第19話「波乗り少女の碧色の誓い」

「頼んだよ美香!」

「あいよ!」


 美幸達の通う学校のプールの波打つ水面は、太陽の光を反射して薄い金のベールと化していた。美香は味方からもらったボールを器用に受ける取ると、敵のゴールに狙いを定め、振りかぶって止めた――

 相手のキーパーはその動きに反応してしまい、右に動く――それを見切った美香は、反対方向にシュートを放った。

 ザ―ン!激しい音と共にボールはネットをゆがませ、美香たちの勝利の証となった。

 学校のプールでは水球の練習が行われていた――

 

「美香先輩!」

「あー、美幸っち応援に来てくれたの~?うれしー」


 珍しく練習風景が解放されていたおかげで、美幸はプールサイドから美香の活躍を見ていた。試合に動きがあるたび、彼女の足元に冷たい飛沫が届いた。

 美幸は美香の華麗なシュートに見とれながらも、冴の言った言葉が心に刺さっていた。


(冴ちゃんと本質は同じ……)

  


 練習を終えた美香は、プールから身を乗り出し、美幸の方へとすたすた歩くと、白と青色の帽子をとった。中の水が溢れだし、美香の肩を伝った。


「美香先輩、かつらだったんですか?」


 帽子をとった美香の髪はいつもの金髪ではなく、薄く茶色がかった黒髪だった。 美幸から見た印象はいつもと変わり、誠実なものに見えた。


「そーだよ、あとこれも」


 美香は美幸より一回り大きな手の甲を美幸に見せた。いつもつけていた水色のマニュキュアはそこにはなく、手入れの届いたピンクの爪が広がっていた。


「スポーツするときは、ちゃんとみんなとおんなじにできるようにしてるんだ~偉いでしょ!」


 美香の屈託のない笑顔を見た美幸は、心の奥にあたたかいものを感じた。冴との会話の感覚は不思議と息をひそめた……


「でも、水球部のスケジュールと理沙さん達との時間って両立できてたんですか?」

 

 美香はそれを聞くと、少し顔をそらして何やら考えた。


「理沙ち―達とはできてたんだ……今は理沙ち―以外、皆いなくなっちゃったけど」

「理沙さん達とは……ですか?」


 美香のいつもの快活さが薄れていくのを見て、美幸の心は少しくすんだ。


「突然だけど自分語りしていい?」

「ど、どうぞ?」

「あたしね……昔は水球にめちゃくちゃ心血注いでたんだ。それとギャルも……」


 

 美香は遠くを見つめて苦々しい顔をした――


――



「美香~これからカラオケ行くんだけど~どう?」

 

 校門前のコンクリートの道を、落ちた日が焦がす中、美香の前には3人の女子生徒が並んでいた。真ん中の目の吊り上がった少女、留美は美香に手招きしていた。

 美香はスマホのバイブレーションを感じると、バッグから取り出してメッセージを確認した。眉はハの字になり、瞳から活力が失せた。


「それが~ちょっと用事があるっていうかなんてゆうか~」

「えーまたなの?美香ってちょっと付き合い悪くない?」

「また水球ってやつでしょ?どうせ……」


 一人の少女がそう言うと、他の少女は一気に冷たい空気を放った。


「ごめん!次こそはカラオケ行くから!」


 美香は両手を合わせて頭を下げると、そそくさと校門へ逆戻りした。金髪のかつらを脱ぎ、シールのマニュキュアをはがして、バッグに放り込んでひたすら走った。

階段を駆け上がり、廊下に立ち並ぶ教室の中の一つだけ――ドアから光が漏れる教室に飛び込んだ。


「おい!青波、緊急ミーティングもう始まってるぞ!」

「すみません!遅れました!」


――


「てな感じで、両立って言っても水球の方ばっか優先してたんだ……」

「スポーツに打ち込んで青春を謳歌するのは悪いことじゃないはずですよ」

 

 美幸の優し気な目を見た美香は少しはにかんだ。


「でもね、友達のギャルはそうは思ってくれなかったの……」


――


授業が終わるチャイムの音が鳴り響き、美香は人込みをかき分け、プールを目指して走っていた。しかし、彼女の目の前に留美達が立ちふさがった。


「留美ちー達、申し訳ないんだけ――」

「何が留美ちーなの?」

「え――」


 美香は突然の怒声に呆気にとられた。それは急ではあったものの――実際は彼女が日々恐れていたものだった。

 美香は少し後ずさりし、顔を下に向けた。


「ほとんど付き合いないくせに留美ち―とかなれなれしいんだよ!」

「それは――」

「それはなに?付き合い足りない分、フランクさで賄うっての?なめないでよね!」


 留美と他の2人は、美香を廊下の端に追い詰めた。

 そしてそのまま、美香の頭に手をかけ、金髪のかつらを奪い取った。


「かつらとかだっさ!こっちは本気でギャルやってんの!地毛なの!」

 

 留美は自分の金髪の毛先を指でくるくる回し、自慢気に見せた。


「あとこれ!」

「痛!」

 留美のとなりにいた少女は、美香の手を強引につかむと、水色のマニュキュア――シールをはがし始めた。


「やめて!本当にやめて!」

「キャハハハ!ほんと貧乏くさすぎ!」


 他の生徒は気づいてはいるものの、誰もが目を背けて足早に立ち去った。

 そんな中、オレンジのシュシュを手首につけた少女と、銀のブレスレットをした少女2人が4人に近づいた――


「理沙さん……軽めに」

「わかっとる……八重は来んでええよ」


 理沙はカツカツと靴を鳴らすと4人の前に立ちふさがった。



「金城理沙……嘘でしょ」


 留美を含めた3人は理沙の気迫に押され、たじろいだ。


「待ってよ、金城、悪いのはこいつなの!」


 留美は美香を指さすと理沙の前に突き出した。


「こいつ、スポーツのついでにギャルやって……とにかくギャルをなめてんの!」

「ギャルをなめるってなんなん?」

「は――?」


 留美は理沙の言葉の意味を理解できなかったのか、硬直した。


「だって、その……ギャルって好きなことを本気でやることで……」

「そやったら好きなスポーツと両立するのがギャルなんとちゃうん?」

「――!」


 理沙の言葉を聞いた瞬間、美香の瞳に輝きが戻った。体の力が抜けた彼女は急に伸びをし、囲んでいた3人を押しのけ、悠々と理沙に近づいた。

 背の高い2人が向かい合った――


「えーと、金城理沙だっけ?」

「せやけど?」

「そっちは?」

「銀城八重、八重でいい……」

「じゃあ、理沙ち―と八重ち―だね。これからよろしく!」


 美香は大きな八重歯を見せながら理沙の手を握り、八重の手も握って駆け出した――


「んじゃ、バイバーイ!あたしはこの人達とギャルやるから!」


 3人が駆け抜ける廊下はその年で一番の大きな風が吹いた。


――


美幸は静かに目を閉じ、ため息をついた。

「……ということはこちらについてほしいていう私のお願いは無駄みたいですね」

「そいうことー!でも今日みたいにお話ししたり、プライベートでなら仲良くするよ!」


 すでに着替え終えていた美香は、堂々と指にマニュキュアを直し、頭頂部が黒みがかった金髪のかつらをかぶっていた。

 プールとグラウンドを別つフェンスにもたれかかった2人はまるで友達のようだった。


「確かに理沙ち―は、魔法少女になる前とちょっと変わっちゃったけど」

「今の美香さんがあるのは、理沙さんのおかげですもんね……」


 美幸達が話す姿を見据え、堂々と歩み寄る3つの影があった。その影をとらえた美幸達は眉をひそめた。 


「いたいたー!それぞれ1人づつっすけど、やっちゃいます?」

「――くそ、美香だけ仕留めたかったのに……」

「両勢力、一騎つづ落とせば、有利じゃん?なにビビってんの紫」



 美幸と美香が声の方を見ると、紫と桃華、黄華が立ちふさがっていた。手にはすでに小瓶が握られていた。


「紫達は別として、黄華、あんたはここに入っちゃダメなんじゃ?」


 美香がたしなめると黄華は胸元から精巧に作られた生徒手帳を見せた。


「……ふーん、このままいくと奇妙な共闘って感じ?」

「みたいですね!」


 満面の笑みで顔を合わせた美幸達は瓶を構えた――極彩色の空間があたりを満たし……



 少女達の宣誓の言葉が響き渡る。

 港町のような極彩色の空間では、波が壁に打ち付けられる音がひびいた。美幸は微かに感じる潮風に頬を掠められて赤くなっていた。


「魅惑の傀儡よ!」

「利鞘の導きよ!」


 桃華と黄華は考える間もなく、大量のゴーレムの生産工場と化した。港町の床、壁ありとあらゆる場所からゴーレムが出現した。

 圧倒的戦力差に美幸はひるむことはなかった。


「どっちの領域で行く?」


 美香が催促すると美幸は親指で上げた。剣先を地面に突いた美幸は宣言する。それを見た紫も弓を地面に突く。


「真珠よ――」「紫紺よ――」


「満ちよ――!」「染めよ――!」


 真珠色ミルクのような絵の具は一斉に広がり、毒々しい紫の絵の具と競り合った。お互いに領域を競り合ったが、一瞬で真珠色の絵の具が周囲を満たした。



「続いてください!」

「あいよ!」

「何負けてんの紫!?」

「くそ、これだから力自慢は……」



 真珠色の領域は美幸と美香の鎧を堅牢にし、絵の具の再生力を増した。領域の主導権を奪われたにも関わらず、桃華と黄華はひるむことがなかった。


「ちょっと硬くなったからって行けるっしょ!」

「数の力の前じゃ無力っすよ!」

「あんたらちょっとは……」


 以前として勝気の桃華と黄華は、乱造したゴーレムをひたすら美幸達に突進させた。


(この数じゃ……)

「この量……全部相手にしてたら日が暮れちゃうよね?」

「せっかく潮風もありますしね!」

 

 美香は美幸と顔を合わせると、碧色の絵の具を地面に一文字にばらまいた。即座に2人の足元に少し暖かい絵の具の波が立ち上がった。

 美幸は盾の上に乗り、立ち上がる波を体を揺らして制御した――


(同じ戦法ばかりじゃ――だめだ!)

「美幸っち、いつも地べたで戦ってるからこんな景色見たことないでしょ?」

「確かに、新鮮かも!」


 美幸の眼下にはピンク色のゴーレムの軍団と、その奥に控える紫達が見えた。

 

「くそ、結局あたしが尻拭いか!」


 紫はボケっとしている桃華達を横目に、3連の矢に絵の具を塗って発射した。その矢の矛先は美幸ではなく美香だった。


「美香さ――」


 美幸の心配をよそに、美香はバリアでその矢を吸収しきった。波の高度が落ち、紫達の姿がだんだんと大きくなる――


(このまま!)


 美幸は体をひねると盾をスピンさせ、そのまま桃華を狙った。美香はその隣で紫に撃槍を振り上げ、今にも叩きつけようとしていた――


「「このまま一気に!」」


END――

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