第38話 小銃の秘密
「あの小銃には、遺伝子を読み込む機能が備わっているんじゃないかって思ったんです」
小田切は眼鏡をずり上げてから、そう言った。
「詳しく説明してくれ」
「聡くんは、わざわざ僕たち三人を見つけ出して、実地試験を始めたって言っていましたよね。あの時は、僕たちが戦争経験者だからだろう、と思っていましたけど。もしかしたら——というか、きっと確実に。力を解放して扱うためには、なんらかの条件をクリアする必要があるのではないか、と思ったのです」
「確かにね。誰でもいいなら、僕らじゃなくてもいいんだ。高齢者なんて、日本全国どこにでもいるからね」
「でも聡くんは僕たち三人を選んだ。これはどういうことか。僕たち三人の共通点はなんですか?」
「——戦争経験者」
菱沼の回答に、小田切は「そうです」と頷いた。ぽかんとしている飯塚は置いてきぼりだが、小田切は知らんぷりをして話を続けた。
「じゃあ、なにかい? 小田切くんは戦争経験者だけが、あの杖——小銃を使えるとでもいうのかい?」
「そうです。まあ、僕の仮説ですけど」
——あの九九式を扱うには、戦争経験者の血が必要だというのか。
「戦争経験者はだんだんと減っていますし、高齢化しています。僕たちみたいに動き回れる元気な高齢者は稀少価値が高かったのかも知れません。それで聡くんは、僕たちを選んだ——」
小田切の意見は一理あるだろう。ここでやっと「だけどさ」と飯塚が口を挟んだ。
「戦争の生き残りは減る一方だぞ。もし、その条件が必要だっていうなら、せっかく研究したって使える人間が限定的だし、これから増える可能性はゼロだ。国は意味もない研究に金を投じているっていうのか?」
「ですからね。そこが鍵なんです」
「また鍵か! 謎、謎、謎。謎ばっかりだな。戦争経験しているかどうかなんて、そんな簡単に判別できるもんか! ——あ!」
飯塚は苛立ったように声を荒上げたが途中で言葉を切った。
——そうだ。一つだけある。
菱沼の物言いだけがな表情に、小田切は小さく頷いた。
「そうですよ。軍曹。僕たちのからだには、色々な記憶、情報が刻まれている」
「遺伝子——だね」
小田切は満足そうな笑みを見せる。彼の執念は凄まじい。よくここまで考えたものだ——と菱沼は思った。
小田切は昔から、一つの物事に執着する気質がある。天田少佐のところから焼き芋をくすねてきた逸話だけが記憶に焼きついているが、よくよく思い返してみると、研究には熱心な男だった。
ただし、少々突拍子もないことを思いつくおかげで、「変り者」扱いされていたことは言うまでもないが。
「最初、あの小銃には生体認証の機能があるのではないかと思いました」
「整体? 整体マッサージのことかい?」
「飯塚さんの冗談に付き合っている暇はないんです。黙っていてください」
「なんだよ!」
飯塚は本気で勘違いをしているようだ。両腕を組むと、ぷんとそっぽを向いた。
二人の間を取り持ちたいところであるが、小田切の話の続きが気になるところだ。飯塚はそっとしておいて、話を進めるようにと小田切に促した。
「生体認証とは、人の声や指紋など、個人を特定する技術です。聡くんは僕らを被験者に選んだんだ。僕たちじゃないとあの小銃を動かせないと思ったんです。けれど違った。藤東はそれを持ち帰り、自衛隊員に使わせると言っていましたよね。つまり生体認証の線は消えますね」
飯塚は小田切の矛盾に首を傾げるばかりだ。
「ちょ、ちょっと。どういう意味だ? もっとわかりやすく説明してくれ!」
「だから今説明しているじゃないですか」
小田切は飯塚を怒鳴りつける。さすがの飯塚も、その迫力に気圧されて首を竦めた。菱沼は苦笑して、「まあまあ落ち着いて」と小田切を宥めた。
「つまりね。小田切くんが言いたいのは、あの小銃は『僕らも使える』けれど、『僕らと同じ条件を持つ人も使える』ってことだ」
「そうなんです! 生体認証ではない、ということは、残るは遺伝子。そう、遺伝子しかないのです」
——僕らのからだに刻まれている戦争の記憶。それが小銃を動かすというのか。
「遺伝子は子孫へと受け継がれていきます。吉成みたいな若者だって、戦争経験者の遺伝子を受け継いでいれば、杖の能力を発動させられます。どうです? なんだかすっきりしませんか!?」
確かに、小田切の言う通りだった。菱沼の頭の中の霧が引いていく。バラバラに散らばっていたパズルのピースが、然るべきところに収まっていった。
「当時、遺伝子の分野は発展途上でした。DNAの構造が解明されるのは、終戦後の話です。ですが小林少尉は、もしかしたら、そういった個人が保有する情報を判別できる機能を、この小銃に付加したのではないか——と考えたのです」
「当時、そんな革新的なアイデアを考え、しかもそれを実現していたなんて」
菱沼は言葉を飲み込んだ。
なにせ、自然界の気をため込む小銃の技術を発案する男だ。正直に言えば、常軌を逸している。ある意味、マッドサイエンティスト。菱沼の脳裏には、まるで壊れたテレビ画面のように、小林の顔がジリジリと見え隠れする。
爽やかな笑みを浮かべる小林の顔が、まるで悪魔のような様相に変化する。自分が知っている彼の姿は偽りだったとでもいうのだろうか。菱沼は妄想を振り払うかのように、首を横に振った。
「もし遺伝子が鍵になるというなら、制限を解除する鍵というのも、遺伝子という話になりそうだね」
「それを持っていたのが——斑目か」
飯塚の言葉に、小田切はゆっくりと頷いた。
「奴らは、それを知っているのだろうか」
「それはわかりませんが。僕らを殺しても手に入れると言っていた意味はなんでしょう? その鍵となる遺伝子が、僕らの誰かが持っているとでも考えているのでしょうか」
菱沼は、そこでやっと一息ついた。先ほどから、小田切の話に夢中になっていて、息をすることすら忘れていたのかも知れない。からだに力も入っていたのだ。膝がぴりっと痛んだ。
菱沼の隣に座っている飯塚は、両腕を後頭部で組むと、ソファにからだを預けた。
「ちぇ。でも斑目の子孫は行方知れずなんだろう? 生きているのか、死んでいるのかもわからない人間を、どうやって探すっていうんだよ」
三人は結局、「これが限界だ」と言い合って、ソファにからだを預けた。
「でも——。名無しくんたちが、おれたちの遺伝子も狙っているとしたら。あの杖を藤東に返しちゃって、おれたち丸腰だ。襲撃を受けたら、あっという間にお陀仏ですよ」
「それはそうだが……。妙に静かだね。あれから、おかしな事件が起こっていないようだし。まるで嵐の前の静けさだね」
——ミスター
新聞を折りたたんで考え込んでいると、菱沼のポケットに入っていたスマートフォンが震えた。菱沼は慌ててそれを取り出す。
画面には、聡の名前が表示されていた。彼から連絡が来るなど滅多にないことだ。しかも、今日はデイサービスの日だとわかっているはずなのに。
——とてつもなく嫌な予感がするね。
背中を伝う冷たい汗を感じながら、菱沼は通話をタップした。
「もしもし。菱沼です」
「あ! 菱沼さん。すみません。あの、先日は藤東さんが——すみませんでした! 本当に、本当にすみませんでした!」
聡は慌てているようだった。菱沼の様子を心配げに見守る飯塚と小田切に目配せをしてから、努めて明るい声で返した。
「それは——もういいじゃないか。僕たちは別に……。あの小銃にこだわりがあるわけじゃないよ。ただ、僕たち三人を選んでくれて、聡くん。ありがとう。僕たちは、束の間の夢を見せてもらったよ」
「そんな。束の間の夢だなんて、言わないでください。あの、どうか。どうか……お願いがあるんです。菱沼さん。今一度、力を貸していただけませんか? 僕を、いや。萌咲を助けてください!」
電話越しの聡の声は、泣きそうなくらい情けなかった。
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