第19話 現れた犯人



 動画を見終わってから、小田切が言った。


石桁いしげたが怪しくないですか? いつも萌咲もえちゃんよりも遅くまで残っているから、ロッカーに忍び込むのも可能じゃないですか。それに、彼は萌咲ちゃんのことが好きなんじゃないかって思います。他の職員よりも当たりが強いのはそういうことでしょう?」


「いいや。彼は違うね。おれの人を見る目は当たっているんだ」


 飯塚はそれに反論した。


「じゃあ、なんで萌咲ちゃんに冷たいんですか」


 二人が言い合っているのを眺めてから、菱沼はその間に割って入った。


「——石桁くんは、萌咲ちゃんに期待しているんだよ。だから、余計に厳しく接するのかも知れない。『キミなら、もっと出来るはずだ』ってね。それに、どうだい。こんなことが起こって、心配もしてくれているようだし。僕も石桁管理者は犯人ではないと思うね」


「なんと。まるで天邪鬼じゃないですか」


 小田切は驚いたような声を上げるが、飯塚は「そらみろ」と呟いた。


「動画を見た限り、萌咲ちゃんよりも遅く居残りをしている職員は、女性職員というよりも男性職員が多いようだ。最後まで残っている石桁くんが怪しいのはもちろんだが、女性職員がいなくなった更衣室に、男性職員が入り込んだって誰にも見つかりやしない。そう考えると、石桁くん以外の男性職員にだって、犯行を行うことは可能だということだね」


「それは——そうですね。確かに。女性職員が退勤してしまえば、更衣室に入るのは、犯人くらいなものです。誰かと鉢合わせにならずに、萌咲のロッカーを開けられますね」


 聡は首を捻った。


「しかし。動画を見ましたが、怪しい男性職員なんていたでしょうか。萌咲と一番接点があるのは、やっぱり石桁です」


「接点があるなしは関係ないんじゃないかな。聡くん。リモコンを借りてもいいかい?」


 菱沼は聡からリモコンを受け取り、動画を早送りしてみたり、巻き戻してみたりする。他の三人は、彼がなにをしようとしているのか、さっぱりわからないとばかりに、黙ってその様子を眺めていた。


「石桁くんは、少々照れ屋さんだろうね。あの年代で独身の男性は、不器用な人が多い気がするよ。きっと彼もその類だと思うんだ。だけど、管理者として理性的な彼が、気持ちを打ち明けられないからと言って、萌咲ちゃんのロッカーを無断で荒らす行為をするとは到底思えない」


「でも、積極的に犯人を捜そうとはしていないんですよ」


 聡の問いに、菱沼は小田切を見た。


「先日、小田切くんが言っていた通りの理由だと思うよ。職員から犯人が出てしまったら。彼が責任を取らなくちゃいけないだろう。管理者としては、あやふやにしたい気持ちも強いはず。しかし、萌咲ちゃんのことも心配。彼はきっと、その狭間で揺れ動いているに違いないね。——ほら」


 菱沼が止めた場面には、笑みを浮かべて萌咲と会話をする石桁が映っていた。彼の瞳には、萌咲を労わるような、優しい色が浮かんでいる。


「——ああ。軍曹のおっしゃる通りですね」と飯塚が言った。その場の全員が、根拠はないものの、石桁が犯人ではない、と確証した瞬間だった。それを確認してから、菱沼は更に動画を早送りする。


「犯人はね、きっと彼女になかなか話しかけられないくらい内気で、自分の殻に閉じこもっている人間……」


 菱沼は先ほど、違和感を覚えた場面のところで動画を止めて、三人を見渡した。


「萌咲ちゃんの動画を追っていくと、映っている人物がいるとは思わないか?」


「え?」


 聡は慌ててリモコンを受け取ってから、先ほどの菱沼と同じ動作を繰り返した。それから、「あ」と声を上げる。


「この男——ですよね?」


 聡が画面に映し出した男は、デイサービスの職員である吉成だ。飯塚と小田切も、目を凝らして動画を見つめる。


「確かに。彼は、いつもどこかに映っているねえ」


「ということは、萌咲ちゃんのそばにいるってことだ」


 小田切の言葉を受けて、飯塚は腕組みをして唸った。


「こういう大人しいタイプは、激昂すると何をしでかすかわからない。内に秘めたるものがあるものね」


 小田切は眼鏡をずり上げてから、「萌咲ちゃんに恋心を抱いているんじゃないかしら」と言った。菱沼もそれに同意するかのように頷いて見せた。


「先日も彼が失敗をした時に、かばってくれていたのは萌咲ちゃんだった。彼女としては、客の前で見苦しい姿を見せたくないという意図が働いているのかも知れないが。男性側からしたら、勘違いすることもあるかも知れないね」


 三人の話を聞いていた聡は、「じゃあ」と声を上げた。


「ここはひとつ。仕掛けてみませんか?」


「仕掛ける——だって?」


 菱沼は聡を見据えた。


「吉成と萌咲を二人きりにするシチュエーションを作るんです」


「シチュー……? 食べ物かい?」


 相変わらず横文字が苦手な飯塚が口を挟むが、聡が「場面のことですよ」とあっさり言った。


「そこで吉成が仕掛けてきたら、一気に叩くんです」


「萌咲ちゃんをおとりにするというのかい? 僕は反対だな」


 菱沼は眉間にシワを寄せた。しかし、小田切は難しい表情のまま唸る。


「僕も聡くんの意見に賛成ですよ。こういった案件は、現場を押さえるのが一番ではないですか? 現行犯じゃないと。デイサービスの建物の中でなにかあったら、我々部外者では対処できませんよ。このままでは、萌咲ちゃんを守るのは難しいと思います」


 小田切の言うことは「最もである」ということは、菱沼も理解している。しかし、萌咲を危ない目に遭わせるのではないかと心配になってしまうのだ。


「仕掛けさせましょうよ。軍曹。おれたちが完全に守り切れる場所を設定してやるんです。我々が圧倒的に有利になるように。屋外がいい。我々は利用時間外で、あの建物に入ることは困難だ」


「僕たちの都合のいい場面設定にすれば、作戦は上手くいく」


 飯塚と小田切の説得に、菱沼は渋々了承した。聡は、パソコンでデイサービス周囲の地図を表示した。


「幸い、デイサービスの付近には、三階建て以上の建物が二つあります。このどちらかに飯塚さんを配備するのはどうでしょうか。吉成を職員駐車場に、おびき寄せるんです。どちらの建物からも駐車場は、九九式の射程はカバーできる」


「障害物もない。確実に吉成を狙える——というわけか。しかし。この小銃で人を撃っては危険があるのではないか」


 菱沼の質問に聡は首を横に振った。


「実は、この小銃には実弾が入っていません。発射されるのは、小銃にそもそも込められている自然界に存在する気です。物に当たれば弾痕が残りますが、人に当たった場合、それは体内に吸収されます。まあ、衝撃で気を失うとは思いますけれど。それを利用すればいいんだと思います」


「なるほどね。痕跡も残らないということだね」


「当たった場所は、それ相応の打撲痕にはなると思います」


「なんだか気が引けるね」


「軍曹。そんなこと言っている場合ではありませんよ。萌咲ちゃんが狙われているんですからね」


「しかし、それでもし。吉成が犯人ではなかったら、どうするんだ?」


「まずはデイサービス内で、噂を流しましょう。そうだな『萌咲が結婚をする』とでもしましょうか。吉成は慌てるでしょう。きっと耐え切れなくなって萌咲になにかアプローチを仕掛けてくると思うんです。噂を流すのは僕が引き受けます」


「聡くんが? 噂って。どうやるんだい?」


「まあ、任せてくださいよ」


 彼は胸を拳で叩く。確かに、細やかなことは、自分たちには困難である。ここは若い彼に任せてみよう。菱沼はもう一度、地図に視線を落とす。


「一度現場を確認しよう。このビルに飯塚を配置。小田切と僕は駐車場待機。萌咲ちゃんの救出と、吉成の取り押さえを行う」


「承知!」


 こうして四人はN号作戦の最終局面を迎えることになった。





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