第23話「惑わない色、惑う色」
美幸の剣は七色の光を放ち、盾と鎧は光のベールに包まれた。高貴なその立ち姿とは裏腹に、瞳は瞳孔が縮み、血走っていた――
その姿を見た理沙の生存本能が、彼女の頭が考える前に、瓶のコルクの蓋を弾かせていた。
理沙の体に活力が満ち、彼女が攻撃態勢に入った瞬間だった――
「ハハ、ハ?――」
サク!美幸の剣から放たれた光波が、理沙の頬を掠めていた――ひんやりとした感覚が彼女の背筋に響く。
冴はその様に珍しく呆気に取られていたが、ふっと笑うと再び赤い霧に隠遁し、理沙の背後を周回し始めた。
理沙は美幸と冴を交互に見やる……彼女の視線は美幸に絞られた。
ザンザンザン!美幸は理沙に突進しながら光波を飛ばし、理沙に迎撃の隙すら与えなかった。防戦一方になった理沙の頭に思考が満ちる……
(あかん――絵の具が使えへ――あ?)
理沙は絵の具にのばした手を戦斧の柄に戻すと、自分から迫りくる美幸に自ら突進した。
その様子に少し驚いた美幸だったが、無表情になり――光波による猛攻を続けながら、瓶のコルクをはじいた。
「真珠よ――満ちよ――」
「な――」
突進する理沙は、ミルクのような真珠色の絵の具に足を取られ、そのバランスを崩される――
その様を見た美幸は、理沙の頭部に向かって強烈な横薙ぎを見舞った。
ギィィィィン!理沙はかろうじて戦斧の平で攻撃を受け止めたが、足と頭に同時に来た衝撃が全身に響き――その巨躯が大きく崩れた……
「終わりだ――ファイナルペイント……」
赤い霧から飛び出した冴は、最後の一撃の宣誓と共に、空中を蛇のように動く。そして、側面からしなやかに理沙の首と胴体に足で組み付く。
膝裏で首を絞められた理沙はあごを上げられ、その白い首があらわになった……彼女が息を吞むたび、喉ぼとけが動く。
曲刀を構えながら反り返った冴は、理沙の首に最後の一撃を見舞おうとする――
同時に理沙の胸には美幸の剣先が迫っていた……
「どうやって抜ける?金城ぉ……」 「はぁぁぁん――!!」 「……」
好機を得た2人だが、その目線は理沙の腰回りを見ていなかった……美幸と冴の耳にコルクが弾かれる音が届く――
「烈日よ!」
理沙の体は炎で焼き尽くされ、炎そのものとなった。冴の足が燃え盛り、次の瞬間、美幸は炎の列車にその体を焼き轢かれた。
「がぁぁあぁっぁ!」「……」
冴は初めて悲鳴を上げて、燃え盛る自分の両足を抱えながら悶えた――焦げた匂いがあたりに充満し、美幸は不快感を感じながらも表情を変えなかった。
美幸は燃え盛りながらも、そのすべてが回復に転換された……
「やっぱ美幸ちゃんのウルトはやばいなぁ……バケモンやん!」
「黙れ……」
美幸は瓶のコルクをはじくと自身に絵の具で十字を切った。真珠色の絵の具は冴と美幸を結ぶ……冴の両足の燃焼が、絵の具を伝って美幸の両足に届き、美幸の再生力と張り合った。
冴の表情は安らかになり、跳ねるように立ち上がった。
「助かった……美幸」
「……」
「……魔法少女のアビリティはその子を体現してるっていうけど……やばいな、あんた」
美幸は全く動じず、剣を構え突撃する――美幸の上を冴が錐揉みしながら跳躍し……カンッ!天に向けられた剣の平を足場にしてさらに跳躍する。
理沙は赤い夕陽を構え、美幸を包んでいたベールが消えるのと同時に彼女の足元に放った――爆風に美幸が包まれる……
冴は美幸の被弾に眉一つ動かさず、上空から理沙に連続蹴りを加える――理沙は素早く両手で戦斧を持ち直し、冴の猛攻をしのぐが、その体幹は大きく揺らぐ……
冴は最後の一撃と共に理沙の後ろに身をひるがえしながら回り込む……ダン!大きな音と共に美幸が爆風から煙を纏って踏み込んだ――左の籠手と肩の鎧が溶けていたが、美幸の瞳に迷いはなかった。
「アハハハ!2人ともほんとに仲良しやなぁ!?」
「だろう?」
「黙れ――!」
再び、真珠と深紅の刃が理沙の体に迫る――ドン!ダン!美幸の頬に衝撃と共に理沙の足の甲が押し付けられ、振りぬかれた……美幸の視界の端には頭を掴まれ、地面に叩きつけられる冴が見えた。
「アハハ!このまま握りつぶしてもええんやで?冴ちゃん?」
「どうかな……?」
劣勢のはずの冴は、涼しい顔で理沙を見据えていた。次の瞬間、冴は自分の頭を掴んでいる腕に両足で素早く組み付き、そのまま関節技を決めようとする――
ガッ!しかし、生存本能が働いた理沙が、持っていかれそうな腕を空いた手で押さえ、技を阻止した……
冴の体幹の筋肉は浮き彫りになり、理沙の腕に力が入る――
「アハハハ!ほんま飽きがこぉへんなぁ!冴ちゃんは!」
「美幸!」
「――!」
冴に組み付かれ、隙が出来た理沙の背中を美幸は逃さなかった――!後ろをかろうじて振り向いた理沙の瞳孔が縮まる。理沙は自身に素早く絵の具を塗り、全身の筋肉を躍動させた――
(まさか……こいつ――!)
冴の体が徐々に持ち上がり、理沙は上半身を上げた。驚愕する冴の目には、理沙の血走った瞳が間近に迫った。
「はぁぁぁぁ!」
「あぁぁぁぁぁぁぁ!」
ブン!……ドォォン!美幸の視界は大きく揺らぎ、何かが彼女の上にかぶさっていた……冴だった。
「……ガハァッ、ハァ……」
「……冴ちゃん」
「ハァ……ハァ……」
3人の絵の具はまだ十分にあったが、全員が満身創痍だった。冴はのろのろと立ち上がると曲刀を構えたが、足元がふらつき――美幸も剣を地面に突いたまま動けなかった。
「どうや……うちらの集中力……無駄な邪念が一切ない。うちらは衝動のために戦ってる」
「ハハ……ハァ……違いないなぁ」
「一緒に……するな!」
「そう、一緒じゃない……ファイナルペイント!」
「「「――!」」」
凛とした宣誓の声があたりに響き、キャンバスに銀の波動が満ちた――八重は胸に手を当てると、片手に握った槍の穂先で地面に半円を描く――煌めく銀の刻印は地面に吸収された。
「はぁん……役者がそろったと思ったら……!」
「遅かったじゃないか……銀城ぉ」
「八重さん……」
「美幸さん!あなたは無理しなくていい!」
(えぁ……)
八重の言葉を聞いた瞬間、美幸の血走っていた瞳がいつもの優し気なものに戻った。同時に彼女の体から力が抜け、ぽてっとその場に座り込んだ。
八重は素早くエンチャントしながら理沙に向かって突撃する――迎撃の姿勢をとった理沙は……だが、眉をひそめた……
(ファイナルペイントはどうなったんや……?まさか不発?いやそんな――)
ガキン!理沙の思考を切るように、八重の冷気を纏った槍が彼女の戦斧に喰らいついた。冷気とマグマがお互いを食い合った。
理沙が2撃、3撃と八重の攻撃をしのいだ時、彼女の体幹が揺らいで隙ができたのを理沙は逃さなかった――
「八重はやっぱり華奢やなぁ!」
ブゥン!……バキン!理沙の攻撃は……しかし、八重には届かなかった。彼女の戦斧の刃は、みぞれの空蝉に完全に食い込んでいたのだ……
「あかん……!」
「慢心しましたね……あなたの悪い癖です」
理沙が上を見上げると、ふっと微笑んだ八重が、上空を錐揉みしながら通り抜けた……
理沙は戦斧の柄に氷が届く寸前で手を放し、狙いをつけずに後ろに拳を振り切ったが――空振りに終わった。
ザクッ!理沙の足に痛みが走った――八重の槍で踏み込んだ方の足を削ぎ切られていたのだ……
体のバランスを失った理沙だったが、絵の具を手元に収束させ、小さな赤い夕陽を作り出した――
「まだやぁぁぁ!落陽よ!」
「雪月花!」
八重の宣誓と共に三日月型の銀の刻印が再び姿を現し、銀の波動を扇状に放った――落陽を振りかぶっていた理沙だが、背後から一瞬で波動に追いつかれ、凍り付いていった。
「ま……だ、や……」
「いえ、もう終わりです……理沙さん」
体全体が凍り付いても理沙は八重を睨み続けていた。
八重は氷の彫像となった理沙を前に、ほろ苦い感覚が胸を蝕んだ……
「こんな人じゃなかった……」
「……とどめを刺せ、銀城……もう倒せんぞ。そいつ」
「分かってる――!」
八重は瞳を瞑り……再び瞳を開くと槍を振り上げた――
(願いを失った理沙さんがどうなるかは誰にもわからない。でも――)
「待って!その人……八重さんの大事な人なんですよね!?」
「やらなきゃ止められない!」
「でも……八重さん泣いてる……」
「――!」
八重はその時、初めて自分の頬を伝う涙に気づいた……落ちた涙は地面の冷気にさらされ、氷の粒になった。
「もういい!あーしが――」
バタッ!冴が瓶に手を伸ばすと衝撃で中断された。彼女の腰には美幸ががっしりと組み付いていたのだ。
依然、八重は槍を振りかぶったまま、振り下ろせずにいた――その時……
「――!」
八重は強い殺気を感じて、背後を振り向く――ガン!ガン!彼女の体に2撃の衝撃が伝わり、眼前には目が血走った美香がいた。
「そうさせないから……!」
ギチギチギチ……美香は八重と競り合った後、急に後ろに飛びき、絵の具を無造作にばらまいた。
《今回も素晴らしい作品だった――もっとも透き通った魔法少女達よ》
キャンバスの声があたりに響くと、極彩色の空間も消えていき――理沙を包んでいた氷も解けていった……
食堂にいる生徒は先ほどまでの活気のままだったが、美幸達の間に流れる空気はもはや別物だった。
「……はぁ、はぁ……まさか生きてるうちに冷凍保存されるなんてなぁ?」
「……」
理沙は椅子にふんぞり返りながら、正面に立ち尽くす八重に当てつけのようにそう言うと、となり居た美香の肩を借りて席を立った。
「私はあなたを倒さなければならなかったのに……」
「もう一回狙えばええやん?八重」
「私は――」
「黙って帰れ……人の心がわからないのか?」
「――!」
美幸の殺気に魔法少女達は驚いた。その中でも一番驚いていたのは理沙だった。彼女は、何かが頭の中に引っかかったような感覚を覚えたが、それは霧のように消えていった。
ばつが悪くなった理沙は美香に支えられながらその場を去った。
美幸は席から立ちあがると、少し背伸びし……八重を抱きしめた。周りの生徒もその光景に驚いていたが、すぐに興味を失って各々の会話に戻った。
驚いていた八重だったが、そっと美幸を抱きしめ返した。
「無理していたのは私もだったな……」
「そうです。私達、馬鹿です……」
「……ふん」
残された冴はその光景をつまらなそうに眺めていた……
END――
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