第45話 雪上の決着


 雪が降りしきる白銀の世界に訪れた静寂。飯塚はスミスから目を離さないように、小銃を構え続けた。彼は飯塚に背を向け、聡に向かって歩き出す。


「その素晴らしい小銃を使ってみたまえ。人を撃ったことがあるのか? ああ、そんなに震えていたら、当たるものも当たらなくなるぞ」


 スミスは嘲るように笑い声をあげる。カチカチと音が響いてくるのは、聡が震えているのだ。飯塚は「あちゃー」と思った。聡は、小銃を扱ったことがなかった。先ほど、即席で取り扱い方を教えたものの、そう簡単に扱える代物ではない。


 抑止力にはなるだろうと、菱沼も苦笑いしていたのだが。やはり、抑止力とも言い難い。完全にスミスは、聡をバカにしているような態度だった。


「キミはミスター小林の生き写しだね。まるで同じ顔だ。だがしかし——。彼と違うところは、その度胸のなさだな」


 スミスは両手を広げて、聡に向けて前進した。聡が撃てないことを知っているのだ。


「昔からいけ好かない男だったよ。いい顔ばかりして。みんなが彼に好意を抱く。ドクター斑目も彼のことを特別扱いしていた」


「聡くん! 撃つんだ! 迷うな!」


「でも——。飯塚さん……!」


 案の定、聡は迷いで震えている。銃器を目の前にして、臆さずに近寄って来る男への畏怖。聡は完全にスミスという男に呑まれていた。


 ——気持ちで負けている。だめだ。危険だ。


「聡くん! 逃げろ。スミスは危険だ! 逃げるんだ」


 飯塚はスミスに向けて弾丸を放つ。その一発が、彼の左肩に被弾した。スミスは、雪にどっさりと倒れ込んだ。しかし——。


「飯塚くん。キミたちが、防衛しているのと一緒で、僕だって、色々と考えているのだよ?」


 若いスミスの肉体は強靭だった。破れたシャツの合間から見えるのは、防弾チョッキだった。九九式の弾を食らってもなお、すぐに起き上がれるその強靭さに、飯塚は息を飲む。


 ——おれたちは勝てないのか。この男に……。


「負ける時は負ける。これは致し方ないことなんだ。けれど、自分の気持ちを折ってしまってはいけないよ。勝負を投げてしまったら、そこで終わりだ」


 まるで耳元に菱沼がいるみたいだった。彼の声が耳元で聞こえてくる。


 ——そうだ。おれたちは負けるわけにはいかないんだ。


 飯塚は腕時計に視線を遣る。スミスは限界だ。自分はスミスよりも後に変身したのだ。飯塚はそれを待っていたのだが、そうは言ってもいられない。目の前の聡が危険にさらされているのだ。


 聡の元に寄っていったスミスは、ぶるぶると震えている彼の手から20式を取り上げると、飯塚に銃口を向けた。聡はその場に尻もちをついた。


「す、すみません——。飯塚さん。おれ、おれ……」


「いいんだ。聡くん。キミは頑張った。ここからはおれの仕事だ」


 飯塚もスミスを狙って小銃を構え直す。。


「こちらは実弾だよ。ミスター飯塚。さあ、どうする?」


「実弾だろうとなんだろうと関係ないね。勝負しようじゃないか。スミス」


「受けて立とうじゃないか。僕とキミ。どちらがミスター菱沼の側にいるのがふさわしいのか。勝負しようじゃないか」


 スミスの口元が歪む。二人はほぼ同時に引き金を引いた。


「タイムリミットだ! 飯塚さん! 僕たちの勝ちだ……!」


 聡の声が。二発の銃声が。雪が降り続く鉛色の空にこだました。





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