第2部
第24話 不穏な空気
X日午前1時半ごろ、梅沢市松田下交差点にて、大型トラックが横転していて道を塞いでいるという110番があった。梅沢市警によると、大型トラックは単独で横転したとみられ、運転手が病院に運ばれた。
運転をしていた同市鷹野原四丁目、運送業吉田義男さん(56)は腰の骨を折る重傷だが、命に別状はなかった。「青信号になり左折をしようとしたところ、横からなにかぶつかるものがあり、その衝撃で横転してしまった」という。警察の調べによると、吉田さんの運転していたトラックの右側面が大きくへこんでおり、その原因を調査中。この事故の影響で、松田下交差点は午前8時過ぎまで通行止めになった。
***
XX日午前7時ごろ、梅沢市内にある県立高等学校校舎で、窓ガラスが割られているのを出勤してきた教師が発見した。警察によると、割られていた窓ガラスは合計30枚以上にも上るという。警察では悪質な悪戯とみて、捜査を開始している。
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XXX日午後10時半すぎ、梅沢市中町一丁目にある梅沢銀行本店に銃弾のようなものが撃ち込まれた、と110番通報があった。警察が駆けつけたところ、シャッターに複数の弾痕とみられる直径数センチのへこみが見つかった。周囲に不審な人影はなかったという。
通報者は、向かいのビルに常駐している警備員の男。「パンパンと何かがはじけるような音が数回聞こえて、驚いて外に出てみると、銀行のシャッターがへこんでいるのが見えた」と説明しているという。署では、犯人につながる情報が少ないため、情報提供を呼び掛けている。
***
三枚の新聞の切り抜きを取り出したのは、小田切だった。菱沼と飯塚はそれを囲んで腕組みをした。
「ちなみにこちらが、僕たちの起こした事件の記事です」
小田切は声を潜めてから、もう二枚を取り出した。市民公園でのトラックの単独事故。それから、ニコニコデイサービス駐車場で起きた吉成の事件。
吉成の件については『女性に対して、ストーカー行為をしていた彼が逮捕された』、と書かれているものの、周囲に残された不思議な弾痕について触れられていた。
「この三つの記事と我々の記事をどう見ますか?」
「どうって——ねえ?」
飯塚は菱沼に話を振って来る。菱沼は並んでいる5枚の切り抜きを交互に眺めた。
「変だねえ。僕たちが起こした事件については、銃のことが一切触れられていないね。トラックにしろ、駐車場にしろ、弾痕はあったはずだね。——それにしても。こっちの三つの事件はどうだ。不可解だね。こんなにも続くなんて」
小田切は神妙な面持ちで、菱沼と飯塚を見つめていた。
「まさか、お二人のどちらかじゃないですよね?」
菱沼と飯塚は顔を見合わせた。
「我々が? どうして?」
「小田切。ひどいじゃないか。おれたちがやったみたいな。失敬だな。本当に」
飯塚は、半分怒った口調で小田切を非難する。小田切は両手を振った。
「いえ。念のためですよ。念のため」
「念のためって。自分の事は棚に上げて? ひどい。ひどいですよねぇ、軍曹」
飯塚は菱沼に同意を求めてきた。菱沼は弱ったように笑みを見せてから、記事に視線を落とした。
「よく見つけたものだね」
「僕も気がついていなかったんです。けど、二つ目の事件くらいから、『あれ?』ってなりまして。それから注意していたんです。そうしたらこれです。この三つ目の事件はまさに、二日前に起こっています」
「どの事件も、まるで撃つのを楽しんでいるようだね」
「悪質です。最初のトラックに至っては、運転手は重症ですし。ガソリンタンクでも打ち抜いていたら。辺りは火の海になっていかも知れません」
飯塚は記事を持ち上げた。
「このどれもが、弾痕が残ってはいても、肝心の弾丸がないというわけだろう? つまり。もしかしたら——」
「そうだね。僕たちが持つ小銃のような仕組み——。あの夜のM1ガーランドを持つ者も仕業かも知れないね」
三人は視線を合わせた。
「図書館に行って、過去の記事を調べてきたんです。銃がらみの事件は、田舎では珍しいようで、ほとんど見受けられませんでした。ですが、あの夜以降、こうして三件も立て続けて起きているじゃないですか。これは異常です。偶然なんかじゃない。なんらかの陰謀が隠されているに違いありません」
小田切はそう断言した。菱沼と飯塚は視線を合わせてため息を吐いた。
「僕たちでM1ガーランドの所有者を確保する——なんてこと、考えていないだろうねえ」
菱沼がそっと尋ねると、小田切は「さすが。軍曹。話が早いです」と答えた。
「これは僕らに対する挑戦かも知れませんよ。あの夜。確実に敵は僕たちの行動を読んでいた。それに、飯塚さんの妨害もしてきたではないですか。あちらも、僕たちの存在に気がついているわけです。これは宣戦布告ではないでしょうか。いいんですか? このままで」
「小田切~。そうは言っても。どうしろっていうんだよ。おれたちは素人も素人。しかも、棺桶に片足突っ込んでいる老いぼれだぞ? どうやってその犯人を見つけて、とっちめるっていうんだい」
「それは——」
飯塚の言葉に、小田切はそこまでは考えていなかったのだろう。少々声色がトーンダウンした。菱沼は「まあまあ」と二人をたしなめた。
「確かに、これはなにかしら、犯人からの意志表示なのかも知れない。だが、それが我々に向かっているかどうかは、まだ未確定だ。僕たちは、僕たちにできることをするしかないんだよ。もう無茶できない年なんだからね」
「それは否定できません」
「同感です」
飯塚と小田切はその点は同意見のようだ。するとこちらに
「この話は、また後で」
「お三人方、今日はまた、なんの悪だくみしているんですかぁ?」
真桜は胸に「相談員」と書かれた名札をぶら下げている。萌咲が退職して、次にその席に座ったのは彼女だった。
場の雰囲気を作るのは人だ。人が変われば雰囲気も変わる。萌咲が退職して1か月。彼女がいた時と、サービスの質は変わっていないものの、なんとなく居心地悪く感じるものだ——と菱沼は思っていた。
「真桜ちゃんも入る?」と明るい声で問いかけると、真桜は困ったような声色で言った。
「またぁ、難しい話じゃないんですかぁ」
「戦争の話だよ」
飯塚がそう答えると、真桜は苦笑いをした。
「私ぃ、頭悪いからぁ、そういうお話はちょっとぉ……あ! そろそろおやつの時間ですねぇ。私、いってきまぁす!」
「あ、逃げた」
小田切の言葉に、真桜は手を振って走って行ってしまった。
「萌咲ちゃんがいなくなって、ずいぶんとデイサービスの雰囲気も変わっちゃいましたね」
飯塚はため息を吐いた。
「萌咲ちゃん、元気なんですかねえ……」
飯塚の問いに、菱沼は「そうだねえ」と軽く返し、それからソファに背中を預けた。
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