第32話「欺瞞」

 美幸の部屋でテーブルの向かいに座った少女は、怪訝そうな瞳で美幸を見つめた。

 落ち着いた美幸と対照的に灰色の髪を少女は神経質にかきむしると、美幸の顔を妬ましそうに見た。


「あんた、今自分がやってることが分かってるの?」

「その前に名前は?」

「灰崎カンナ」


 美幸はテーブルにお茶とお菓子を出すと、優しげな眼でカンナを見つめた。


「それでどういう意味なの?さっきの」

「ハッ、わかんないんだキャンバスの正体を……」

「キャンバスの正体?」


 神経質だったカンナは急に態度が変わり、テーブルに身を乗り出した。美幸はその態度に妙な違和感を感じた。


「そもそも勝てば願いを叶えられるって誰が保証したの?」

「確かに……」


 美幸は自分のこぶしを握り締めると、カンナの言い分に耳を傾けた。

 

「あんたキャンバスに騙されてんの。本当は願いなんて叶わないの」

「そんな――!」


――


 朝日が照らす中、桃華は紫の家の門をくぐると、執事に案内されて豪華な客室に通された。おしゃれなテーブルにはスコーンと紅茶が並んでいた。


「どうしてまたあたしのところに来たの?」

「紫パイセンが心配で……」


紫は足を組みながらカールのかかった髪を指でくるくるかき回した。対する桃華は神妙な面持ちで彼女の向かいに座った。


「アタシ思ったんすけど、キャンバスに願いをかなえてもらう必要ないと思うんす」

「何をいまさら……」


 紫はさらに神経質な面持ちで桃華を睨むと、ティースプーンで紅茶を乱雑にかき回した。

 桃華はそれに動じることなく、紫を睨んだ。


「あたしらの夢って本来は、自分の力で叶えるんじゃないかって……」

「それが無理だから、キャンバスに頼っているんでしょ!?」


 紫は、スコーンにフォークを突き刺すと、スコーンがバキっと割れた。その音に動じない桃華は、さらに続けた。

 

「あたしらってそのままの自分でよかったんすよ」

「でもそれじゃ、自分の願いなんて叶えられなかったのよ!」


 ジャリーン!紫がフォークを投げると、振動音があたりに響いた。桃華はそれでも動じることなく、じっと彼女を見つめた。

 

――

 

 昼の陽気があたりを包む中、学校への通学路で悠々と歩く理沙と冴の前に美香が姿を現した。


「理沙ち―ちょっといい?」

「ええけど?」


 ウィンクをした理沙に美香は少し胡乱気な表情で、彼女を見た。


「はぁん、なんか文句でもあんの?」

「ちょっとね、願いのことについてなんだけど」


 二人は脇道に入る――美香は神妙な面持ちで理沙を見つめた。

 一方冴は壁に寄りかかり、2人の様子をにやけ顔で見つめた。


「本当に魔法少女全員の夢を叶えるんだよね?」

「だからそうゆってるやん」


 理沙のやる気のない返事に美香は、怒りを露わにした。


「本当じゃなきゃあたしは理沙ち―の味方できないよ?」

「それならそれでもいいけど」


 美香の怒りに対しても、理沙はあまり動じた様子はなかった。美香はその態度を見ていっそう肩に力が入った。


「今のうちが気に入らないなら、出ていったらうちのチーム?」

「そういうことじゃない!」


 さすがの怒気に理沙は肩を少しすくめたが、すぐにいつもの自身に戻った。

 バン!美香はその様子が気にならないのか、コンクリートの壁を殴った。


「どうしたん、そんな――」

「あたしは、理沙ち―がみんなの願いを叶えてくれるって言ったからついてきたのに!」

「叶えるって言ってるやん」


 理沙の暗い夕暮れのような瞳に、美香は不信感を募らせていった。


「理沙ち―ってさ、前と雰囲気変わったよね」

「そう?うちはうちのままやと思うけど」


 美香は少し肩に力が入ったが、すぐに肩から力が抜けた。その様子を見た理沙は少し頬を緩ませた。


「信じていいんだよね?」

「それは美香次第だけど……」


 ふてぶてしい、理沙の態度に美香は怪訝な表情だったが、踵を返すと通学路に戻っていた。

 その様子を見ていた理沙は少し微笑んだ。


「魔法少女ねぇ……」

――

 横からの日が差す中、いつものファミレスに集まった美幸と八重、カンナは向かい合った席に座っていた、八重の表情は困惑したものになっていた。

「キャンバスで勝利しても、願いは叶わない!?」

「そうみたいなんです、この子が言うには」

「……」 

 

 カンナが髪をむしると八重は優しげな眼で彼女を見つめた。美幸もカンナの肩に手を置くと、彼女は少し落ち着いた様子に戻った。

 カンナはペンと紙を美幸から借りると、そこにキャンバスの中にあった極彩色の大樹と、そこに実るように様々な実を描いた。

 

「僕は他の魔法少女を倒したとき、極彩色の大樹の前に辿りついたのに……」


 カンナは自分の瓶を揺らすと、憎々し気にそれを見つめた。


「やっぱり、キャンバスは嘘をついていたのか……」

 

 美幸と八重は顔を見合わせると、納得したようにうなづいた。カンナはそれに対して、イラついた様子だった。


「そうなら、キャンバスはなんのために?」


 カンナは大樹に描かれた桃色の実にバッテンをつけると、いらだってそのページをぐちゃぐちゃにした。

 八重は苛立つ彼女を手を握った。

 

「キャンバスはただ魔法少女の願いすべてを使って新しいキャンバスを作ってんだよ」

「そんな――!」

「許されないな……」

「「マジなの!?」」


 突然の声に美幸達は振り向いた。そこには紫と桃華が立っていた。


「なんでももちゃんと紫さんが?」

「いやその……あたし達はリタイヤしようと思って」

「リタイヤするのはまだ早いかも」


 いつになくしおれた表情の桃華と、紫は美幸達のいるソファーに腰掛けた。紫のメイクはいつもより自然なもので、桃華の格好もいつもより背丈に似合ったものだった。

 

「てか、その子誰?」

「灰崎カンナさん……彼女も魔法少女だったの」


 カンナの態度に少しいらだった表情をみせた紫だったが、大きく反発することはなかった。桃華もそれにいつものちょっかいを出すことはなかった。

 カンナはテーブルに大樹のイラストの描かれた紙にある実を指さした。


「あの大樹に実ってる光は願いの源なんだよ」


 胡乱気な顔でカンナを見つめた紫だったが、彼女が空の瓶を振ると、紫も納得したようにうなづいた。

 美幸は拳を握りしめると、決意を露わにした。

 

「何としてもキャンバスを止めなければならない……」

「だとしてもどうやって……」


 桃華がそう言うと皆一斉に黙り込んでしまった。誰もが眉間にしわを寄せ、考え込んでいた――しかし、突如美幸は立ち上がる。


「極彩色の大樹をいっそ切ってみるってのはどうでしょう?」

「「え!?」」

「このまま戦い続けても意味がないとしたらそうするしかないんじゃ」

「まぁ、それもありかもね……」


 意外な発想に、カンナは初めて美幸達の前で微笑むと、桃色のジュースの入ったグラスを傾けた。

 八重は美幸の発想に少し疑問を持ったのか、ノートを自分の方へ引き戻した。

 

 

「危険すぎないか?それで魔法少女の願いがなくなったら……」

「でも勝っても僕みたいになるんだよ……」


 カンナの言葉に八重は乗り出していたが、体をソファに傾けた。その様子に美幸は少し反省した態度だったが、すぐに自信を取り戻すと立ち上がった。


「じゃあ、少しキャンバスについて調べてみませんか?」

「その方がいいだろうね……」


 その場に居た魔法少女達はうなづくと席を立った。

 それぞれがスマホを取り出すと、一斉に調べ始めた。それぞれの瞳は仄かに輝いていた。



「なんか怪しい少女の心神喪失事件があったみたいなんすけど?」

「こちらも見つけた……不定期に何回か起きてる」

「でも、一斉に回復した例もある見たいっすよ」


 カンナは必死に検索している美幸達を、あやしげな目で見ていた。桃色のジュースを一気に飲み干す。


「調べても答えなんて出ないかもよ……いっそ美幸の言ったように――」

「あの実を取り返せば、うまくいくと思うんです!」


 美幸の力強い発言にそこに居た魔法少女達は驚いた。その姿に誰もが勇気づけられた。


「まぁ、確かにあたしらがうだうだ悩んでても理沙に倒されるだろうし」

「じゃあ、それで決まりっすね」 


 魔法少女達は方針に納得した様子でファミレスを出ていった……美幸達から見えない席で、理沙はオレンジジュースを片手にふんぞり返っていた。


「はぁん、キャンバスを終わらせる気なんやな?」


 理沙はおもむろにスマホを取り出した……


――END

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