第18話「コントラスト」

 ザバーン!冴を狙ったゴーレムの一撃は見事な波を作っただけだった。


「しょせん泥人形か……」


 しかし、全員の中で回避に余裕のある冴でも、少し息が上がっていた。証拠に冴を包む美香のバリアはかなり消耗していたのだ。

 他の魔法少女達も同じで、数の暴力の前に、武器で地面を突いて、肩で呼吸するほかなかった。

 中でも特に理沙はいつものペースを失っていた。


(最強のうちが……こんな)

「理沙さん!」

「美幸ちゃん、ほんまにこれでいけんの?」

「じゃあ、あれを全部倒せるんですか?」


 美幸の回答が意外だったのか、理沙は面食らったような表情で黙り込んだ。理沙にとってはあまりなじみのない感覚だった。


「耐えるしかないんか……」


 隙を見せた理沙にゴーレムの攻撃が迫る――直撃の寸前、ゴーレムの腕は翡翠色の爆発で破壊された。


「……緑ちゃん、なんでうちを――」

「話は後です、今は耐えて!」


《キャンバス?あとどれくらいで色が満ちるんや?》

《もう少しかかるね》

《はなら――》


 理沙は戦斧を横薙ぎし、火球を投げ、できるだけ多くの絵の具を使って、ゴーレムに攻撃して注意を集めた。

 

「なるほど!」


 合点がいった美幸はありとあらゆる能力を使い、ゴーレムの攻撃をしのいだ。体の傷は瞬時に回復していった。


「くそ、あいつら引き分けに持ってこうとしてる!」

「今なら勝てそうやのに!」

「こっちも、絵の具使えないし!」


 それぞれの思いが交錯する中、時はきた――


《みんな、絵の具がキャンバスに満ちたよ――この絵は完成した》


 極彩色の空間は、歪んでいきながら露と消えた。変身を解いた少女達は、以前とは違う立ち位置で向き合った。


「まぁ、こういうことなんで、理沙パイセンとはこれから敵同士っす」

「ええけど、うちらは2人でも勝てるし」

「え――」


  美幸はその言葉が予想外だったのか、ポカンとした表情で理沙を見つめた。


「ああ、勘違いしたらあかんで……今回は同じ敵を持ってたってだけ」

「でも――」

「無理だよ、理沙さんは簡単には決定を変えないから……」


 一部始終を見ていた冴は、吹き出すのを必死にこらえていた。


「じゃあ、これからは三つ巴戦ということですか?」

「そういうこと~みどりちゃん。美香帰るでー」


 理沙がすたすたと歩くと、美香も伸びをしながらそれに続いた。

 紫達はそれぞれを睨んだ後、踵を返してその場を去った。

 残されたのは美幸達だけだった。


「勢力を増やせば、勝ちやすくなるんですよね、八重さん?」

「少なくともこちらへの被害は減るし、理沙さんのチームが最小になる」

「初めての共同作業にしては上々だな?」

「状況がもう少し有利になればあなたは解雇する……」


 それぞれの意見を聞いた後でも、美幸の表情は暗いものだった。


――

 

 雲が空を遮らない日、何かを振り切るように町へ繰り出していた美幸は、ふと目に映った紅茶店に吸い込まれるように入っていった。

 外装に負けず劣らずの内装に見とれていた美幸は意外な人物に遭遇した。


「冴ちゃん?」

「美幸か、こんなところで会うとはな」

 

 男物の赤いコートと青緑のスカートを履いた冴は、定員から香辛料の入った瓶を受け取ると、美幸を手招きした。

 

「これ何?」

「ジンジャーだ、嗅いでみろ」


 冴が瓶の蓋を開けると、美幸の鼻腔にあたたかく、すっきりとした香りが満ちた。美幸の心に活力が満ちるようだった。


「せっかく会ったんだ、いつものアレについて聞かせてくれよ」

「アレ?何のこと?」


 冴は吹き出しそうになりながら、息を整え、美幸を斜めから見上げた。


「例えば昨日の、敵である理沙を庇ったりするあれだよ」


 美幸は冴の言葉の意図を理解すると、眉の外が吊り上がった。


「人助けに理由なんているの?」

「ああ、いる。普通の奴ならな……愛されたいとか褒められたいとか……理解はできんが」

「私にはいりません。見返りを求める方を非難する気はありませんが……」


 2人が話し込むのを見た定員が、彼女らを試飲室へと誘導した。

 試飲室の内装は一番凝ったものとなっており、冴の言葉ですさんだ心をいくばくか潤した。

 冴は席にドカッと座り、美幸は静かに席に着いた。定員に注文を済ませると、2人はお互いの目を見つめた。

 


「おかしい……理由もなく行動する人間は、馬鹿か壊れてる」

「私は前者なのかも」

「黙れ、あそこまで戦える奴がそんなわけないだろう」


 2人の会話をまったく聞いていないかのように、定員は紅茶の準備に入った。

 砂糖を3個取り出した冴は、サイコロのようにテーブルに投げた。

「あーしにとっちゃこの砂糖と、他人の命なんざ似たようなもんだ」

「――!」


 美幸は立ち上がろうとしたが、周りを見て静かに息を整えた。


「あなたの戦いたいだって、何のためなの?」


 冴は待ってましたと言わんばかりに口角を上げた。


「そこなんだよ……実はあーしも、なんで戦いたいかわからんのだ」

「ただ人を痛めつけるのが楽しいんですか!?」

「楽しいよ……」


 冴の罪の意識を感じさせない態度を見た美幸は、こめかみが熱くなったが、すぐに力が抜けた。


「思うに、あーしとお前は似てるんだよ。方向性が違うだけでな」

「絶対に違う、あなたとは相いれない」

「両方とも衝動的だぜ、本能で動く……なんならこっちの方が理性的だしな」

「両親のおかげで、人助けを体で覚えてるだけです!」

「ストリートガールは育ちが悪いってか?」

「そんなっ!」


 美幸が顔を赤くすると、冴は爆笑して椅子から転げ落ちそうになった。


「お客様、ジンジャーと、カルダモンのチャイティーになります」


 冴はカルダモンのチャイティーを口元に運ぶと、カップを一周させ、香りに酔いしれた。美幸もその仕草をまねると冴と共に口に運んだ。

 

(ホッとする味……スパイシーなのに甘くておいしい)


「少々からかいすぎたな、とにかくあーしはお前を気に入ってる」

「理由は聞きたくなかったな……」


――


「やってやった!やってやった!やってやった!あのくそでかゴリラの鼻を明かしてやった!」

「確かに今までで一番気分いいかも」

「っすよね!うちらほんとはサイキョーだったんすよ」


 紫達3人は紫の邸宅内のきらびやかな応接間で、お菓子を食べながら騒いでいた。暖色のランプと豪華な装飾に、桃華と――特に黄華は見とれていた。


「でも、次の作戦はどうするの?」

「次はーえーっと、もう一回物量で仕掛けるとかっすか?」

「それもいいけど、なんか手を変えないと……」


 黄華と桃華が頭をひねっている姿にめまいを感じた紫は、眉間をもみながら続けた――


「もういい、作戦はあたしが考える……せっかく3勢力になったし――」

「あの芋女たちを先に仕留めるとか!?どうっすか?」


 桃華は立ち上がって叫んだ。その様を見て頭が痛くなってきた紫は指を鳴らした。しばらくすると彼女の執事がノートとペンを持ってきた。


「あのね、今アタシたちはかなり睨まれてんの、強いから。あんときも理沙チームと美幸チームが手を組んでたでしょ?」

「そうね」


 黄華に続いて桃華は静かにうなづくと、席に着いた。

 紫はノートにオレンジの円と、紫の円、ベージュの円で三角形を描いた。そしてオレンジの円とベージュの円をつなぎ、中央にバッテンを描いた。

 

「ほっといたら同盟を組まれる。その前に強い方をやっておく。」


 紫は紫の円から矢印をオレンジの円につなげた。すると黄華の方はにやにやしながらうなづいた。


「なるべく潰し合わせながらッてことね」

「そいうこと」

「なんで弱い方をやらないんすか?」


 桃華の質問に紫だけでなく黄華もため息をついた。


「あんたさぁ、弱い方を先にやったら強い方が残っちゃうでしょ?」

「どっちにしろおんなじじゃ?」

「「残ったやつはあたしらだけで始末すんのよ!?」」

 

 2人の怒号で周りに居たメイドたちの肩がすくんだ。


(くそ、あたしもしかして組む相手間違えた?)


 紫の睨みに桃華と黄華は気づかなかった。


END――

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