第25話「緑と赤と」

 美幸達のなじみのファミレスは閑散としていた。美幸が空を見上げると、薄く桃色に染まった雲と橙色の空が見えた。

 店内に入った美幸は八重に指示された席を探し、彼女を見つけた。途端に美幸は顔がぱぁっと明るくなった。しかし、反対側の席の手すりに乗り出した、橙色のシュシュをした腕が覗くと、一気にむすっとしたものになった。


「て、ことでうちらは同盟を結んだ方がええんよ」

「確かに……私もそのつもりだった。でも……」

「でも?どうせ八重は紫も仕留められへんやろ?」

「それは……」


 特徴的なイントネーションの関西弁を聞いた美幸は、眉をひそめた。

 理沙は通路から手前の席で、いつものように席にふんぞり返り、オレンジジュースを片手に足を組んでいた――奥の席にいる美香の前には大量の料理が置かれていて、彼女はそれを豪快に食べている。一方反対側の席に座る八重は頭を抱えていた。


「何度も言うけどあの量やで。うちのアクロバットもいつまでもつか……って美幸ちゃんやん?」

「まじじゃん、美幸っちじゃん!ども~てかこれ食べる~?」

「美幸さんこれは……」

「……分かってます」


 美香のスプーンに盛られたオムライスを無視すると、美幸は八重の隣に座った。美幸の睨みに、理沙はにんまりとした表情で返した。


「冴ちゃんと、緑さんは?」

「あーなんか遠くにおるから遅れるらしいんよ」

「……」

「ちょっと遅くなるんだって……理沙さんが急に言い出したから……」

「そうなんですね」


 目を細めた理沙がオレンジジュースを美幸の方に押すと、美幸の手で一瞬で元の位置に押し返された。


「感じ悪いよ~美幸っち」

「アハハ、ええやん」


――


 桃色や橙色、紺のグラデーションを見せる空は緑の心を華やかにした。彼女が軽くスキップをするたび丈の制服のスカートがひらりと舞った。

 ふと、目に入った紅茶店に足を運ぶと、外のモダンな雰囲気が一気にエスニックなものに変わった。うきうきしていた緑だが、周りの客の服と、自分の服装を見比べて肩を落とした。

 彼女が踵を返して、店を出ようとしたとき……


「お前……緑のやつか?来いよ!」


 ビクッ!緑はしゃがれたその声が耳に入ると同時に肩がすくんだ。ゆっくりと振り返ると、スカジャンにガウチョパンツの冴が、紅茶の缶を片手に立っていた。周りの客のひそひそとした会話を彼女は全く気にしていなかった。


「せっかくだ、付き合えよ……」


――


試飲室のテーブルで2人は向き合った。冴はソファにふんぞり返り、緑は縮こまっていた。2人の間に沈黙が流れる……沈黙に耐えられなくなった緑から小さな声が漏れた。


「あ、赤場さんはすごいですよね……強くて、賢くて……」

「だからなんだ……?」


 緑は目が泳ぎ、紅茶をスプーンでぐるぐるとかき混ぜながら、次の言葉を探した。

 

「えっと……その、わ、私なんて!弱いし……賢くもなくて」

「お前は1つ勘違いをしている……」

「え……」


 冴はどこからか白のポーンを取り出すと、トントントン……一歩つづ、緑の方へ進めた。

 緑は冴の唐突な行動に戸惑ったが、続きを見守った……


「確かに最初はあーしもお前を軽視していた。だが今はどうだ?」

「今……ですか」

「あーしの言った制圧射撃も説明なしで理解していたし、美幸を狙った紫を即座に無力化した……いいセンスだ」

「いいセンス……?」


 トントントン……さらに冴はポーンを進める……


「公園での作戦会議の時もそうだ……強い敵に対して、側面か、後方から仕掛ける知性は感じた」

「全部……覚えてたんですか?」

「味方の情報は常に確認する……今のお前はどちらかといえば有能だ」

「今の私……」


 冴は進めていた白のポーンを素早く、どこからか出した白のビショップとすり替えると緑の前に置いた。窓から入る光で照らされたビショップは、心なしか緑には輝いて見えた。


「わ、私強くなってたんですね……てっきり失敗ばかりかと」


 緑が浮かない表情で下を見ていると、冴はニヤリと笑い、指をぱちんと鳴らした。

 緑の視線が音の方へ注がれる……


「お前はもう1つ勘違いをしている。失敗とは敗北ではない。そこから何かを掴む限り――失敗に復讐する限り」

「赤場さんは強いんですね……私とは違って」


 緑が目をそらそうとすると冴は緑の手を掴み、視線を自分へと向けた――緑の心臓の鼓動は高鳴る……

 


「お前はもう一つ勘違いをしている……誰もが強くなることができる。やるかやらないかだ……」

 

 緑は胸に手を当て、心の中で背後を振り返ると、無数の失敗と進歩の足跡が連なっていた。それを見た瞬間緑の瞳から涙がこぼれた。

 そして過去の自分と今の自分をはかりにかけた……過去の自分はふわっとはかりからは跳ね落ち、今の自分だけが残った。

 

「――ありがとうございます……その、いろいろと」


 冴は緑の謝礼に首をかしげたが、鼻を鳴らすとテーブルに上半身を預け、頬をテーブルにあてた。ペタッ……冴の柔らかい頬が潰れた。


「あとは肩の力を抜くことだな……長く戦えるぞ」


 微笑んだ緑は冴を真似してテーブルに突っ伏した……奇妙な空気が流れる。緑は窓から差す陽気に、気分の良くなっている冴に少し驚いた。彼女の金髪の髪の先はきらきら煌めいていた。


(赤場さん、勇気づけてくれたのかな?)


 コンコン!のどかな雰囲気は、2人のいる席の窓を叩く音で壊された。外には瓶を構えた紫達が、にやにやと2人を見下ろしていた。

 猫のように即座に立ち上がった冴は、ソファに片足を置いたまま瓶を構える。緑はわざわざソファを通り抜けて、テーブルの側面まで回った。

 冴は隠した方の手に隠し持っていたスマホを素早くタップした。


「緑の!」

「は、はい!」

「美幸!あの時の紅茶店だ!」

「はぁ?何言ってんの?まぁいいわ」

「変身……!」「変身!」

「「「変身!」」」


――


 ♪~美幸のスマホに冴からの通話が届く……美幸は素早く手に取ると通話をオンにした。

「誰から……?」

「冴ちゃんからです」

「ほ~ん」


《緑の!》

《は、はい!》

《美幸!あの時の紅茶店だ!》

《はぁ?何――てんの?ま――いわ》

《変身……》「変身!」

「「「変身!」」」


 その通話を聞いた瞬間、全員が表情を変えて立ち上がった――


――


 紫達はあたりを見渡した。キャンバスは極彩色の木々が生い茂る密林のようだった。展開されたゴーレム達は歩むたびに木々にぶつかり、その速度を落としていった。


「なにここ?見晴らし悪くて最低なんだけど……」

「ゴーレムが通りにくいっすよぉ」

「相手はもやし二人だし、どうにかなるっしょ」

(なんでこいつらはこんなに緊張感無いの…… ?)


 楽観的な2人に紫は舌打ちしながら、探知を続けた……

 

――


 木々が生い茂る中、緑はあたりを見回し、最後に影で青白く見える冴の顔を見つめた……


「わ、私と2人じゃ――」

「あーしは配られたカードで勝負する……」


 緑の言葉を遮った冴の表情は冷めていながら自信に満ち溢れていた……その表情を見た緑は、情けない自分の頬を叩いた。


「こ、ここなら……数の差を埋められるかも……」

「そうだ、そういうことだ……緑の……」

「あ、あの……私は緑です。緑のじゃないです」

「分かった、緑……まずはな」


 冴は嬉しそうに少し微笑むと、絵の具をばらまいた。赤い絵の具は、霧のように立ち上がり二人を包んだ……


「こ、これで私も探知されない?」

「そうだ……これからすることがわかるか?」


 緑はあごに手を当て、少し思案すると近くにあった小枝を取り、……極彩色の砂を梳いて中央に大きな凸型のマークを、そこから離れた外周に小さな凸型マークを描いた。


「ま、まずは遠くから何発か爆撃する……」

「敵の大群がこちらに感づいたら?」


 冴も枝を取り、素早く大きな凸型マークから小さい方へ矢印を描いた。

 しかし、迷わず緑は小さな凸型マークから大きく弧を描くように、矢印を描いた――まるで大きな凸型マークを中心に衛星のような軌道を描いていた。


「随時、迂回するようにポイントを変える……」

「相手がこのルートに気づいたら?」

「砲撃頻度を控えて逆回りに変えます……」


 冴はしばらく緑を睨む――緑のつばを飲む音が鮮明に聞こえた……


「上出来だ……もし、美幸達が来る前にばれたら……どうする?」

「そ、その時はその時です」

「そうだ、それでいい……」

「あ、あと……私のアビリティにまだ試してなかったのがあって……」 


――


 美幸達はバスを降りると一斉に走り出した。町を行きかう人々を潜り抜けて彼女達は駆け抜ける――


「あとどれくらいなん?」

「……」


 理沙の言葉を無視すると、美幸はダッシュして3人を追い越し、一直線に紅茶店を目指した。紅茶店に極彩色の淀みが発生していた。

 理沙は大方の行き先がわかると、ニヤリと笑い、スピードを上げると美幸を追い越して瓶を構えた……少し遅れた美幸達も瓶を構える――

 

「「「「変身!」」」」

 

 駆け抜ける4人の少女は極彩色の空間に飛び込んだ――


END――

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