第26話「キャンバスの中のアスラ」
「くそ!どうしてこうなった……」
ヒューン!ドーン!紫の愚痴をかき消すように、翡翠色の爆風が紫達の脇を掠めた。辺りには極彩色の岩盤がえぐられた跡がいくつもあり、同時にゴーレムの残骸が広がっていた。
四方八方から攻撃を受けた紫達は、明確な進路をとれずにいた……
「どこから撃ってくんのよ、あのもやしども!」
「ゆゆ、紫パイセン!ゴーレムをどっちに動かせばいいんすか!?」
紫が鬼の形相で睨み、こめかみが赤くなったのを見ると、桃華達は黙り込んだ。
(さっきから大体反時計回りに砲撃位置を変えてるのか?なら次は――)
「パイセン……?」
「……桃華、向こうにあるおっきな大樹から、5時の方角に前造ってたガーゴイルを向かわせろ」
「わ、分かったす!!」
おぞましい形をしたガーゴイルゴーレムは、産声を上げるとともに、紫に指定されたポイントに飛び去って行った。
――
「ナハハハ!奴さんパニくってやがるじゃねぇか!」」
観測のため木の上に上っていた冴の深紅に光った眼は、遠方で慌てふためく紫達の光景にその形をゆがめていた。
「本当にうまくいくなんて……」
「にしてもそのカードはなかなかの切り札だな?」
緑は自信を持った表情で、次の砲撃の準備に入った。彼女の前には、彼女の身長を大きく超える深緑の大砲が設置されていた。車輪付きの荷台に置かれたそれは、自走砲のように機能した。
集中する彼女の瞳には、からくり仕掛けの眼鏡通して、着弾予測を示す緑の線が見えていた。
「翡翠の砲丸よ……発射!」
ドーン!翡翠色の弾丸は紫達目がけて発射される――しかし、それと交差するようにガーゴイルが、緑達を見据えとびかかってきた。3体いるうちの1体は、冴を目がけて槍を構えて突撃していた。
「ようやくあーしの出番か……」
冴は木の枝の上で立ち上がると、曲刀を構え、瓶のコルクを抜いた……突撃が当たる刹那、赤い霧が彼女を包み、ガーゴイルは空ぶり、冴を見失った。
一方残った2体のガーゴイル達は、緑に槍を突きつけ急降下する――
(1秒あれば赤場さんなら……!)
緑は片手でホルスターから拳銃を抜き放ち、そのまま打ち続けた。片手持ちのせいか一発も命中せず、やすやすとガーゴイルに避けられた……ピン!その最中、甲高い音があたりに響く――
冴を見失ったガーゴイルも緑に標的を変え、突撃を開始した。もはや3体のガーゴイルに囲まれた緑は退路を失った。
緑は左手に隠し持っていたグレネードを、ガーゴイルの集団に放った。バン!強烈な音と共に眩い閃光があたりを包んだ。ガーゴイル達はひるみ視界と音を失った――
「もらった……」
冴の声をガーゴイルは聞き取る事すらできなかった……曲刀の刃はガーゴイルの首を引き裂き、鉱石の粉末を散らした。残るガーゴイルも槍を構える前に首を搔き切られた。
着地した冴は、頭を抱えて伏せる緑を見下ろした。冷たく暗い瞳は、だが目の前の戦士に敬意の眼差しを送っていた。
「結局助けられてばかりですね……私」
「いや、いい陽動だった……よく引き付けたな」
――
くるくる……髪いじりながら足踏みをする紫は、遠くを見る桃華の報告を待っていた。申し訳なさそう振り返った桃華を見て、紫はすべてを察した……
「で、ガーゴイルからの連絡は?」
「ないっす……たぶんやられました」
「緑のすらやれなかったの?あたしの送った絵の具無駄にしないでよ!」
「あんたはパイセンでも何でもないんすけど……?」
桃華が睨むと黄華は少し後ずさりした――周りのゴーレムの視線が一気に黄華に向いたのだ。
その様子を見ていた紫は、呆れたように2人の間に入った。いらだつ桃華に近づいた紫は、彼女に耳打ちした。
「桃華ちょっと相談なんだけど……」
耳打ちが終わると桃華は愉快にうなづき、ゴーレムを錬成し始めた。
――
ヒュー……ドーン!翡翠色の軌跡は遠方へ飛び、ゴーレムを粉砕し続けていた。
しかし、腕を組んでそれを見守る冴の表情は曇っていた。
(うまくいきすぎてる……杞憂か?)
「こ、このまま私達だけで勝てるんじゃ――」
「いや、無理だな、有力な歩兵が必要だ」
「そうですよね……」
「だが、それぐらい傲慢な方がいい」
笑顔で返した緑に、冴は少し微笑んだ。しかし、冴の表情は急に冷酷なものに戻った。
ドン!緑はいきなり冴に蹴飛ばされ、木に叩きつけられた。彼女がずれた眼鏡を戻して正面を見た途端……絶句した。
地表から突き抜けた鉱石の槍に冴は体を貫かれていた――赤い絵の具が血のように滴っていた……
槍はグネグネと動き、何かの尾のようにふるまった。
「――え」
「がぁぁ……」
赤に染まった冴とは対照的に、緑の表情は一気に青ざめた。目が泳ぎ始め、額には冷や汗がにじみ出ていた。
冴は自分の傷に紫の絵の具がしみ込んでいることに気づいた。
「ご丁寧に毒まで塗ってあるな……」
「あ、赤場さん、わ、私」
「づ……つぎがぐる、ぞ」
緑の周囲の地面がぼこぼこと隆起し、ぐるぐると彼女を取り囲んだ。冴と同じ運命が彼女に迫っていた。
《意外だったね……人を庇ってやられるなんて》
(ブラッドミストで抜けて……あいつを拾ってそのまま――)
《まだ考えているのかい?もう絵の具はないのに》
(面白いんだよ……)
《え……》
(こういうスリルがな――!)
冴の生存本能は思考を最大に引き出した。あらゆる脳の神経回路が不可能を提示したが、冴はさらに新しい答えを自分の本能に求めた……その先に冴は銀の輝きをつかみ取った――
《ワイズペイント――》
キャンバスの宣誓と共に冴の体が、月のような妖しい銀の絵の具に包まれた。赤い衣装に銀の絵の具が滑り込み、優美な銀細工へと変化した。
彼女の本能は、新しい手段をすでに理解していた。
「ハハハ……」
冴は瓶のコルクを素早く弾く……中から漏れた赤い絵の具は、艶やかな銀が溶けていた。絵の具に包まれた彼女の体は、粒子となって解けていった。
気づいたとき……冴は極彩色のドームを抜けていた。彼女の脳はその行き先を理解できなかったが、本能は理解していた。
(失敗に……復讐する――)
――
冴は腕を組んで立っていた……目の前には地表から突き抜けた鉱石のしっぽと、唖然とする緑の姿があった。よくよく見れば、紫の絵の具が滴っていた。
「赤場さん、どうやって……!」
「あーしは……」
「え……?」
「アスラに至る!」
途端に地面を周回していた隆起から、4体のワーム型ゴーレムが一斉に飛びだし、冴に襲い掛かった……ガキン!しかしそれは冴の2本の腕と……背中から生えた赤い2本の義手に握られた曲刀に遮られた。
「手が足りなきゃ……増やせばいい!」
冴がスピンすると、慣性で冴に突進したワームの体が、するすると欠片を散らしながらスライスされた。彼女はまだ息があったワームを踏みつぶし、問いかけた。
「桃色の雑魚……聞いてるか?今からおめぇらの願い……つぶしに行くからよぉ!ナハハハ!」
「赤場さん……あなたは」
ギラギラと暗く輝く冴の瞳に、緑は先ほどまでの憧憬に恐怖が混じり、畏怖となった……
――
(間に合って……)
美幸達は極彩色の木々かき分け駆け抜けていた。美幸の胸の鼓動は、最大にまで高鳴っていた。
木々の先に光が見え、ようやく開けたところまで来たとき、先頭を走っていた理沙を美幸は追い越した。
ヒュン……ガァン!突如、美幸の顔すれすれに鉱石の塊が飛んでいった。
「ナハハハハハ!終わりか?雑魚共!」
「なんなのよアンタ!」
「壊される!うちの夢壊されるーー!!!」
「パニクってないで対応しろ!」
美幸達の目に赤い蝶のように、戦場を舞う冴が映った。赤と銀の軌跡が通り過ぎると、そこに居たゴーレムは途端に崩れ去った。一度止まった彼女をゴーレムの鉄拳が襲ったが、冴はそのゴーレムの後ろに瞬間移動していた。
「……冴ちゃん?」
「なんかかっこよくなってない?」
「あれはなんだ……キャンバス?」
《冴はキャンバスに、一番強い知恵への欲望を見せた……だからワイズペイントを上げたのさ》
「ワイズ……ペイント」
「あれ、うちも手に入れられんの?」
《理沙にもチャンスはあるけど……君はどちらかというと……ね》
そこまで言うとキャンバスの声は途切れた。ワイズペイントの出現に八重は舌打ちし、美香は目をキラキラさせて冴を目で追っていた。理沙はニヤリと笑い、拳を握りしめ……美幸はただ唖然としていた。
「……そうだ、緑さんは?」
「こ、ここです!」
美幸の元に駆けつけた緑は膝に手を突き、息が上がっていたが、怪我はなかった。
「緑さん……なんか変わった?」
「たぶん……変わりました!」
美幸を見つめる翡翠色の瞳には、活力が満ち溢れていた。おどおどしていた態度は失せ、全身から自身が満ち溢れていた。
そんな緑の姿に涙がこぼれた美幸は、そっと彼女とハグをした……
「感動の再会を邪魔して悪いけど、はよ援護した方がええんちゃう?」
ハグを終えた美幸は、4人の前に立つと武具に絵の具を塗った。美幸の武具が真珠色に輝くと、彼女の背は4色の光を浴びた。
美幸の脳は何も答えを出せずにいた。しかし、本能は美幸に行けとささやく……
「この戦いに意味があるかわからない……」
「美幸さん……」
「でも、何もしないまま終われない……!」
美幸の宣言に八重と緑は優しく微笑んだ。美香もその佇まいに感心していた。
ただ一人理沙だけが、瞳をギラギラと燃え上がらせて美幸を見つめていた……
END――
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