軍命令です」

 そう言われて方面軍命令書を差し出されれば、陽介とて抗いようはなかった。

「そうは言っても特殊兵装輸送艦なんぞここへは配船されちゃいないぞ? 潜空艦なら最短で明後日……、ええと、8潜1SのSS081タービュランスが護衛エスコートとして入港予定だが」

 言いながら再びバンニング指示書を覗き込んだ。

「重量と立方、荷姿に個数は? タービュランス級だと、よく積めてもロングコンテナ1個、50tまでなんだが」

 改めて出荷指図書を読み直すと、ショートコンテナ1個口、重量は37.58tと書かれている。

「……問題ないか。よし、コンテナが付いたら18番ヤードへファーストプライオリティのタグ付けて置いといてくれ」

「イエッサー」

 臨時港務事務所を出て行く一曹の大きな後姿を眺めながら、陽介は暫く首を捻っていたが、諦めたように次の仕事へと頭を切り替えて、この件はいつしか忘れ去っていた。

 だが、この日を皮切りにして、同じ内容の方面軍命令書が、1週間から短い時では3日間隔で、『ショートコンテナ1個づつの積載艦指定』と回されてくるようになったのだ。

 5個を超えた時、陽介はさすがに疑問を抑えきれなくなった。

「コイツのヤード・バンニングの予定は? 」

「本2100時フタヒトマルマルですが」

 一曹が退出した後、陽介は方面軍命令書とバンニング指示書をデスクへ力任せに叩きつけた。

「なんだってんだ! いくら最重要機密か知らんが、こっちはたったの70日で103師団他7個師団、15万人の人員と装備をワカン=マッツへ移動させなきゃならないってのに! 」

 命令に逆らう事は出来ないが、せめてその命令書に籠められた秘密の一端を知り、その重要性を納得させてもらわなければ気が収まらなかった。

 この命令の質の悪さは、本来最優先であるべき、この星からの急速且つ安全な装備物資を含む兵力急速移動の効率を阻害しているという点、そして積載艦を潜空艦のみと指定している点だ。

 完全な制空権、制宙権が確立されていないこの宙域での撤退輸送作戦は、我が方のウィークポイントを晒す事になる為、過分なほどの配慮が必要である。

 加えてデリンジャー現象による最悪な電波状態の中、載せられるものはなんでも、どこへでも積んで一刻も早くミハランを離れたいと思うのが人情というものだ。

 そんな中、苦労して8潜司令部と連絡をつけ、通常の輸送実務に加えて『我侭な要求』を現場に押し付けざるを得ない陽介への風当たりは、これまでも相当なものだったのだ。

 この鬱憤を何処の誰に叩き付ければいいのか、せめてこの任務の本当の重要性さえ教えてもらえれば、少しばかりの嫌な思いだって呑み込めるというものだろう。

 2100時フタヒトマルマル少し前、陽介は夜食のレーションを平らげてから、ヤードへ向かった。

 ゲートの警備兵に聞くと、問題のコンテナは既に到着しているとの事で、自分が指定したロケーションには確かにショートコンテナがポツン、と置かれていた。

「これか……」

 コンテナナンバー、タグ、荷札……、特に怪しいところはないかわり、やはり内容物はどこにも書かれていなかった。

 『方面軍最重要機密』のシールと封印も電子ロックの上に貼られている。

「命令書に書かれたナンバーとも一致する……」

 結局これっぽっちの手懸りも掴めなかったと肩を落とし、ペンシル型ライトを消して踵を返し、コンテナから数歩離れたところで、陽介は不意に足を止めた。

「……待てよ? 」

 脱兎の如くコンテナへ駆け戻り、再びライトを点して今度は電子錠のコンソールに光をあてた。

「やっぱりか……」

 コンテナのコンソール、カードのスリット部分とテンキー部分は、規定通り上から封印を貼られて使用不可の状況になっている。

 それは、良い。

 問題なのは、表示部分だった。

 通常、コンテナをロックした場合、この表示部には『LOCKED』の文字が表示される。

 それに対して、最重要機密の指定をされたコンテナは、命令書データに基づいてプリントアウトされたICチップが刷り込まれた封印を貼られると同時に、チップに記憶された命令書の暗証番号が電子錠に転送され、表示部分には『Order-Sheet's PASSword? 』と表示される仕様だった筈だ。

 だが、今目の前にあるコンテナは、通常のロック時同様『LOCKED』の文字しか表示されていない。

 陽介はオフィスへ駆け戻り、輸送司令部の専用端末を立ち上げた。

 この撤退作戦で取り扱われる物資は、基本的に全て師団命令または艦隊司令部命令による荷役であり、その上級司令部である方面軍命令が根拠となる取り扱い貨物は、陽介の知る限りこの不可解なコンテナしかない。

 即ち、ミハランから積み出される全ての荷物の中でも、該当するコンテナは今晩搬入されたものも含めて6個しかない筈だった。

 端末の問合せ画面に表示された方面軍命令は、全部で7通。

「……という事は、最低後1個は、運ばなければならない訳か」

 命令書の受領日付は、作戦着手日と同じ、7通一遍に103師団長~つまり、ミハラン陸上部隊の最先任だ~が受領している~そしてその師団長は既に、ワカン=マッツへ転戦している~。

「そうなんだ。……これは命令を受領した、という事実だけだ」

 つまり、本当に方面軍から7通の命令が出されたかどうかは、この情報だけでは判らない。

 逆に言えば、封印にICが刷り込まれていない事を考えると、正式な命令は出されておらず、架空の命令を受領した事実だけ、という確率が高いともいえる。

 よくよく考えると、封印シールなどプリンタのテストモードでいくらでも印刷できるのである。

 ただ、命令書暗証番号がICチップに刷り込まれないだけで。

 多少電子情報戦に詳しい人間ならば、データベースに細工する事など然程困難な事ではないだろう。

 まして、電波通信状況が最悪の最前線、『LINK-7007』と呼ばれる戦略戦術情報リアルタイム・ネットワークは切断中で、『LINK-5025』という代替のリアルバッチ・ネットワークしか稼動していない状況なのだから。

 つまり、誤魔化そうと思えばいくらでも誤魔化せる状況にある、と言うことであった。

 陽介は大きな溜息をついて、椅子が軋むほどの勢いで上半身を背凭れに預けた。

「しかしその問合せは、方面軍司令部に直接聞くしかないんだよな……」

 だが、通常任務の通信さえままならない現状を考えると、すぐには実行に移せそうもなく、陽介は一層重さを増した疲労感に後悔を上乗せして、席を立った。


 だが、最後の1個は1週間を過ぎても来なかった。

 2週間を過ぎて、輸送作戦も追い込み時期に入り、陽介の脳裏からコンテナと命令書の記憶が、一時の腹立ちとともに薄れ始めた、ある日。

 輸送量もピークを過ぎると極端な右肩下がりで、手持ち無沙汰な時間が増え出した、作戦終了予定2日前の朝、彼は輸送司令に呼ばれ、司令室へ出頭した。

「向井、参りました」

「入れ」

 103師団第1輸送連隊長で撤収ヤードの司令職を臨時で拝命していたレナード・ハーボック一等陸佐は、陽介の倍もありそうな大きな黒い顔を綻ばせ、真っ白な歯を光らせた。

「おはよう、ムカイ」

「おはようございます」

 敬礼を交わし挨拶をしつつも、陽介は部屋の主であるレナードを見てはいなかった。

 視線の行方に気付いたらしいレナードが苦笑を浮かべて立ち上がり、デスク脇に立っている人物、陽介が入室してすぐに注視していた人物に手を差し出した。

「ああ、彼は統幕軍務局情報部のアドルフ・ハインリッヒ二佐だ。極秘任務とやらではるばる第6方面までやってきた」

「向井陽介二等艦尉です。爾後、よろしくお願いいたします」

 軍人らしからぬ細面の優男だが、それだけにスキンヘッドが異様に感じられる。

 レナードの口調からも、彼に対して何かしら面白からぬ印象を持っているように思えた。

「ハインリッヒだ。今回はいろいろ迷惑をかけたようだな、申し訳なかった」

 初対面の筈のアドルフが、引っ掛かる台詞を吐いた事に陽介が眉を顰めると、苦労人らしいレナードが横から口を挟んできた。

「例の方面軍命令による最高機密戦略物資輸送の件だよ。君に来てもらったのもその件だ」

 レナードは言い終わると椅子に座って口を閉ざし、無表情なアドルフを見上げた。

「実は、最後のコンテナの輸送中に事故が起きた。敵襲に遭い、トレーラーが破壊され輸送に当たっていた兵員は全員戦死した。幸い、コンテナが無事な事は取り付けられていた発信機の信号により確認されている」

 アドルフはチラ、と陽介を見ると地図とキーをポケットから差し出した。

「君に回収してきて貰いたい」

「自分が、ですか? 」

 思わず反問してから、陽介はしまったと悔やむ。

 軍人としては礼を失した一言だったろう。

 だが、そんな言葉を吐かせるほどアドルフの態度が厚かましく感じられたのも、確かだった。

「そうだ。君一人で、だ」

 アドルフは陽介の無礼など気にも留めていない様子で頷き、言葉を継いだ。

「過去、6個のコンテナの取り扱いで君も判っているだろうが、このコンテナの内容物は地球が今後この戦争を継戦し、勝利するに当たって欠くべからざる重要な物資だ。しかも敵にけっしてその存在を悟られてはならない性質のものでもある。出来る限り、この秘密を拡散させたくない。だから、君一人でトレーラー・ヘッドを運転してここを出発し、コンテナを回収してきて欲しい。ああ、VTOLでの運搬も重量的には可能なのだが、敵航空勢力と遭遇した時のことを考えると不安が残る。幸い、103師団の偵察部隊の報告では、現在この付近に敵勢力の活発な行動は認められないらしいから、地上運搬なら幾分リスクも下がるだろう。今が最後のチャンスだ。もちろん、最後の輸送便、護衛の潜空艦の来航が2日後だと言う意味でもある」

 陽介は地図とキーを受け取り、無言のままレナードの方を見る。

「ムカイ。これは方面軍命令だ。ご苦労だが、頼む」

 心底すまなそうな表情で静かに語るレナードを見て、陽介は命令を受領するしか道が残されていない事を改めて悟った。

 もちろん、命令が出されているのだ、拒否権などないには違いないが、レナードがここまで気遣いを見せてくれることがなければ、きっとアドルフに二言三言、噛み付いていただろう。

「アイアイサー」

 わざと艦隊マーク風に敬礼をして踵を返した陽介に、アドルフの声が飛んできた。

「ひとつ、言い忘れた。コンテナ回収後はヤードではなく、そのBと書かれた地点へ向かってくれ。行程を考えると時間がない、垂直離着陸機VTOLでピックアップする。B地点は我の制空権が確立しているからな」

 陽介は無言のまま敬礼し、答礼を待たずに部屋のドアを閉めた。

 オフィスへ戻り準備をしていると、レナードがやってきて陽介の肩を叩いた。

「すまんな。イヤな思いをさせた上に苦労までかける」

「いえ、お気遣い頂き、ありがとうございます。……とは言え、なんなんです、アイツ? 」

 レナードの言葉に絆されて、思わず溜まっていた鬱憤を口にした陽介だったが、レナードは陽介以上に鬱憤が溜まっていたようであった。

「いけ好かんヤツだ。物腰は丁寧なんだが、言葉の端々に出る、我々を見下すような冷ややかさを感じさせて、ソイツを隠そうともしないところがまた、余計に腹立たしい。秘密保持の為だとか理屈を捏ねて、俺には地図すら見せようとしなかった。直属だったら2、3発ぶん殴ってやるところだ。まあ、方面軍命令だから大人しく言う事を聞いてやっているが。しかも、方面軍よりもっと上の指示やら『意向』も匂わせやがる。……どっちにしろ、これが最後だ。この撤退戦も後2日で終わる。それだけが救いだよ」


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