第37話 名探偵小田切


 九九式小銃を藤東に手渡してから、一か月が経過しようとしていた。三人の生活は平穏さを取り戻した。しかし菱沼は、萌咲に連絡を取ることはなかった。


 聡が萌咲に恋心を寄せていることを、菱沼は気がついていた。聡のように輝く未来が待っている若者と過ごすほうがいい。


 更にここのところ、小銃を使った反動で体調を崩したり、茶箪笥のガラスを割ったりと、娘に心配をかけることが増えている。そのおかげで、娘は菱沼の担当である介護支援専門員に相談をし、介護保険の区分を見直すという話にまで発展してしまっていた。


 娘を咎めるわけにもいかない。そもそも、自分が仕出かした結果である。まさか、小銃を抱えて走り回っていた——なんて言えるはずもなく。菱沼は黙って騒ぎが収まるのを期待しつつ、静かに過ごしている最中だったのだ。


 梅沢市では、この時期に大雪が降る。窓の外では、綿菓子のような雪が空から次々に舞い降りてきていた。昨日から降り続く雪のおかげで、辺り一面は銀世界だった。


 今晩はクリスマスイヴ。師走に入り、巷はクリスマス一色だ。ニコニコデイサービスの中にも大きなツリーが飾られて、クリスマスの音楽が流れていた。


 しかし、その賑やかさに反して、デイサービスの利用者は少ない。真桜まおの話だと、冬場は体調を崩したり、自宅での生活が難しく、施設に一時的に入居したりする人が増えるという。いつもは菱沼に懐こい笑みを見せてくるスミスの姿も見受けられなかった。


 小銃を手放した当初は、ぐずぐずと言っていた二人も、すっかりと大人しくなり、三人で顔を合わせれば、他愛のない話をする日常に戻りつつある。


 いつものように、新聞を読みながらソファに座っていると、飯塚がやってきた。お互いにからだの調子を確認し合う。するとそこに、今度は小田切が神妙な顔つきで現れた。


「おいおい。どうしたんだよ。小田切くん。なんだか今日は、ちょっといつもと違って男前じゃないか」


 飯塚は揶揄うように笑ったが、小田切は相手をしない。そのまま飯塚とは反対側の菱沼の隣に腰を下ろした。


「飯塚さん。そんな場合じゃないんですってば。——あの。すみません。怒られるとは思ったんです。……けど。どうしても気になってしまって」


 小田切はそう言うと、鞄の中から小さいメモ帳を取り出した。


「なんだい? 小田切くん」


 菱沼はそっとそのメモ帳を覗き込んだ。そこには小さな新聞の切り抜きが貼られていた。


「これは——。随分と古そうな記事だね」


「やっぱり気になったんです。もしかしたら聡くんたちは、すっかり鍵の謎を解いているのかも知れませんけれど。どうしても鍵の件が引っかかっていて、調べてみたんです」


「小田切くん」


 菱沼は大きくため息を吐いた。


「もうその件は忘れなさい。僕たちには関係のない話だよ」


「でも——聞いてください。これで終わりにしますから」


 小田切はそう言ってから、二人の顔を交互に見つめた。


「この記事は、斑目の死について書かれた記事です」


「病死なのに? 記事になっているの?」


 飯塚が目を丸くすると、小田切は「病死じゃなかったんだ」と言った。


「1947年の東京紙をずっと調べていたんです。そうしたら——出てきましたよ。これが」


 菱沼たちはその記事を見つめる。そこには、斑目が病死ではなく、自死したと記載されていたのだ。


「自殺——なのかい?」


「この記事にはそう書かれています。斑目征夫は、自宅の書斎で拳銃により自殺を図ったと書かれています」


「なんてことだ」


「本当に自殺なのか?」


 飯塚の問いに、小田切は首を横に振った。


「真相はわかりませんが。でもおかしくないですか。小林少尉が託した相手が、自殺だなんて。託されたのに、放棄したってことですよね?」


 菱沼は「いや。そんなはずはない」と首を横に振った。


「小林少尉は命を賭して研究の秘密を守ろうとした。それを託す相手は、それ相応の人物ではなくてはいけないはずだ。となると、斑目は信用に値する人間でなくてはいけない。その彼が自殺したとなると——」


「秘密を守ろうとした——ってことになりませんかね?」


 小田切の言葉に、飯塚は「鍵だ!」と両手を鳴らした。


「研究内容だけじゃなくて、鍵も斑目が持っていたんだ。彼は鍵を守るために死んだんだ。鍵は彼が始末したのかも知れませんね。あー。その線が濃厚だ。信頼できる人物なら、そう易々と鍵を残すはずがありません。やっぱり、もう鍵はないんだ……」


 飯塚は「あーあ」と残念な声を上げる。しかし小田切は首を横に振った。


「僕はこの一連の事象について、総合的に考えてみたんです。で、ふと思いついたことがあって。……僕の推理を聞いてくれますか?」


 彼は得意げに眼鏡をずり上げると、声の調子を落とした。


「小銃の秘密。鍵。託す。人。……色々なことを考えた結果、僕は小銃の秘密に気が付いたんです。それらが明らかになることで、鍵にたどり着くのではないか。そう思いました」


「小銃の秘密ってなんだ」


 飯塚は待ちきれないように小田切を急かす。しかし、彼は神妙な面持ちのまま「導き出した答え。それは——」と言った。


 飯塚がごくりと喉を鳴らす。


「それは?」


 菱沼も小田切の口元を見つめた。フロアに響くクリスマスソングも耳に入らない。まるで三人のところだけ、時が止まってしまったかのように感じられた。







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