第46話 北部屋の決戦
「聡くんが無事にスミスをおびき寄せたようだ。——これより、我々はスミス邸襲撃作戦を決行する」
菱沼は振り返り、小田切を見る。彼は小さく頷いた。
「目標、一階北。一人は大柄。例の男だと思われる。もう一人は——萌咲ちゃんだといいね。まあ、そこに萌咲ちゃんがいなくとも、そいつらを捕まえて萌咲ちゃんの居場所を吐かせればいい。小田切、頼んだぞ。幸運を祈る」
菱沼はそう指示をすると、寒さで痛む足を引きずりながら、スミス邸の裏門から、そっと敷地内にからだを滑り込ませた。玄関は南に位置する。北側の部屋を狙うには、裏口からの侵入が最短距離だ。
聡が偵察をして確認してきた監視カメラの位置を目視しながら、二人は庭木に隠れ、塀に沿って移動した。
「作戦第二段階、開始する!」
菱沼の合図とともに、小田切が両手で杖を握りしめた。若かりし姿に変化した小田切は、外壁に備えつけられているブレーカーを打ち抜いた。スミス邸の灯りが一斉に消え、そこは暗闇に包まれた。
「行きます!」
次に小田切は、裏口の鍵穴を打ち抜いた。訪問者を拒否するように、固く閉ざされていた扉は、いとも簡単に開いた。
『非常バッテリーがあるかも知れませんが、最低限の灯りしか戻らないはずです』
聡の予想通り、停電と伴に屋内のあちこちに薄暗い橙色の光が灯る。だが、それもごくわずかなものだ。暗視ゴーグルを装着し颯爽とスミス邸へと侵入していく小田切の背中を見つめながら、菱沼は彼の後を追った。
高齢者の姿の菱沼が、小田切の移動速度に追いつくはずもない。しかし焦ることはないのだ。目的の部屋はたった一つなのだから。
先行の小田切を信頼して任せる。途中、玄関の方から騒いでいる声が聞こえてきた。聡は、はったりで持ち出した小銃を使うと言っていたが、使い方はさっぱりわからないようだった。
スミスという男は抜け目ない。菱沼を襲った男と同一人物であるとすれば、かなりの手練れ。飯塚と聡でどこまで持ち堪えられるか。
——無事でいてくれ。飯塚。聡くん!
すぐにでも駆けつけたい気持ちをぐっと堪えて、菱沼は痛む足を摩りながら、廊下を歩いて行った。
***
「Hey! やっと来たのか。待っていたぜ。あんたには借りがある——」
目的の部屋に到達するまで、小田切は襲撃を受けることがなかった。
——やはり敵は二人。
小田切はそう確信していた。そして、部屋の前で身を潜めると、中からジュニアの声が響いてきた。そっと中の様子を伺うために顔を出すと、暗視ゴーグルが割れた。ジュニアが放った弾丸だ。
「そんな野暮なことするなよ。正々堂々と殺りあおうぜ」
「小田切さん!」
か細い女性の声が響く。
「萌咲ちゃんかい? そこにいるんだね?」
「はい! 私はここです!」
——よかった。無事みたいだ。
小田切は、ほっと胸をなでおろしつつ、周囲に視線を向けた。
「出てこいよ。この前の借りを返すぜ!」
——公園の男か。
小田切はふと廊下の壁に掛けられている鏡に目を止めた。ジュニアの姿が丸映りだ。彼はそれに気がついていないのだろう。萌咲を左腕に抱え、M1ガーランドを右手に持っているようだった。
「キミは僕をよく理解していないようだね」
小田切はそう言った。ジュニアは「What’s!?」と声を荒上げた。
「悪いけど、僕はキミより優秀だ。その証拠に、キミの頬には僕がつけた傷があるじゃないか」
「あの時は……お前がじいさんだからって油断しただけだ」
「油断だって? キミも同じ高齢者なんじゃないのか? ああ、それがキミの浅はかなところじゃないか」
「浅はか、だって?」
「そうだよ。英語で言うと、Fool。お馬鹿さんってことだね」
ジュニアは意味不明な怒声を上げると、小銃を撃った。小田切のところには、一発も被弾しない。それは手あたり次第という言葉が適切だ。
——悪いけど。僕は飯塚さんみたいに、危ない橋を渡るつもりはないからね。……残り一発。はい、終了!
八発目を撃ったジュニアは、必然的に充填作業を行う。その隙ができるのを待つ。小田切は、素早く身を翻し部屋の入り口に屈みこんだ。それから、片膝をつき、九九式小銃を構えたかと思うと、あっという間に一発目を発射した。
「くそったれ!」
案の定、萌咲から手を離し、両手でM1ガーランドを握りしめていた彼は、慌てふためく。
「まったくもってお馬鹿さんだね」
小田切の放った弾丸は、ジュニアの腕に被弾。その衝撃で、M1ガーランドがはじけ飛んだ。萌咲は頭を抱えて床に倒れ込む。
——好機!
小田切はすぐさま排莢を行い、二発目を発射。しかし、ジュニアはその強靭なからだを使い、あっという間にそばにあったソファに身を隠した。
——予想通りの行動だよ!
小田切は銃口をソファからその頭上にある照明に合わせて引き金を引いた。
「うわ!」
ジュニアの頭上から、大がかりなシャンデリアが落下した。
「小田切!」
やっと追いついた菱沼の声が響く。
「まだです。軍曹!」
小田切は、床に突っ伏していた萌咲の元に走った。
「萌咲ちゃん、怪我は?」
「だ、大丈夫です。——え? ええ? お、小田切さん、ですか?」
「今は説明している暇はないんだ——」
そう答えた小田切の足元に弾丸がぶつかる。
「ち」
吹き飛ばされたM1ガーランドはそこにあるのに、なぜ?
小田切の疑問に答えるように、ジュニアが笑った。
「一丁しかないと思ったのか? こんなこともあろうと。こっちに隠しておいたのさ」
ジュニアは小銃を構え、小田切に銃口を向けた。
「悪いな。爺さん。おれは、あんたたちみたいに甘くはない。ここで、この傷の礼をさせてもらうぜ」
ジュニアの人差し指が引き金を引く。小田切が避ければ萌咲に命中するだろう。小田切はその場所を動くことができない。萌咲をかばうようにそこにいた。
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