第22話「今を生きる者達」

 食堂の暖色のライトは室内を柔らかく照らし、生徒たちの会話を暖かなものにしていた。オーク材のテーブルの木目は、一つとして同じものはなく、それをなでる生徒の情緒を穏やかにした。

すべては現校長の強い推薦で設置されたものだった。ここでは生徒達は、日頃の緊張を忘れて食事を楽しんでいた。

 美幸達も注文を済ませ、料理の置かれたトレーを運びながら空いている席を探していた。


「ここは無駄なものがいっぱいあっておもろいやろ?」

「はい?」

「人間は無駄なもの作りすぎたと思わん?例えば……」


 理沙はオーク材のテーブルの木目をなでながら、椅子に滑り込んだ。美幸もそれに続いた。じー……2人は何となく木目を見つめた。


「こんなん本来、もっと安いテーブルでええやん?わざわざこんな高い木切り落としてさ……」

「私は情緒があっていいと思います」

「ほーん……」


 理沙は興味深げに美幸の表情を観察する――理沙の横に居た生徒が急に立ち上がり、彼女にプレゼントを手渡した。

 

「あの、覚えてないかもしれないですけど……私、金城先輩に助けてもらって……大ファンなんです!」

「え~!ほんまに!?うれし~!おおきに~」

 

 理沙は口に手を当てて歯を隠しながら喜び、プレゼントを丁寧に受け取った……しかし、渡した生徒が席に着くと、興味なさげにぞんざいにテーブルに置いた。

 美幸はその態度が気に食わなかったのか、理沙を睨んだ。


「理沙さんはなんで人を助けるんですか?」

「昔はなんか意味があったんやけど~忘れた。今は暇やからやってる」


 その言葉を聞いた瞬間、美幸のこめかみが熱くなった。


「なんかって何ですか?あの人だって本気であなたのことを――」

「あんただって、人を助けるのに理由なんか考えてんの?」


 美幸は固まってしまった。何も返す言葉が見当たらなかった。美幸自身も、何度も思考より体が先に動いていたことを思い出した。



「前も言ったろ……あーしらは壊れてるって。そいつも同類さ」


 美幸が振り向くと、隣の席に冴が立っていた。彼女は当たり前のように、スパイシーカレーの置かれたトレーを持って美幸の隣に座った。

 理沙は冴を見据えると、歓喜しながら瞳孔を縮めて手を合わせた。


「え~冴ちゃんやん!うれし~。うちに会いに来てくれたん?」

「半分正解で半分間違いだな」


 冴はそう言うと美幸を横目で見つめた。美幸が目をそらすと彼女は意地悪く笑った。


「……もうかつらはいらないの?」

「表紙だけの生徒手帳を見せれば楽勝だったぜ?」

「ヒューやるやん」

「制服だって……って、これこの高校のじゃ――」


 冴は美幸の口に手を当てると、ニヤッと笑った。


「大体似たような色会いを選んだら何とかなったぜ?よく見てないのさ……」

「……それと、八重さんに瓶を預けてるんでしょ?今戦ったら――」


 冴は美幸が言い終わる前に、赤い絵の具の入った瓶を見せてすぐにしまった。


「銀城はどうやら安全性より、緊急時の対応力を優先したみたいだぜ?」

「……くそ!」

「「ふふ……アハハハハハ!」」

「何がおかしいんですか!?」

「美幸ちゃんもやっぱ人間なんやね」

「これだけでも来た甲斐があるってもんだ……」



――


 バン!豪華な装飾が施された椅子の手すりが叩かれた……部屋ドアのふちには美しい彫刻が施され、シャンデリアは海を漂うクラゲのような優雅さを放っていた。

 しかし、優雅な調度品とは裏腹にそこに居る人物は穏やかな雰囲気ではなかった……

 

「あたしは明確な目的のために戦ってる……なのになんであんなやつらに」


 紫は髪をいじりながら貧乏ゆすりをしていた。機嫌をうかがうように執事が、デザートを片手に近寄ったが、彼女は拒絶するように指を鳴らした。執事は申し訳なさそうに振り返り……


「お嬢様……学校の方には連絡しておきましたが、あまり無断で――」

「下がりなさいって言ってるの……」


 執事は頭を下げると、部屋を後にした。 


《あまり怒ると血圧が上がるよ?紫……》

 

 ガン!紫は銀のフォークを何もない壁に向かって投げると、恐ろしい形相で睨んだ。


「願いをあんたをサンドバックにするに変えたいんだけど!」

《それはもったいないよ……恋を叶えたいだろう?》


 紫は顔に手をかぶせるとそのままうなだれた。


「前にあたしとか桃華には、欲の淀みがあるって言ってたわね……」

《ああ、だから契約がしやすくて助かったよ》

「逆に透き通ってるって何なのよ、あの理沙とか赤場みたいな4人がそうらしいけど」


 キャンバスは少し黙り込んだ。紫はイライラしながらも、興味深げに回答を待った。


《美幸、八重、理沙、冴だね。あの4人は願いではなく、その先や過程に価値を見出してる》

「はぁ?そんな半端なやつが、そろいもそろってなんで強いのよ?」

《フフフフ……なんでだろうね……》


――


 美幸はトレーの端のソースをすくって、口に運ぶと口の端をティッシュで拭った。


「おなか一杯になった?美幸ちゃん」

「……はい」


 美幸は一息つくと、肩の力が抜けていたことに気づいた。同時に彼女は自分の単純さに呆れていた。


「でも、そんなもんやで?人間なんて……単純やねん」

「……!心でも読めるんですか?」

「顔に描いてあんぜ?美幸」 


 美幸は自分の悩みが、頭から抜けていることをふと感じた。心に降りかかった鉛の天蓋はいつの間にか溶けていて、あたたかなベールを纏っていた。


「なんか、ありがとうございました。気を遣ってもらって……」

「と、なればだ――」

「せやね――」


 理沙と冴は目を合わせると、それぞれ瓶を取り出すと構えた。美幸の心は動揺していたが、すでに体は瓶を構えていた。


「「変身!」」

「変身!」 


 極彩色の空間がオーク材のテーブルを飲み込み、食堂は一気に戦場と化した。当然のように武器を構える理沙と冴に、美幸の先ほどまでの機嫌は吹き飛んだ。


「あなた達ってほんとに……!」

「だって魔法少女が集まったら?」

「戦うしかないだろ?」

「2人がかりでええよ」


 3人の武器にそれぞれの絵の具が滑り、光を放つ――一番最初に動いたのは冴だった。飛び上がった冴は縦の回転を加えて、蹴りと曲刀の連撃を理沙に迫らせた――

 ダン、ガキーン、ダン、ガキーン!計4連撃を戦斧で受け流した理沙だったが、戦斧の柄から片手が離れる……


(とりあえず目の前のことに集中する――!)


 美幸はそのすきを逃さず、絵の具を自身に塗り、断固たる祈りの姿勢をとりながら盾を構えて突進した。

 理沙は手元から落ちそうな戦斧をぎりぎりで持ち直し、そのまま片手で横薙ぎする――

 ゴーン!美幸の盾に戦斧が食い込むが、彼女が盾をわずかにそらしたせいで戦斧は空を滑っていった。


「うわぁぁぁ!」


 美幸は剣が届く範囲まで来ると、左足で踏み込み剣を突き出そうとする――ゴゥ!美幸の頬に突如痛みが走る。理沙のガントレットのナックルが、美幸の頬を殴りぬいていたのだ。

 

「伏せろ!美幸!」


 冴の声で意識を取り戻した美幸は、体幹に力を入れながら屈む。美幸の頭上を冴の影が通り抜ける――ピチャ!理沙の頬に赤い絵の具が付着する。同時に彼女の体がほんのり赤く発光する。


「はぁぁん!?なんやこれ」

「見てりゃわかるさ……」


 冴が空中から錐揉み回転し、理沙に迫る――途端、美幸の首が大きな手でつかまれて、視界が揺らぐ。視界の先には、冴が攻撃態勢に入る姿が見えた。


「さすがに1対2やからねぇ!」

「美幸ぃ、歯ぁ食いしばれ!」


 ドン!美幸の頬は冴の横蹴りで大きく薙がれ、体は地面に叩きつけられた。彼女の耳には甲高い音が3撃響き、ドォン!重いものが地面をえぐる音が響いた。


「そうそう!こうでもなきゃおもろないわ!」

「ナハハハハ!!」


 ぬるりと立ち上がった美幸が、ゆっくりと顔を上げる……


「あなた達……」

「はぁん?」

「どうした?美幸?」

「いい加減にしろ!!」


 眉を吊り上げて瞳孔が縮んだ美幸は、盾を理沙に投げつけると、絵の具を頭からかぶって剣を両手で握り締めた。

 ガァァン!ドォォン!戦斧によって弾かれた盾が、地面をえぐった。

 

「はぁぁぁぁぁ!」


 いつもの倍はあるスピードで突進した美幸は、そのまま様々な方向の回転を織り交ぜた連撃で理沙に喰らいついた――


(とにかく!このなんかむかつく顔に一発叩き込む!)


「こんな美幸ちゃん初めてや!」

「黙れ!」


 美幸が1発撃ち込むたびに、理沙のサンダルがザザッと音を立てる。確実に彼女の体幹は揺らいでいた……

 その猛攻に便乗した冴は瓶のコルクを弾き、目の前に出現した赤い霧に飛び込んだ。霧は滑らかに動き、理沙の背後に忍び寄った。


「アハハハ!挟撃!?ええやんけ!」


 理沙は片手で攻撃をしのぎながら瓶のコルクを弾き、自分に塗った。次の瞬間、理沙の体は生命力を増し、美幸の攻撃を防御しても体勢が一切揺らがなくなった。


「――!美幸!よけろ……!」

「――!」

「自分の心配もしとけや!!」

「――!ハハ、そうだった」


 グジュ……ゴォン!美幸の剣は確実に理沙の腹に命中して派手に絵の具が飛び散ったが、彼女はそれにびくともせず戦斧の回転撃を繰り出した――遅れて迫った冴ごと、美幸は戦斧で吹き飛ばされる。

 ガラガラガラ!美幸の体は宙を飛び、極彩色の砂を引きずって地に叩きつけられた。冴は何度か、石切りのように地面で打たれて受け身をとった。

 減りつつあった理沙絵の具は、コルクを押し返す勢いで満タンにまで回復していた……


「ハハっ……バケモンだな」

「せやろ?」

「ぐふぅ……」


 冴は美幸が立てないことを見ると、構えを解いた。それを見た理沙も構えを解こうとしたその時――


「ファイナルペイント!」


 美幸の宣誓の声があたりに響く――驚いた2人はすぐさま振り向いた……


「戦いはまだ終わってない!」


――END

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