第28話「大樹の果実」
美幸の前に4本の腕から繰り出される斬撃が迫った。しかし、美幸の体に当たる寸前に消え去った。
(結局何秒時間を巻き戻せるかはわからない……でも)
美幸は背後にいる紫達をちらりと見た。2人とももはや戦意を喪失し、へたり込んでいた。緑は拳銃を抜いて構えていたが、腰の瓶には絵の具がほぼ残っていなかった。自動回復で微弱に回復し続けていたが、大きな一手を撃てば、瓶が空になるのは美幸にも分かった。
美幸は3人に極力近づくと、祈った――彼女の盾は溶けて、金の交じった真珠色の絵の具となって剣と融合した。
勇壮な黄金の大剣の柄を美幸は両手で握りしめた。重心の違いに彼女は少し戸惑ったが、本能がそれを抑えた。
サァァァ……美幸の耳に、粒子が収束する音がわずかに聞こえた。
(今!)
美幸は黄金の大剣を地面に突きたてる――リーン!リーン!リーン!三度の祝福の鐘の音と共に、三度の黄金の衝撃波が美幸達を包んだ。
「がぁぁぁ!」
美幸の耳に、冴の悲鳴と共に何かが地面を引きずる音が届いた。彼女は確信と共に背後を振り返ると、冴はすでに飛び上がって構えていた。
「それがお前の新しい武器、アビリティか……いいじゃないか」
「叩き潰したいと思ったから……」
「あ?」
「戦いを望む心を――!」
「――美幸、特別にお前だけを狙ってやる」
美幸は冴の瞳を少し見ると、緑達に立ち退くよう合図を送った。緑達は冴から視線をそらさずに後ずさりしていった。
冴は一瞬だけ緑を見据えると、美幸に向き直った。
黄金の戦士と銀の狩人は、互いの間合いを見計らった。どちらかが一歩足を運べば、もう片方も一歩足を運んだ……
「いいなぁ……あたしもあーいうのほしー」
「よそ見はいけないんじゃ……!」
「うっは!」
バキン!美幸達の戦いに見とれていた美香に八重の槍の穂が迫った――しかし、それは水のバリアをわずかに凍らせるだけで弾かれた。凍った部分もすぐに元の流体へと変換されいく……
八重の表情と彼女の戦況は、重なっていった。
「くそ……」
「バリアの空冷機能を上げてくれてありがと!」
「分かっているのか!?理沙さんは願いを奪おうとしている」
「あとでまとめて叶えるからチャラだよ」
「美香……」
美香の無邪気なウィンクに八重は顔をゆがませることしかできなかった……
――
「なんで!なんで!なんで!……あたしがこんな目に!」
極彩色の密林を黄華は駆け抜けていた。額には汗がびっしり浮かび、茂みを駆け抜けるたび、体中から黄色い絵の具が垂れた。
「うわぁ!」
黄華のフリルの付いたスカートは、極彩色の枝に引っかかり、彼女の体の自由を奪った。
ザザ……ザザ……地に伏せた黄華の耳に、サンダルが砂を散らす小さな音がやけに響いた。
「黄華ちゃ~ん、もうやめにせぇへん?」
「くそ……こんなところで……」
「どこでも同じやろ……」
「え」
理沙の瞳は暮れの夕陽のように暗く、何も宿していなかった。
「あんたなんて、他人がおらんかったら戦えへんやん……」
「ば、馬鹿を利用して、のし上がるのよ!」
「どうせその案も八重か冴の受け売りやろ……」
「……」
「うちは本物の戦士と戦いたいねん……」
理沙は神妙な面持ちで瓶のコルクをはじいた。それですべてを察した黄華は、涙を目じりに浮かべひれ伏した。
「お願い!やめて!お金に興味なくなったら終わりなの!」
「案外そっちのほうがうまくいくんちゃう?……ファイナルペイント!」
理沙の宣誓と共に橙色の波動が広がり、彼女は跳躍した――その両手の間に橙色の絵の具が収束し、焦げついて燃え盛った……
燃える絵の具は小さな天体となり、徐々にキャンバスの太陽の光よりも明るく光を放った。
「いやぁぁぁぁぁ!」
「ほな――」
――
「すぅー……」
ダッ!冴は美幸の呼吸の合間をとらえると、一気に駆け出した――不意を突かれた美幸だったが、その瞳は冴の動きを捉え続けた。
冴は美幸の周りを不規則に動きながら、軽い打撃を加えた――美幸はそれを最小限の防御で防ぎながら、反撃の機会をうかがっていた……
(冴ちゃんは必ず防御しづらいところ仕掛けてくる……!)
(美幸は必ず見たものに反応する……!)
サァァ……冴の体が銀の粒子となって消える……
「だから無駄だって!」
八重はエンチャントを切って美香に攻撃を試みたが、どれも水のバリアに退けられていた。
美香が瓶のコルクをはじくと、たちまち絵の具の波が立ち上がり、彼女を一気に押し上げる。彼女の手元には碧い絵の具の球が収束していた。
放たれた水弾を見て、八重は口角を上げた。彼女は水弾に向かって銀の絵の具を放つ……
流体だった水弾は凍り付き、八重の構えた槍の穂に突き刺さる――彼女の槍は即席のハンマーと化したのだ。
「すごいけど、水のバリアにハンマーはね!」
八重へと落下する美香は、二振りの撃槍を振り上げ、八重の元へと落下していく…
八重は美香のバリアに向かって、銀の霧を放った――美香のバリアはたちまち凍り付き、巨大な氷の球と化した。
「このまま落下しても強いんだけど!」
「ひとつ忘れているぞ……」
「へ?……あ!」
美香が気づいたときには八重は、即席のハンマーを思い切り横薙ぎした。ガシャーン!美香のバリアは砕け散り、飛び散った粉塵はキャンバスの光を反射して煌めいた。
中から現れた美香は態勢を崩し、八重の前にさらけ出される――
一方美幸の周囲が暗くなり、直感が体を駆け抜けた彼女は、地面に突き刺そうとした大剣を振り上げた――
「美香諦めろ!」「そっちがね!」
「はぁぁ!」「ナハハ!そっちじゃない」
八重の槍の穂と、美香の撃槍の柄が激しくぶつかり―美幸の振り上げた剣は、誰もいない赤い霧を虚しく切った。
ズシャ……美幸の背後で不快な音が響いた。振り向くと緑が、背後から冴の曲刀に貫かれていた。
「ぐ、ぶぅあ……赤……場ざん?なんで?」
「お前はシュードラじゃない、戦士だ……だからだよ」
「緑さんが……うそ……」
冴の曲刀はゆっくりと緑の体から抜かれ――その刀身には、翡翠色の絵の具を滴らせていた。
緑の口から翡翠色の絵の具があふれ、彼女が息をするたびに泡を伴った。
「そっが……弱いがら……じゃないんだ……」
少し微笑んだ緑は、糸が切れた人形のようにその場に倒れた――彼女の衣装から色が抜け落ち、燃え尽きた灰のような色と化した……
ゴーン!大きな鐘の音と共に、琥珀色の流星と、緑の胸から発した翡翠色の流星がキャンバスの空を駆け抜けた――それは遥か彼方にある極彩色の大樹に届くと、その枝に果実のように実った。
その場に居る全員が、その光景に目を奪われた……
《この劇的な絵の最後を彩ったのは、翡翠と琥珀の果実だったね》
「黄華は理沙さんがやったのか……!?」
《そうだよ、厄介な敵が減ってよかったね八重》
「くそ……」
美幸は緑の元に駆けよった。抱き上げられた彼女の瞳からは、色が失せて灰色になっていた。
「しっかりして緑さん!」
「へへ、私……もう役立たずじゃないんですよ?」
「当たり前だよ!緑さんにはすごい助けられた!」
「でも、もうないんです……」
「え……」
「人を助けたいって気持ちが、私の中にはもうどこにもないんです……」
緑は涙こそ流していたものの、その意味を自身では理解できていなかった。
漠然と空を見つめる緑に、美幸はむせび泣くことしかできなかった……
美幸達の前を悠々と冴が通り過ぎる――
「卑怯者!」
「先に裏切ったのはそっちだろう……美幸」
立ち止まった冴は、美幸の回答を見透かしていたかのようにニヤリと笑った。
「そっちも……終わったみたいやな」
森の方から向かってきた理沙は、肩に担いでいた灰色の小さな物体を獲物か何かのように地面に放り投げた。
八重は、放り投げられたものが何か一瞬分からなかった。
「……理沙さん!何をしたか分かってるのか!?」
「はぁん、ガールズキャンバスってのはこういうもんやろ?」
理沙は悪ぶれることもなく、自身の方に歩んでくる冴を両手を広げて迎えた。
2人は瞳を交わすと、お互いにニヤリと笑った。遅れてきた美香は、冴と理沙の間に強引に割って入った。
「お前らは重大な契約違反をした……ありがたいことにな?」
「やってよ?」
「理沙ち―こんなやついなくても――」
手を挙げて美香を制した理沙は、歩み出ると美幸達に戦斧を向けた。
「うちには全員の願いを纏めて叶える野心も器も覚悟もある……」
「そんなものは器でもなんでも――」
「黙り八重!文句があるんなら本気で戦え!」
理沙が戦斧を地面に叩きつけると、八重は一歩下がってしまった。
「そういうことだ……これからは――」
「分かった……」
「あ?」
「お前達の野心も、衝動も、まとめて私が打ち砕く……!」
「はぁぁん」
「ナハハ」
極彩色の空間が溶けていく中、美幸の強い意志のこもった瞳は、理沙と冴を捉えて離さなかった……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます