第39話 聡、秘密を明かす



 菱沼、飯塚、小田切は、三者三様の言い訳を述べ、デイサービスを早退した。外に出ると、聡が運転する白いミニバンが停まっていた。


 菱沼は助手席に。二人は後部座席に乗り込む。聡の顔色は蒼白だ。まるで最初に出会った時——市民公園の雑木林で小林のふりをしていた時のようだった。あの時は、多少、神秘的に見せるためにメイクを施していたと言っていたが、今回は正真正銘、血の気が失せているという言葉がぴったりの顔色だったのだ。


 三人が乗り込むや否や、聡は言った。


「萌咲が行方不明なんです」


 三人は息を飲んで視線を交わす。


「萌咲ちゃんが行方不明って、詳しく説明してくれないか」


 焦燥感に駆られている聡だが、菱沼の穏やかな声色に触れて、心が落ち着いたのか、大きく深呼吸を何度かしてからゆっくりと現状を説明してくれた。


 聡の話だと、萌咲は昨晩から帰宅していないとのことだった。いい年をした大人だ。萌咲の家族たちは、友達の家にでも泊まりに行っているのだろうと思ったそうだ。ところが、今朝になり、萌咲の職場から、彼女が出勤してこないという連絡が入った。その時になって、両親は初めて慌てたそうだ。すぐさま、懇意にしている聡のところに連絡が入り、彼はこうして心当たりを探し歩いてるのだそうだ。


「藤東さんたちも探してくれているんですが。どうにもこうにも見つからないんです」


「国まで動いちゃうの? 言葉悪いけど、聡くんの幼馴染が行方不明って、防衛省が動く案件じゃないだろう?」


 飯塚が口を挟むと、聡は言葉を切った。菱沼は「なにかある」と直感した。


「聡くん。僕たちに隠していることがあるんじゃないのかい?」


「——それは」


「ちゃんと話してくれないと。僕たちは仲間だと思っているつもりだけど。聡くんにとったら、そうではなかった、ということかい?」


 優しい口調ではあるものの、それは、聡に対する痛烈な批判とも取れる言葉だった。聡は「うう」とうなだれる。


「本当に。すみませんでした。僕は、あなた方には都合のいい話しかしていなかったんです。だから、こんな風に巻き込んでしまって。何度も危険な目に遭わせてしまいました。本当にすみませんでした」


 彼は深々と頭を下げる。三人は互いに顔を見合わせた。菱沼にはわかっていた。聡がなにか肝心な部分を隠して話をしていることを——。


「話してくれるね?」


「——はい」


 聡は低い声で、淡々と言葉を紡いだ。


「この小銃技術に制限をかけたのは、おれの曾祖父です。藤東さんの話ですと、当時、陸軍上層部はその制限を解除し、実戦投入するようにと、曾祖父に迫っていたようなんです。しかし、曾祖父は師である斑目先生と伴に、この技術を封印することを決めたそうです」


 ——少尉らしい決断だね。


 菱沼は、小林の柔らかい笑みを思い出した。やはり彼は彼だったのだ。


「そんな矢先に曾祖父は戦死しました。もしかしたら、上層部の言うことをきかなかったことが原因かも知れません。真相はわかりませんが、研究所の空爆で曾祖父が死んだことによって、制限を解除する鍵の存在を知るのは、斑目先生だけになったのです。ですが、彼もまた、死にました」


「その時の記事がこれだろう?」


 小田切がメモ帳を取り出すと、聡は「よく見つけましたね」と笑った。


「国が躍起になって、何年もかけて真相解明をしているというのに。もう見つけたんですか。小田切さんにはかないませんね」


「しかし仮説の域を出ないものばかりだよ。僕たちの力では、ここら辺が限界だ。結局、小銃の謎も遺伝子が関連しているんじゃないかって仮説は立ててみたんだけど。真相はわからないしね」


 小田切の言葉に、聡は目を見開いた。


「そこまでたどり着いたんですね」


「え? 当たっているの?」


「当たりですよ」


 聡は苦笑した。


「小銃の力を解放するには、ある特定の資質が必要なんです」


「やっぱり。誰でも扱えるわけじゃないんだ!」


 小田切は自分の仮説が正しかったことに目をキラキラと輝かせた。


「そうです。自衛隊員の実験で、小銃を握ってもなにも起きない被検体が複数名確認されたのです。いろいろと調べた結果、どうやら小銃の力を解放するには、この九九式小銃を扱ったことのあるDNAが必要なのではないかという答えにたどりついたのです」


「つまり——戦争経験者の血を引く者だけが扱えるってことだね」


 聡は「そういうことになりますね」と言った。


 ——やはりね。だから、僕らは難なく扱えるんだね。じゃあ。


「そうです。おれも一応は解放することはできたんです。けれども——」


「なんだい?」


 菱沼は「あ」と声を上げる。


「吉成の時の……。だね」


「そうです。そもそも若い人間が、この小銃の力を解放すると、強すぎる力に飲み込まれて、自我を保てなくなるパターンが非常に多くみられます。藤東さんは、だからあなた方に預けておきたかったんです。でも、上の政治家さんたちがうるさくて。案の定、自衛隊員でこの小銃をうまく使いこなせた人間は一人もいませんでした。小銃から流れ込む力を加減する制御装置を開発しているのですが、なかなかうまくいきません。ですから、菱沼さんたちが一番適材なんですよ」


「やれやれ。参ったねぇ」


 飯塚はどことなしか自慢気に言った。「だから、おれたちに寄越せばいいんだ」と言わんばかりだった。


「力を抑え込む制御装置と、既にかけられている制限を解除する仕掛け。なんとも矛盾だらけで難しい作業だね」


 聡の話に耳を傾けていた小田切は身を乗り出して聡に問いかけた。


「それよりも、解除の鍵だ。僕は斑目先生のDNAが鍵なんじゃないかって思ったんだ!」


 彼の気迫に押されて、聡はからだをのけ反らせる。


「まあまあ、落ち着いて」


 飯塚は小田切を捕まえて、席に引きずり戻す。


「それも正解です」


「国の力をもってすれば、子孫は見つけたんだろうね?」


「それは——はい。その通りです」


 聡は言葉を切ってから頷いた。三人は興味津々で彼を見つめる。特に小田切は、自分の推理の結果が、今ここで真実に変わるのだ。こんな至福の時はない。期待に胸膨らませているかのように、瞬きもせずに聡を見つめていた。



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