ふたりのバレンタイン!
木春凪
ふたりのバレンタイン!
私こと西野七瀬と朝比奈七海は親友である。
それはもうホントに仲が良すぎるので学校でダブルナナ(センスがあまりないけど可愛いから許す!)と呼ばれるくらいである。
そのため二人は百合だとかそういう噂(流した人グッジョブ!)もあった。
私は七海が大好きだし、七海も私のことが好き。
それで幸せだった。
しかし誠に遺憾ながらそんな私たちの愛を砕こうとする輩が現れたのだ。
☆ ☆ ☆
季節は冬、町には迫ってくるバレンタインデーを意識した風景が並ぶ。
それはもちろん学校でも同じ。女の子は楽しそうに友チョコや恋バナに夢中になり。男の子は男の子で何かと盛り上がっているようだ。
活気があって良きかな良きかな。
何を隠そうこの私もバレンタインデーを楽しみにしているのです。
好きな男の子? のんのん。
わたしにとってバレンタインデーとは……
「七海との愛を確認しあう日っ! そうだよねっ」
お隣に座っている私の彼女(未来系)の方を見ると、
「ぽわ~」
心ここにあらずの状態だった。
やわらかそうな髪、くりくりのお目々。
おお、こんな無防備な七海も可愛い。永久保存。
ぴろりん、と私がそのいとらうたげなりな顔を撮影していると、本人も気がついたようだ。
「あっごめんね、七瀬。ちょっと考えごとしてたよ。何か言った?」
「私たちの結婚式はいつあげるのって聞いたんだよ」
「えっ私たち結婚するの!?」
「子供は何人ほしい?」
「え……二人かな。男の子と女の子で……って何の話をしてるの!?」
可愛いノリつっこみいただきました。
まぁそれはおいといて。
「どうしたの? 何か悩み事? 七瀬さんに言ってごらん。三十秒で解決してあげるよ!」
それは無理だよぅと控えめなつっこみが返ってくる。七海は少し間をとると周りを軽く見渡す。
きっと他の人に聞かれたくない話がくる。私のインスピレーションがそう告げている。
つまりこれは……二人だけの、ひ☆み☆つ、というやつではっ!?
「あのね……バレンタインデーのことなんだけど」
そう言って頬をピンクに染める七海。
可愛すぎる。何だこの生き物は、今年のチョコレートには諭吉を犠牲にする必要がありそうだよ。
「大丈夫。今までに無いくらいおいしいチョコをつくってくるよ! 心配しないでっ」
「いやあの、そういうことじゃなくて……ね」
「あっ、もちろん愛情も百倍で……」
「私ね、チョコをあげたい男の子がいるの」
バベルの塔が崩れる音がした。元々一つの言葉を話していた人類は混乱し各地に散らばり、様々な言語が生まれたのだ。
「七瀬? 聞いてる」
「ああもちろん聞いてたよ。私が性転換手術を受けて男の子になればいいんだよね?」
「違うよ!? そんなことだれも言ってないし望んでないよ!?」
「私が望んでるの!」
携帯で最寄りの病院を検索していると七海に止められた。
冷静になれ私。まだチョコレートをあげたい人がいると言われただけだ。
義理チョコかもしれない。友チョコかもしれない。ここはいったん落ち着いて。
「その子の名前は何て言うの?」
「立花隼人くんって言うの」
「その子の心はどれくらい罵倒したら折れるの?」
「何をする気なのっ!?」
真剣に聞いて、とちょっと怒られてしまった。
「立花くんは、一学年下の子で、清掃委員で同じだったの」
一学年下。長年のつき合いで七海が年下好きということは知っていたが……
「清掃活動でね、話してみたらすごくいい子でね」
清掃委員。その言葉に私の耳が異常なほどに反応する。清掃委員。それは私の唯一の失敗。
七海と同じ委員会に入るため二人で計画し全てがう上手くいくと思われた。
ダブルナナのこともありみんなが気を使ってくれるはずだった。
しかしだ、そのとき、通称空気読め男こと田中も立候補しやがったのだ。立候補した後では辞退することもできず。三人でじゃんけんに。
七海と相談して同じ手を出そうと思ったら、
「田中くんに悪いし公平にやろう?」
天使か七海は!
あの時敗北したパーは二度と使わないそう決めている。
「それで仲良くなったから、チョコあげたいなって」
もじもじと体を小さくする七海は愛くるしい! 愛くるしいのだが、聞かなくてはいけない。
「七海は、その子のこと好きなの?」
「えっ!? ……ぽ」
「失恋だぁああああああ」
ぽっ、てっ言ったよ! ぽっ、て! どれだけ純粋で可愛らしいんだよ七海!
私はその場に居ても立っても居られなくなり全力で駆けだした。
初めて七海と出会った小学校三年から数えて九年間。私の思い散る。
教室を出ようとしたときだった。
「何だ? けんかでもしたのかダブルナナ。珍しいな」
そうつぶやいたKY田中の顔面を私は全力で蹴りあげる。
「おまえのせいだぁああああ」
☆ ☆ ☆
七海が恋してしまったのは仕方ない。女の子なのだ。七海の真剣な恋であるなら、全力で応援するだけ。
ただし立花隼人。そいつが七海が恋するに値する人間ならね。
私にはとても可愛い可愛い一つ下のスパイ(弟)がいる。奴の力を発揮させてやる日が来たのだ。
家に帰り、弟の部屋の扉を軽くノックする。
「入っていい?」
「今ちょっと勉強中だから後じゃだめ?」
「押入の中のスポーツバッグに入ってる本って面白いよね」
「どうぞ入ってください」
扉をわざわざ自分であけてくれた。なんていい弟だろう。
「どうしたの? なんか急用?」
「急用というか、すぐに聞きたいことがあるの」
弟は椅子に座る。机の上には本当に勉強道具があった。えらいえらい。
「立花隼人って男知ってる?」
「知ってるも何も同じクラスの友達だよ」
「そう」
「!? 姉さんどうして無言で俺の胸ポケットに千円を入れたの!?」
「チップってやつよ」
何だよそれ、といいながらも千円を大事そうに握るスパイ。
「もしかして姉さん。隼人に惚れたの?」
「まさか」
「冗談だよ冗談!! 押入は開けないで!! 姉さんは七海さんラブだもんね!!」
「よくわかってるじゃない……スパイよ」
「スパイ!? あー何となくわかったよ。七海さんが、そういうこと?」
さすが私の育ててきたスパイ。話が早くて助かる。
「隼人はいい奴だよ、成績もいいし」
いい奴で成績もよしですって。七海が惚れてもおかしくない……のか。いやでも実際にあって見ないと人格はわからない!
「何か顔がわかる物ある?」
「何する気だよ姉さん……一応プリクラがあるけど」
「お手柄よスパイ」
「また千円!?」
私は颯爽とスパイの部屋を後にする。できるなら早めの行動が望ましい。決行は明日!
☆ ☆ ☆
翌日。七海とのラブラブ下校を泣く泣く諦め、私は校門で張り込みしていた。
途中でスパイが通り、神よ隼人を助けたまえ、と呟いていたが無視した。
プリクラの立花隼人と下校する生徒を見比べる。
違う。違う。違う。ん? あれは……
「七海だぁ」
いつ見ても可愛らしい黒髪ロングあの髪はやわらかくていい匂いがするのっ。
一人で帰らせてごめ……ん?
隣にだれかいる。うーん? 気のせいかな。あれ男の制服だよね。
「まさか……顔を確認!」
た、立花隼人!
そんな、二人で帰るような仲だったの?
私、もしかしてずっと邪魔だったの?
校門を出ると二人は少し言葉を交わして別れた。帰る方向が違ったみたいだ。
七海も女の子なんだ。あの子も恋をするようになった。それはすごいことだ。
立花隼人よ……後は君次第だ。
私はゆっくりと彼に近づき声をかける。
「立花くんだよね? ちょっと時間いい?」
☆ ☆ ☆
少しだけおしゃれなコーヒー店。七海と良く行く行きつけの場所だ。
しかし反対側に座っているのが七海ではなく男の子だと少し不思議な感じである。
「祐也ならすごくいい奴ですよ、クラスでもいつも中心にいて楽しくやってますよ」
制服を第一ボタンまでしっかりとめている。シャツ出しなし。
「あいつといると場が盛り上がるんですよね」
部活に打ち込むのに最適な長さの髪。整った顔立ち。
「だからお姉さんが心配することはないですよ」
礼儀正しい口調。誠実そうな瞳。
「……あの。どうかしました?」
「え!? ああ、何でもないの」
完璧だ……アナタハナニモノデスカ?
七海が恋するのもわかるよ! これは仕方ないよ!
あれ? でもここまでいい子だと、逆に彼女とかいないの?
「彼女ですか? いませんよ、告白されたことはあるのですけど。ちょっとまだ恋愛というものがわからなくて」
誠実すぎる。ここまでくると逆に恐ろしいわ。
「じゃあ、好きな子はいるの?」
すると少し顔を赤らめる。あれ、この反応誰かに似てるような。
「いると言えばいますけど……」
ここで確信に迫るしかない。
「それは……朝比奈七海?」
「えっ!? ……ぽ」
ぽっ!? ぽっ、て言った!?
もう間違いない。朝比奈七海と立花隼人はベストカップルだぁ!
「え、お姉さん? どうしたんですか。泣いてるんですか?」
「ううぅぅぅ、結婚式のスピーチは私に任せてくださいぃいぃ」
「何の話ですか!?」
☆ ☆ ☆
七海は彼にあげるチョコレートを手作りにするかどうかで悩んでいたので、手作りを勧めておいた。
手作りの方が嬉しいもんね。
立花隼人に負けてられない。私もとびっきり愛情のこもったチョコを作ってやろう。
そう思ってキッチンに立つ。
「またすごそうなの作りそうだね」
すると奥からスパイがやってきた。
「立花隼人に負けてられないからね。祐也にもあるから期待しててよ」
「あーそのこと何だけどさ」
ばつが悪そうにスパイは顔をそむける。どうしたのだろう。
「隼人さ、転校することになったんだって」
「えっ?」
「お父さんの転勤みたいでさ、急に決まったみたいなんだ」
転校。転勤。それが意味することは……
「立花隼人が、いなくなる」
七海の好きな人がいなくなる。
「七海さんには残念だけど、教えてあげた方がいいよ。あいつ、心配されたくないからあまり人に言わないようにしてんだ」
七海に、伝えないと。いやもしかするともう知っているのかもしれない。
それにしてもせっかくチョコレートを作っているのに。
そこで気づく。
「いつ行っちゃうの?」
「二月一五日。前日の夜、もうお別れ会するのは決まったんだ。それにサプライズでクラス全員呼ぶ予定。その次の日に出発するってさ」
二月一五日。ほっと、気が抜けた。何とか間に合うんだ。七海の思いは。
「よくやったスパイ」
「また金かよ!? って諭吉!? 姉さんどうしたんだよ」
「可愛い弟へのプレゼントだよっ」
☆ ☆ ☆
今は夜の七時を回ったくらいかな?
立花くんの家からクラスメイトが少しずつ出てくるのが見える。
泣いている子もいる。本当に好かれてたんだなぁ。
人の出入りが少なくなると祐也くんと立花くんが最後に家から出てきた。
「いままでありがとう祐也。すごい楽しかったよ」
「こっちも同じだよ。それにまたどっかで会えるって」
笑いあっている二人をみると本当に仲が良かったんだろうなって思う。
私と七瀬もそういう風に見えているといいな。
「あっ、そう言えば最後にお前と話したい人がいるって。ちょっとそっち行ってみ」
「話したい人?」
立花くんがこっちにやってくる。私の姿を見るととても驚いたようだ。祐也くんにも後でまた感謝しないとね。
「朝比奈さん。なんで」
「ひどいですよ、転校するの教えてくれないなんて」
「すいません。言おうと思ったんですが、言い出せなくて」
でも誰が、そう聞かれたので自信をもって答えてみる。
「私の一番大切な人が教えてくれたんです。まぁその人は女の子なんですけどね」
それはこの機会を作ってくれた誰よりも私を見ていてくれる人。
「来てくれて嬉しいです。最後にあなたに会えてよかった。少し家に上がりますか?」
魅力的な提案だけど、ダメだ。
「大丈夫です。私はこれを渡しに来ただけだから」
私は背中に隠していた包みを彼に渡す。
「ハッピーバレンタイン。さようなら」
「それだけですか……」
「はい。とても楽しかったです。また会えたら。仲良くしてください」
もうダメだ。たえられない。
私はその場から逃げるようにして立花くんに背を向ける。
だけれども右手首を掴まれてしまう。
「僕からも、あなたに言いたいことがあります」
ダメ。やめて。言わないで。
「僕は……」
ダメダメダメ。それを聞いたら私は……!
その時だった。
大きな音をたてて季節はずれの花びらが夜空に咲いた。
時間が止まったように思えた。
「花火だ」
間隔をおいて二枚目の花びらが舞う。
気づけば二人でその光景を眺めていた。
でも私は行かなきゃ。
「立花くん。またいつか会いましょう」
立花くんは笑って答えてくれた。
「そうですね。また、会いましょう」
私は空に咲いた花の元に向かって走り出す。
だってあそこには私の大切な人がいるから。
☆ ☆ ☆
二人は上手くいっただろうか。大丈夫だろう。あの二人なら、どんな結果でも乗り越えられる。
「線香花火でもしよう」
打ち上げ花火はもうなくなってしまった。夏に買いだめしてやらなかった花火セットを漁ろうとする。
「七瀬」
不意に声をかけられる。そこにいたのは七海だった。
「七海……?」
「わたしも……花火やる」
「え……うん」
線香花火を七海にも渡し、二人で火をつける。
ばちばちっと七色に光り、それが七海のだけ突然消えた。
七海は泣いていた。
「私言えなかった。だって言ったら……きっと重荷になる。立花くんはすごくいい人だからっ。きっと私よりいい人が向こうで見つかる……はずっ」
私、間違えたのかなぁ。そう七海は呟いた。
間違い、か。
私はどうなのだろうか。あの時打ち上げた花火は、二人の気持ちの後押しになればいいと思った。よい雰囲気になってくれればいいな、と。
でもそれは私の本当の気持ちなのだろうか。私は……。
「わかんない。わかんないよ。でも七海がそう決めたのならそれでいいと思うよ。正解も間違いもないんだよ」
七海は花火セットから別の花火を取り出すと火をつけた。
涙を隠すように、火花は激しく散っていった。
その涙が乾くまで一緒にいよう。そう思った。
私は、七海に。
自分のことに気づいて欲しかっただけかもしれない。
花火が終わったころにはもう九時を過ぎていた。
「そろそろ帰りますか」
「そうだね、でもその前にお互いに渡す物があるんじゃないかな」
「うん」
七海の目は赤くなっていたけれど、笑顔はどこがすがすがしかった。
少しずつ乗り越えて行けばいいんだ。七海を一人にはしない。ふたりで。
「ハッピーバレンタイン」
そしてわたしは、きっと、いや必ず、立花隼人にも負けない思いを、自信を持って伝える。
「七海、大好き」
七海は少し恥ずかしがりながら、それでもしっかりとした言葉で応えてくれる。
「私も、大好き」
ふたりで食べたチョコレートは、どこか甘酸っぱい、そして、ほろ苦い味がした。
おしまい
ふたりのバレンタイン! 木春凪 @koharunagi
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