自由の魔法!

木春凪

自由の魔法!

 王族の権威を見せつけるかのように豪華絢爛なお城の一室。


 そこに置かれたいかにも高級そうな椅子に、ドレスに身を包んだお姫様は退屈そうに腰を下ろしている。


 そして、なぜかお姫様の横には腕を組み黙ったまま堂々と立っている侍がいる。


 洋風のお城の中に、刀を持ち、ちょんまげをした和風の姿をした侍がいることで、どこか世界観があべこべなように感じられる。


「……ひま。暇すぎですわ! だいたいお父様は厳しすぎるのです! 私だってもう子どもではないのですから……」


 お嬢様は声を荒げ、可愛らしくぷんすかと怒る。


「このお城の外にはどんな世界が広がっているのでしょうか……自由に、なりたい……」


 どこか遠くを見つめるように、お姫様は物憂げな表情を浮かべ、ため息を一つ。


「……魔術師! 魔術師! こちらに来なさい!」


 お嬢様に呼ばれて姿を現したのは、とんがり帽子、黒のマントを身につけた、まさに魔術師という姿をした女性だった。


「どうなされましたか? お嬢様」


「私は、いま非常に退屈です。あなたの得意の魔術とやらで、私を楽しませなさい」


「よいでしょう。今宵もまた、私の一族に代々伝わる召喚魔法で、お姫様の退屈を吹き飛ばして見せましょう」


 召喚魔法という言葉を聞き、お嬢さまの顔が曇る。


「えー、また召喚魔法ですの? 前回は……」


 呆れたようにお嬢様が顔を向けた先にいたのは、


「こんな侍とかいう人間を召喚しただけではないですか。この侍……」


 侍は視線を感じたのか、勢いよく刀を抜こうとするが……


「居合切りっ! ……ふ。 ふんふんふんふん!」


 豪快に失敗。不敵に笑い、誤魔化すように刀を無暗に振り回す。

 

「……とか言って剣を振り回すことしかできないのですよ! 全然面白くないです!」


 お嬢様はまたぷりぷりと怒る。


「安心してください。今度こそはドラゴンや人魚など、幻の生き物を召喚して見せます。ちと危険かもしれませんが心配はご無用です。なんせ」


「たとえどのような生き物が召喚されたとしても、姫は拙者が守るでござる」


「あなた何格好つけてるの!? 心配しかないですわ!」


「それではいきますよ……! あんだーらあんだーら……!」


 魔術師の前に、魔法陣がゆっくりと現れだした。


☆ ☆ ☆


 合格者の受験番号が張り出されている掲示板。


 それを見て自分の受験番号を探している少年がいた。


「0421……! あった! やった! 受かってるよ俺!」


 少年は自分の受験番号を見つけ、その場で踊り出す。


「あー頑張ってきてよかった! これからはいろんなことができる……! くー!」


「たかしくん、そのようすだと大丈夫だったみたいだね」


「りんちゃん! りんちゃんは!?」


 声をかけてきた少女はりん。同じ大学を受験した少年、たかしの憧れの人だ。


「ふふん、日本史満点の私にぬかりはないよ。受かってた、また同じ学校だね」


「本当!? うわ! めちゃくちゃうれしいな! ……は!」


「? どうしたの?」


 たかしは思った。これは告白のシチュエーションではないか、と。


「これすごい告白のシチュエーションじゃないか!? いいムードだし、多分。いや、はやいか? どうする俺?」


 たかしは頭を抱え苦悩する。


「……何自信を無くしてんだ俺、ここまで頑張ってきただろうに…… いつ告白するのか……」


 しかし、なんとか自分を奮い立たせる。


「いまでしょ!!」


「うわっ! 急にどうしたの?」


 急に大声を出したたかしにりんは驚く。


「……りりりりっりりり、りんちゃん! おおおおおお俺ずっと前からきき君のことが……」


 そのときだった。


 どこからともなく、まるで魔法の詠唱のような声が聞こえてくる。


「あんだーらあんだーら……はぁあああ!」


「え……? うぁああああ!」


「たかしくん!?」


 たかしは急に生まれた空間の歪に飲み込まれてしまう。


☆ ☆ ☆


「え、何だ!? ここどこだ!?」


 たかしが目を開けると、そこはもう日本ではなかった。


「また普通の人間ではありませんか! 魔術師、翻訳魔法をかけてあげなさい」


「はっ! あんだーら!」


「……はぁ、今度はもしかしたらと淡い期待を抱いてしまった私が大馬鹿でしたわ」


「まあまあお姫様。せっかく魔法で召喚したのですし、様子を見てみようではありませんか」


「この人間に私を満足させる力があるようには到底思えませんけれどね」


 たかしはお姫様、魔術師の話を聞いて、冷静に分析する。


「この場所、お城? それに魔法、召喚、お姫様を、満足させる……!? ……! わかったぞ、俺はそこのお姫様を退屈させないようにそこの魔術師の召喚魔法でこの場所に連れてこられたというわけか……!」


「ちょっと物わかり良すぎませんことあなた!?」


 お嬢様はたかしの順応スピードに驚く。


「その反応からするに、その侍も俺より前に召喚魔法でつれてこられたということで間違いなさそうだな」


「ふふ、奴は拙者の強力なライバルになるかもしれぬな」


「あなたは黙ってなさい」


「いきなり呼び出されてやぶさかではないが、いいだろう。はやくその用を済ませて、俺をもとの世界に返してもらうぜ」


 とんとん拍子に進む話に少し圧倒されながらも、お嬢様は不敵な笑みを浮かべる。


「ふふ、見かけによらずなかなか面白いですわね。では私を満足させてごらんなさい!」


 すると、魔術師がたかしに近づき、そっと耳打ちをする。


「少年よ、特別な力などは使えなくてもよい、お姫様を楽しませてあげてくれ、そうすればすぐにでも元の世界に戻してやる」


「楽しませるか……、つまり、笑わせればいいんだな。 ふふ、いいだろう。日本という国のお笑いの力を見せてやる!」


 少しの沈黙。たかしに、視線が集まる。


 そして、


「急に異世界に呼ばれたよ、でもそんなの関係ねぇ! でもそんな関係ねぇ! はい! おっぱっぴー!」


 沈黙。お姫様の目がまんまるになる。


「……は?」


 たかしは静かに首を横に振り、気を取り直して続ける。


「ドドスコスコスコドドスコスコスコドドスコスコスコ、LOVE注入!」


「なにこいつ気持ち悪いですわ!」


そして、お姫様は絶叫する。


「馬鹿な! 日本のお笑いの力が通じない!? 俺は、どうすれば……!! まさか日本に帰してもらえない……?」


 たかしは床に崩れ落ちる。


「あれだけ大口を叩いておきながらもうネタ切れですの!?」


「嫌だー! 俺は帰らないといけないんだ! せっかく大学に合格したんだ! これからは自由なのに!」


「待って! 今、あなた、自由って言いました? あなたはあなたの世界では、自由なの?」


 自由という言葉に、お嬢様が反応する。


「ごめんごめん、ちょっと語弊があった。勉学や親孝行も勿論しなくてはいけない。けど、自分が好きなことが学べる、夢に向かって進んでいける。そのために、バイトやサークル活動だってできる、今までの学校生活に比べたら、自由だって言えるんだ」


「あなたの世界のことなんて知りません! でも、ずるいですわ!」


「なんで?」


「自由なんてずるいです! 私だって自由になりたいです! このお城以外の景色も、自分の目で確かめてみたいです!」


 お嬢様は興奮気味に続ける。


「事情はよくわからないけれど、だったら努力するしかないんじゃないかな」


「しました! でもお父様は全然聞き入れてくれないのです! すごく、怖いし……」


「それでいま、もう諦めてるんだ?」


「……!」


 お嬢様はたかしの言葉を聞き、顔を上げる。


「おせっかいかもしれないけど、諦めたらだめだ、諦めたらそこでもう試合終了ですよ。俺も、試験で悪い判定とって、もうだめかもしれないと思ったけど、絶対に行きたかったから、諦めなかった。それで、合格できた、自由をつかめたんだ」


「諦めないで、自由を……」


 お嬢様は少し考え、決心する。


「あなたみたいな凡人に言われなくても! そんなこと、わかっていますわ! 魔術師!」


「はい、お姫様」


「この二人を、もとの世界に返しなさい。……それが終わったら、お父様のところに行くわよ、ついてきてくれますわよね?」


「……! もちろんです、お姫様!」


「こんな急な別れになるとは、拙者、姫と過ごしたこの時間忘れることはないであろう」


「気持ち悪い早く忘れなさい」


 たかしはお姫様の顔つきの変化に気づく。


「がんばれよ、お姫様」


「うるさい、さっさといきなさい」


 たかしはそれを見て笑みを浮かべる。


「ではいきますよ! あんだーらあんだーら!」


 魔術師の詠唱とともに、空間に魔法陣が現れる。


「……! うぁああああ!」


「姫様、姫様、姫様ぁぁぁぁ!」


 そして、魔法陣はたかしと侍を吸い込んだ。


「私だって、すぐに自由をつかんでみせますわ! 行くわよ!」


「はい! お姫様!」


 お嬢様は毅然とした立ち振る舞いで部屋を後にした。その表情には決意と、わずかな微笑みが見られたのであった。


☆ ☆ ☆


 気が付けばたかしは地面に倒れており、それを心配そうにりんが見ていた。


「たかしくん、大丈夫!?」


「ん……りんちゃん、俺は……」


「急に倒れたんだもん、びっくりしたよ」


 たかしは周りを見る。そこは合格掲示板がある、最初の場所だった。


「帰ってこれたんだ……。心配かけちゃったね、ごめん、ありがとう。それとね、さっき言いかけたことがあるんだ」


「え、なぁに?」


「なんでだろう、さっきは緊張しまくりだったけど、いまは自信が体中に漲ってるんだ」


「よくわかんないけど、きっとそれは、たかしくんが諦めないで頑張ってきたからだと思うよ」


「……そうか、あっちの世界に行って、そのことに改めて気がつけたのかも」


「あっちの世界……?」


「ううん、何でもない。りんちゃん、俺、りんちゃんのことが……」


 たかしがついに、思いを伝えようとした、


 そのときだった。


「え! 何! あの人、まさか侍!?」


「え? 侍?」


 急に大きな声を出したりん。その視線の先に、侍がいた。


「そうに決まってる! あの服装、まげ! 刀! きっと現代に蘇ったラストサムライに違いないわ! あ! こっち見た! あっ行っちゃう! ちょっと待ってください! 私侍の大ファンなんです!」


 りんは大興奮で侍に向かって走り出す。日本史満点のりんは歴女だったのだ。


「ふん。拙者は流浪人。余は情け。花より団子」


 侍は調子に乗ってよくわからないことをカッコつけて話す。


「え、なにこれ、あの侍この時代の人なの? ただのコスプレイヤーじゃん。え、りんちゃん? え?」


 ただ一人残されたたかし。ゆっくりと一息、そして一言。


「なんじゃこりゃー!」


 たかしの悲痛な叫びが周囲に響き渡った。


おしまい

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