第21話「烈日の覇者」

 紫達の前に仁王立ちする理沙は、ゴーレムの軍勢を前に一切臆することなくその長い髪を梳いていた。ゴーレムは近寄ろうとするが、彼女がニヤリと笑うたび後退した。


「り、り、理沙パイセン……」

「だ、だから何!ゴリラ一匹でひっくり返せるとでも!?」

(まずいまずい……)

「美幸ちゃん……と緑ちゃん。借りは返させてもらうで」

 

 緑は静かにうなづくと肩の外れた美幸を引きずって後方へ下がった。理沙は視線を少しづらすと、憔悴気味の美香と目があった。


「あと、美香……その、遅れてごめん」

「いいって理沙ち―……」


 理沙は再び視線をゴーレム達――ではなくその先に居る生身の魔法少女達に向けた――瞳孔が縮まり、口角を上げると太い犬歯がむき出しになった。

 彼女は左肩に担いだ戦斧を一気に地面に刺すと高らかに宣言した。


「い~く~さ~やで~!!!!」


「ゆ、ゆかりぱい――」

「桃華、領域!」

「は、はいぃぃ!」

 

「烈日よ!」「魅惑よ!」


「満ちよ!」「染めよ!」


 橙の粘るマグマの波は飛沫を上げ、桃色の波とぶつかり合う――一瞬拮抗しあった2つの波は互いを食い合った。しかし、より凶暴で貪欲なマグマの波が一瞬の隙をついて食い破った。

 じりじりと粘るマグマはキャンバスを満たし、烈日の覇者の征服を宣言した――


「嘘やろ!一瞬で!?」

「でも領域くらい……」

「馬鹿かお前ら!あいつの領域が何か――」

「教えたるわ……今からな?」


 理沙がニヤッと不敵に笑うと、桃華の瓶に異変が出始めた。彼女の瓶の絵の具は高速でその量を減らしていった。ゴーレム達は活力を失い、それと同時に理沙の体に活力が満ちていった。


「な、ななんでや!うちの絵の具が」

「……ゴーレムの体数分ドレインされてんだよ!」

「絵の具をもっと送れば――」

「馬鹿か!!お前らぁぁ!!」

 

 紫はめまいを感じくらくらする頭を押さえ、弓を天に構え、曲射の姿勢をとった。5本の矢は放たれると理沙を飛び越え後方へ向かう――

 絵の具が無尽蔵となった理沙は、首を切るジェスチャーをしながら絵の具を垂らし、身にまとい炎の化身となった。

 そのまま宙へと飛び上がり、宙を飛ぶ矢を胸で受けると溶かしつくして吸収した。舌なめずりをした理沙は、隕石となってゴーレムの群れに急降下する――


 ゴワァァァァァン!着地と同時に周囲にいたゴーレムの体が吹き飛び、脆く崩れ去った。灼熱の爆心地で立ち上がった理沙はゴーレムの頭を持ち上げた。


「はぁん……やっぱ思いついたことやってみるもんやな」

「化け物が……」

「やっぱマッチョには勝てないんや……」

「どうすんだよ紫!」


 紫は少しあごに手を当てると瞳を閉じ、しばらくして平静を取り戻した。


「とりあえずゴーレムの数を減らせ!1/3にして質を上げろ。黄華は今まで通りだ」

「なるほど!分かったっす」 

「やるしかないか――」


 理沙を取り囲むゴーレムは数を減らしたが、以前より屈強になり、武器を持ち始めた。その様を見て理沙の戦闘本能はさらに加速する。


「紫ってそういうところは優秀やんな……ええやんけ!」


 少し離れたところで緑の膝に頭を置いていた美幸は、肩の痛みより胸のしこりに意識を支配されていた。


(紫さんも理沙さんも本気で戦ってるのに……)

 

 グリュ!マグマを纏った理沙の戦斧が、ゴーレムの盾をバターのように切り裂く。ゴーレムがカウンターで放った大剣による横薙ぎは、確実に理沙をとらえたはずだった――が、そこに理沙の姿はなかった。

 ガーン!ゴーレムが再びその姿をとらえた時には、彼女はゴーレムの武器の上を駆け抜け、肩に上り詰め、戦斧で頭を落としていた。



 やっと回復した美幸が、美香に絵の具で治療を施そうとすると、美香はその手を振りほどいた――


「だめです……治療しないと」

「やっぱ理沙ち―は強いなー……あたしのヒーローってかんじ」


 美香の目には理沙しか映っておらず、美幸のことなど眼中になかった。美香の目は輝き、痛みなど感じていないように美幸には見えた。


「やっぱ、攻めた方がええんちゃうん?美幸ちゃん!」

「……それは」


 ゴーレムの攻撃をさばきながら、理沙は美幸にウィンクを送った。美幸が何か言おうとしたときには、すでに彼女は跳躍していた。

 

「落陽よ!」


 空中に居る理沙の手元に赤い夕陽が収束し、放たれる――地上にいたゴーレムは熱せられ、ある者は上半身だけで這いずり回り、あるものは下半身だけで歩き回っていた。

 自由落下する理沙を見て、紫は苦々しい顔で見つめるだけだった。


(仮にファイナルペイントを撃っても、さっきのアレで吸収される……!)

「紫パイセン……質を上げてもあれじゃ……」

「どうすんのよ紫……」

「――飛べるゴーレムを作れるか?」

「数は少なくなるっすけど……」

「それでいい……!」


 桃華は瓶のコルクを弾き、昔見たガーゴイルの像を思い浮かべた。絵の具が滴ると、途端に地面から岩の羽をもったガーゴイル型のゴーレムが生成された。

 ガーゴイル達は雄たけびを上げ、槍を構えると飛び立ち、理沙を無視して美幸達を目指した――


「これで美香達だけでも!」

「やるやん、紫~」 


 美幸は体に何度も絵の具をかけて治療したが、肩が動かなかった。だらんと垂れ下がった腕はまったく美幸の命令を受け付けず、彼女の物ではないかのようだった。 

 

(こんな時にどうして――!)


 急降下するガーゴイルに復帰した美香と緑が構える――対する理沙は、ガーゴイルを目で追うだけで対応しようとしなかった。代わりにありったけの絵の具を使い、手元に赤い太陽を収束させる。


「3、2、」


 ガーゴイル達は槍を構え、美幸達の眼前まで迫っていた。美幸は動かない肩の痛みと、不甲斐なさで心がすり減っていた。


「1!」

「しまった!理沙にもゴーレムを――」


 ドワァァン!理沙はガーゴイルが到達する直前に足元に落陽を放ち、絵の具を飛散させた。


《このキャンバスにも絵の具が満ちた――こんなエキゾチックな絵はあまり見ないね》


 キャンバスの声が周囲に響き渡ると、極彩色の空間は解けて、すべての創造物が消えていった……


「……もういい疲れた」

「ちょっと紫、待ちなさいよ」


 紫が頭を抱えながらふらふらと立ち去ると、桃華達もそれに続いてその場を去っていった。

 肩が動くようになった美幸は……しかし、その場で下を向いたままうづくまっていた。彼女の周囲が暗くなるとやっと顔を上げる――そこには堂々と立つ理沙と、その隣に誇らしく立つ美香がいた。


「美幸ちゃんの思いはええと思う。でも圧倒的に実力が足りんのちゃう?」

「あたしももうちょっと強かったら、美幸っちと組んでたかもね?」


 理沙が踵を返すと美香もそれに続いた。彼女達と交差するように、八重が美幸の元まで駆けてきた。


「ごめんなさい……私、大事なときに居なくて」

「私は居ても何もできなかった……」


 うづくまる美幸を覆うように、八重と緑は抱きしめた――


――


 美幸は視線を落としたまま、校内を歩いていた。その真珠色の瞳には、普段なら虹色の虹彩が満ちていたが、今はただ暗く何も映していなかった。

 ドサッ……彼女の肩に他の生徒の肩がぶつかる。


「ごめんなさい、白井さん……白井さん?」

「あぁ、はい……」

「ごめんなさい、私よく見て……」


 ぶつかった生徒の脇をふらふらと抜けた美幸は、そのままどこを目指すでもなく歩き続けた。


「や、やめください」

「めんどくさいから早く出してよ」

「……!」


 美幸の耳はその言葉を聞き取ると、瞬時に音のする方向を見た。そこではちょうど誰からも見えない影になったところで、1年生が2年生の生徒に囲まれていた。

 相手は3人……それでも美幸の体は、彼女達の居る方を目指した。仄かに蜂蜜の香りが満ち――ガッ……急に美幸の肩に大きな手が掴みかかった。少し振り向くとその手首には橙色のシュシュがつけられていた――


――


「ありがとうございました!金城先輩!と……白井さん」

「かまへん、かまへん。お昼こうてき」

 

 先ほどまで絡まれていた生徒は顔を輝かせ、廊下を軽やかに駆けて行った。

 目的を達成できたというのに、美幸の顔は浮かないままだった。

 2人が並んで歩くと、様々な生徒が彼女達をじろじろと見た……しかし理沙も美幸もそんな視線にはお構いなしだった。


「元気出してよ~そんなにうちのやり方が嫌いなん?」

「いえ、理沙さんのやったことは正しいんです。私よりも……」

「はぁ~ん、珍しく前のこと気にしてんねやな?」


 美幸は手をぐっと握りしめると、前回の戦いが頭をよぎった。防御を過信した怠慢さ、相手を倒す覚悟から逃げた苦々しさが彼女の心に満ちた。


「うちはこれでも美幸ちゃんのこと高く買ってんねんで」

「へ?」

「だってあんたは相手の夢を奪わないっていうポリシーを貫いた。それに――」


 ドンッ!!壁側を歩いていた美幸の顔の近くを理沙の腕が掠めた――理沙がそのまま美幸の目の前まで、グイッと顔を近づける……美幸はその瞳を真摯に見つめ返す。


「ほら、あんた全然ビビらんやろ?メッチャ好きねんそういうの」

「趣味が悪いですね……」


 美幸は理沙の腕をくぐると、何事もなかったように歩き出した。追いついた理沙はどこからか取り出した、イチゴミルクのパックをゆらゆらさせた。


「ちょっとついてきてよ……美幸ちゃんの頭ほぐしたるわ」

「別に凝ってません」


――END

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