第7話 2-2.
何代、国連事務総長が変わっても、どこまでも真実などと言うものは、苦労と悲しみを呑み込まされる人々にはけっして開示などされず、ただ覆い隠しようのない犠牲者の数だけが、正に単なる数字としてカウントアップされて示されるだけなんだよな、と
携帯端末のディスプレイには、先日開催された国連総会における、UN事務総長の対ミクニー戦の戦況報告と今年度の戦略目標、その達成のためのUNDASN全軍作戦行動計画と必要な予算措置に関する全世界へ向けた協力要請を趣旨とした演説全文が表示されている。
第二次戦役が始まって27年。
戦線は地球、太陽系から遥かに遠ざかり、この母なる青い星では砲声銃声や爆発音など聞こえもしない。
人々はだから、遠い見知らぬ惑星で、今この瞬間も兵士が身体を穿たれ引き裂かれ命を儚くしていることもまるで忘れたように、笑い、喜び、時には怒り悲しみながら、暮らしている。
そしてその悲惨で残酷な事実を忘れていないと声高に叫ぶ人々も一方では確かにいて、けれど彼等の叫びは得てして『尊い人命、貴重な資源の浪費を今すぐに止めて、この地球に暮らす人々が、更に豊かな健康的で文化的な生活を享受できる方向へと舵を切らなければならない、停戦、軍縮は最優先事項である』、大抵はそんな論調だ。
忘れたふりをする人々も、忘れていないと叫ぶ人々も、結局は遠い銀河で交わされている命の交換という事実に関しては全部他人事の他人任せで、煮詰めてしまえば、自分自身の人生をもっと平和に、安穏に過ごしたいという、ただそれだけだ、いやまあ、さすがにシニカルに寄り過ぎた考えではあるが。
けれど、それが悪いことだとは四季は思えないし、四季自身、UNDASNに志願する前は似たようなもので、だから自分にはそんな一般市民や各国の政治家達を非難する資格などなければ非難する気も更々なく、そして彼等が自分ファーストを夢見ていられる暮らしを今、手にしているという事実、それ自体、自分達UNDASN将兵が血と汗と涙を流し、今日まで1億3千万もの先輩同僚後輩が命を捧げ積み上げた成果だとも思っている。
だから、ただ、ただ、遣り切れず、行き場のない哀しみや怒り、後悔だけが胸の奥に、静かに降り積もる。
それに加えて、自分だって、他人様のことをとやかく言える立場には、今はきっとないのだろうとも、思う。
だって今、仕事を終えて帰路を辿っているその終着点、自宅にて今夜自分を待ち構えているだろうあれこれを、ひたすら楽しみにして車のリアシートに身を委ねているのだから。
「正明、今日は早く帰れるって言ってたけど、ホントかよ……」
「首席武官、何か仰いましたか? 」
運転席から今日の車両警護員~つまりは武官専用車の運転手だ~、ギリシャ出身のマリオス・ミトロプーロス二等陸曹に声を掛けられて、四季は少し慌ててしまった。
「ああ、すまない二曹、今日は結構道が混んでるなって思って。休日なのに」
ルームミラーに映るマリオスの彫りの深い顔に笑みが浮かんだ。
「今日は2月だというのに、春みたいに暖かいですからね、行楽帰りの渋滞なのかもしれませんね」
「そうなんだよなぁ。私も今日は休めると思ってたんだけれど、上手く行かないもんだな」
だから先程のようなシニカルに過ぎる感情が胸の奥から染み出してくるのかも知れないな。
四季はその美しい顔に苦笑を浮かべて、その紅く長い髪を無意識のうちに指で梳きながら言った。
スコットランドと日本人のハーフである父と、ドイツ系アメリカ人だった今は亡き母をルーツとする四季は、元々は日本国籍だったけれど日本人の血は1/4だけ、高校を出てからベルリンに住む母方の祖母へ養子に入ってドイツ国籍を取得したことが、今、彼女が日本国駐箚武官として勤務している下地となった。
UNDASN政務局国際部では、駐在国との不適切に密接な関係を疑われぬよう、その国の国籍を持つものを主要幹部として駐留させないという基本方針がある。
だからこそ規則の網目を掻い潜るように、国籍は違うけれどその国に確固とした地盤を持っている人物を配置できることは、UNDASNにとってはとても幸運なこと、ということになる。
UNDASNは国連に所属する軍事行政機関であり、正規軍だ。
つまりは、国連加盟各国が共同で監理すべき機関であり、そしてUDNASNに所属する人員はもちろん、装備や設備は全て、加盟各国が供出することで成り立ち、そして必要な費用もまた加盟各国の加盟分担金を原資として予算が配分されている。
そして国連に対して加盟各国は、国連大使をニューヨークの国連本部に駐在させ、総会や安保理を始めとする各種理事会、国際機関との連絡調整や運営参加を賄っている。
それは国際連合という組織がニューヨークにあるからこその管理運営体制なのだから、合理的であり当然でもあるのだが、UNDASNの場合は少し事情が違う。
ニューヨークは巨大な都市ではあるけれど、そこにUNDASNというもっと巨大な組織、機構を押し込めることができないのだ。
UNDASN全軍で、将兵だけで3,500万人、その大部分は地球外の惑星や艦隊にいるとは言えども、地球本星だけでも300万人の将兵がいて、しかも全世界に跨って存在する施設や駐屯地、軍港や基地で各々の任務に励んでいる。
加えて、これら三軍の戦闘部隊以外に、防衛学校や幹部学校、防衛大学といった教育機関や医療本部が統括する野戦病院等の医療機関、その他研究開発機関や、兵員募集機関等の後方支援機関の拠点も世界各国に展開されているのだが、やはり世界各国がその存在に神経を尖らせているのは、戦闘部隊だろう。
艦隊総群などはフネに乗せてしまえばなんとでもなるし、実際3,500万人中艦隊マークは1,000万人程度で、しかも地球に配置されている人員は80万人程度。
航空マークはその殆どが太陽系外に配置され、実際に航空機に搭乗する機上要員に整備補給や管制通信関係の地上要員を合わせて1,000万人、地球上には50万人もいない。
将兵の大部分を占めるのが陸上総群、950個師団1,500万人、やはり戦闘を完全に終結せしめる為には、強大な地上軍の存在は必要不可欠であるから、その人員構成は妥当なのだが。
そして大事なことは、これら1,500万人950個師団は全て、世界各国で兵員が徴募され、その拠点となる駐屯地は徴募を実施した各国に存在するということだ。
もちろん、その師団の殆どは太陽系外の作戦実施地域に展開されていて、地球上に存在する駐屯地にいるのは殆どが留守師団であり、留守師団長の下、人員だって150万程度の将兵しかいないのだけれど。
それでも駐屯地が置かれている国からすれば、他国の軍隊が駐留していると言うことになる訳で、そうなると、自国の政府機関や自治体、民間企業や民間団体、もちろん自国の正規軍や警察等治安機関との間で、否が応でも何らかの接触があり、それはしばしば問題を引き起こす火種ともなり得る。
異星人の侵略の魔の手から地球を守っているのだから、文句など言わずに大人しく受け入れろ、そんな風に開き直っても良いのかもしれないけれど、困ったことにそんな文句を叩きつける相手は即ち、UNの、つまりはUNDASNのスポンサー様なのである。
もちろん相手国にとっては、UNDASNという巨大な、しかも戦争遂行中の組織が求めるありとあらゆる物資を売り付ける、世界一のお得意先様であることも、また事実。
つまりUN加盟各国にとって、UNDASNという組織は事実上、UNとは切り離して取り扱うべき『国家=軍事国家』とも看做される。
一方、UNDASN側から見てもやはり加盟各国はスポンサーとして、そして自分達の要求要望を快く聞き入れてもらいたいという下心もある訳で。
だから、UNDASNの最上級統括機関である統合幕僚本部には、外交~即ち、加盟各国との交渉連絡調整だ~を司る部局、政務局国連部、国際部、国際条約部という所謂『国際三部門』が存在していて、特にUNDASNの拠点が置かれている国家中央政府とのスムースな連絡、連携、交渉、調整をUNに代わって執り行う為に、国際部の出先機関として、各国に駐箚武官事務所が設置されているのだ。
駐箚武官事務所のトップである駐在武官は、UN事務総長の信任状を国家元首に対して奉呈し、UN代表として外交活動を行う権限を持つ。その国の国家元首、中央政府閣僚に対する、正式且つ唯一の交渉権、折衝権を持つUN代表なのである~もちろんその権限範囲は駐留するUNDASN各部隊、各機関に関するものだけで、それ以外についてはニューヨークのUN本部に駐在する各国国連大使がUN本部と行う~。
故に、駐在武官は、各国政府からは駐箚大使と同等の外交特権を、いや、ある意味一般の外交官以上の権限、例えば、武器の所有と行使、駐在国の国民を含む職務上止むを得ない殺傷権まで付与され、保障されているのだ。
同時に、駐在武官は、その国に駐在するUNDASN全軍の戦闘作戦行動を除く全ての行動に関して管理統括し、必要であれば命令を発する権限をも持つ。
例えば、四季が任ぜられている駐日武官の場合、日本政府~もちろん、その代表である内閣総理大臣、象徴である皇室に対して~に対する正式且つ唯一の交渉権、折衝権を持つUNDASNの代表と認められている訳だ。
また、日本国内に駐屯する系内外幕僚部管下の陸上総群14個師団や航空総群の7つの航空基地といった実施部隊、統幕や9本部の出先機関等を管理統括する権限をも併せ持つ。
つまり、事実上戦闘作戦行動がほぼ起こり得ない現状における地球本星での駐在武官職の権限とは、その管轄地域で事実上最大の権限を有すると言える。
四季が駐日武官事務所首席武官として東京に着任したのは半年前、昨年の10月。
実は、東京駐在の武官職は、これが二度目であった。
一度目は二等艦佐時代に、首席欠員での次席武官として。
当時、UNが最優先課題として推し進めてきた『地球統一国家構想』が、地球連邦政府準備機構としていよいよ実現に向けて動き出して3年目、4年後に成立する予定の地球連邦政府の首都が、三権分立の原則に則り、立法首都ワシントン、司法首都パリ、そして行政首都が東京に決定した直後だ。
敵である異星人ミクニーを神と崇めて、それに敵対しているUNやUNDASNを神敵とするテロ組織、宇宙統一教会フォックス派は、東京壊滅を目論み、立憲君主制国家として二千年近い歴史を積み重ねてきたこの国の国体を護持する為に、地球連邦政府成立を阻止したい日本政府や自衛隊の一部、嘗ては世界の警察として自由主義陣営を主導してきたアメリカという国家の矜持を護りたいと考えたアメリカ連邦政府やアメリカ軍の一部を
政治や行政との折衝交渉と言った『ケツで椅子を磨く事務屋仕事』に比べれば、命の危険はあるもののやっぱりフネはいいものだ、いやまあ、事務屋仕事の筈がテロリストと戦闘になって危うく死ぬところだったことを思えば、艦隊生活、一等艦佐に昇進して戦艦の艦長なんてのは、あらゆる意味で『天国にいちばん近い職』だよなぁなどと気楽に過ごしていたところを、半年で再び地球へ呼び戻された時は、いったい何が起きたのかと首を捻ったものだ。
四季を呼び戻したのは、統幕政務局国際部長、
駐日次席武官を任ぜられた一度目も、当時国際部アジア室長だった涼子が白羽の矢を四季に立てたのだったが、二度目も彼女のご指名とは、よほど涼子に気に入られたのか。
半ば諦めを覚えつつ、四季はヒューストンにある統合幕僚本部、政務局の一番奥にある国際部長室のドアをノックした日のことを思い出した。
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